第7話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
翌日、19時ちょうど。俺は部屋のベッドに座って、電脳の会議画面を起動した。
画面には、既に3人の顔が映っていた。
多摩連邦リーダー、八坂雅。ゆるっとした桜色のニットに白いロングカーデを羽織っている。黒髪を軽く三つ編みで肩に流していて、リアルに実家がでかいお嬢様のスロー休日、って感じだ。彼女は画面越しにこちらを見て、柔らかく微笑んだ。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
日野の守護者、綾糸つむぎ。淡いピンクのウサギ?着ぐるみパーカーを着ていて、完全に寝落ち直前の小学生だった。彼女は手を振って、元気に挨拶した。
「こんばんはー! 小角さんも来てくれて嬉しいです!」
——つむたん、癒やし極振りだよ。
そして、葛葉いづな。髪はゆる巻きで、黒いキャミソールに薄手のシャツを肩落ちで羽織っている。気心知れた相手の前でだけ着る、あざとギャル部屋着って感じだ。彼女は俺を見て、ニヤリと笑った。
「小角、なんか顔赤くなってない?」
「うっさい……」
俺は黒縁メガネを直して、画面に映る自分の姿を確認した。黒髪ツインテール、Tシャツにフリース。いつもの姿だ。カメラ越しでも、なんか恥ずかしい。
雅が画面を操作して、資料を共有した。地図が表示される。関東一帯の勢力図だ。
「では、始めさせていただきます。まず、武蔵国が正式に連合宣言をしました。リーダーは素戔嗚尊の魔法少女、嵐山颯さん。氷川神社を精神的支柱として、さいたま市と川口市が結束しています」
つむぎが手を挙げた。
「颯さん、動画で見ました! めっちゃカッコよかったです!」
いづなが画面を見つめる。
「氷川神社を中心にするって発想は悪くない。人って、拠り所がないと簡単にバラバラになるから」
雅が頷いた。
「その通りです。そして問題は、東京23区の動きです」
地図が切り替わる。東京23区のエリアが表示され、色分けされていた。
「23区は現在、複数の勢力に分裂しています。中心部の千代田・中央・港区を押さえる『中枢派』。その周囲を、新宿・渋谷中心の『西部同盟』、豊島・練馬・板橋の『北部圏』、台東・墨田・江東の『東部連合』が囲んでいます」
——やっぱりか。
俺は画面を凝視した。魔法少女が50人もいれば、まとまるわけがない。人数が多すぎる。それぞれが自分の縄張りを主張して、派閥が生まれる。これは最初から予測できてた。
雅の声が、少し沈んだ。
「そして——足立・葛飾・江戸川の『北東域』。ここは……魔法少女が流出して数が少なく、魔獣の被害が最も深刻です」
画面には、荒廃した街の写真が映し出された。崩れたビル、放棄された住宅、割れた窓ガラス。人の姿はほとんど見えない。
つむぎが小さく息を呑んだ。
「……ひどい」
「ええ。このエリアは、既に放棄されつつあります。住民は西側へ避難しているようです」
いづなが低い声で言った。
「で、問題は食料だよね」
「その通りです」
雅が地図を拡大した。川崎市、町田市、調布市。多摩連邦の周辺エリアに、赤い矢印が表示されている。
「東京23区は、既に周辺都市への進出を始めています。川崎の倉庫や店舗が次々と空にされ、物資が持ち去られています。このままでは、多摩連邦も——」
「狙われる、ってことか」
俺は呟いた。全員が俺を見る。俺は画面を見つめたまま、続けた。
「23区の食料自給率は壊滅的だ。人口が多すぎて、備蓄がもたず、周辺都市を飲み込むしかない。そうなれば、多摩連邦と武蔵国もターゲットになる」
雅が静かに頷いた。
「小角さん、その通りです。わたくしたちは、今、選択を迫られています」
沈黙が流れた。俺は少し考えてから、口を開いた。
「……俺は、この世界が改変された直後から、ずっと考えてた」
全員が、俺を見つめる。俺は地図を見ながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「魔法少女の数は、圧倒的に足りない。日本全体で620人。都市ごとに数人から数十人。でも、配置が偏りすぎだ。人口密度の高い場所に集中してるけど、それは必ずしも最適じゃない」
俺は地図上の札幌、名古屋、多摩連邦を指した。
「札幌は水力発電、農地、防衛しやすい地形。名古屋は製造力、水資源、物流拠点。多摩連邦は相模湖、城山ダム、宮ヶ瀬ダムによる最強クラスの水力網。これらの都市は、資源面で恵まれてる。でも、魔法少女の数が少ない」
俺は東京23区を指した。
「逆に、東京23区は魔法少女が50人もいる。戦力は世界最強。でも、食料自給率はゼロに近くて、人口が多すぎて維持が困難。このアンバランスが、今の混乱を生んでる」
いづなが身を乗り出した。
「つまり?」
「魔法少女の再配置が、安定の鍵だと思う」
俺は断言した。全員が息を呑む。
「都市の資源と防衛力のバランスを考えて、魔法少女を再配置する。例えば、東京23区の魔法少女を、多摩連邦や武蔵国、他のまだ生存してる生産能力の高い都市に分散させる。そうすれば、各都市の防衛力が上がって、資源の有効活用ができる。東京23区も周辺都市と連携すれば、食料問題が解決する」
雅が目を見開いた。
「……なるほど」
つむぎが首を傾げた。
「でも、それって実現できるんですか? 魔法少女って、自分の街を守りたいって思ってる人が多いですよね?」
「その通り。だから難しい」
俺は頷いた。
「でも、このままじゃ共倒れだ。東京23区が周辺都市を飲み込んで、資源を奪い尽くせば、いずれ全員が飢える。魔法少女同士で争うことになる。それを避けるには、協力するしかない」
いづなが腕を組んで、考え込んでいる。
「……でもさ、誰がそれを仕切るの? 東京23区は派閥に分裂してて、まとまってない。武蔵国は独自路線。多摩連邦は戦力不足。誰も全体を見渡せてない」
「だからこそ、俺たちが動く必要がある」
俺は画面を見つめた。
「多摩連邦は、資源面で恵まれてる。水力、防衛力、バランスが良い。ここを拠点にして、周辺都市と連携を強化する。そして、魔法少女の再配置を提案する。最初は小規模でいい。例えば、東京23区の北東域から、魔法少女を数人受け入れる。代わりに、俺たちが物資を提供する」
雅が頷いた。
「Win-Winの関係を築くのですわね」
「そう。そうすれば、東京23区も多摩連邦も、両方が助かる。そして、それが成功すれば、他の都市も真似する。少しずつ、バランスが取れていく」
つむぎが目を輝かせた。
「すごい! 小角さん、頭いいです!」
いづながニヤリと笑った。
「さすが50歳のオジサン。人生経験が違うね」
「……うるせえ」
俺は顔を背けた。でも、心の奥では、少しだけ嬉しかった。
雅が画面を操作して、メモを取り始めた。
「では、まず東京23区の北東域にアプローチしてみましょう——」
「俺が行く」
俺は即座に言った。全員が驚いて俺を見る。
「一人で行く。話を持ちかけるだけなら、大人数で行く必要はない。それに、俺の能力なら危険があってもすぐに逃げられる」
いづなが眉をひそめた。
「危ないよ。北東域は荒れてるって話じゃん」
「だからこそ、機動力がある俺が適任だ」
雅が少し考えてから、頷いた。
「……分かりました。では、小角さんにお願いします。わたくしたちは多摩連邦の防衛を固めつつ、他の都市に協力を打診してみます」
つむぎが不安そうに言った。
「小角さん、気をつけてくださいね」
「ああ、大丈夫だ」
会議が終わった。画面が消えて、部屋に静寂が戻る。
俺はベッドに寝転がって、天井を見上げた。
——魔法少女の再配置、か。
口では偉そうに言ったけど、実現できるかどうかは分からない。でも、やるしかない。このまま放置すれば、世界は本当に戦国時代に逆戻りする。強い者が弱い者を食い尽くす、暗黒の時代に。
俺は、それを止めたい。
窓の外では、立川の夜景が広がっている。街の灯りが、まだ輝いている。この街を、この世界を、守りたい。
俺は小さく呟いた。
「……行くか」
何卒、応援のほどお願いいたします。




