第6話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
電脳のニュースフィードに、妙な見出しが流れてきたのは、いづなと出会ってから一週間後のことだった。
―【速報】埼玉・川口が正式に連合都市国家として宣言 名称は「武蔵国」―
「……は?」
思わず声に出した。ベッドに寝転がりながら、記事の詳細を開く。
さいたま市と川口市が、東京23区の勢力拡大に対抗するため、氷川神社を精神的支柱として正式に連合したらしい。で、名称が「武蔵国」。まんま古代の国名じゃねえか。でも、確かにこのエリアは昔から武蔵国だったし、氷川神社は武蔵国一宮だ。歴史的な正統性を主張するには、これ以上ない名前かもしれない。
記事を読み進める。氷川神社を中心にした精神的結束、見沼代用水や荒川水系の水源確保、自衛隊の大宮駐屯地を防衛拠点にする。
リーダーは『素戔嗚尊』の魔法少女、嵐山颯。
記事には写真が添付されていた。濃紺のジャージを着た少女。濃い群青色のショートカット。前髪がやや目にかかり、鋭い金色の瞳が印象的だ。背の高い凛とした立ち姿。世界改変の前に関東で起きた大地震の救助活動に来ていた第1空挺団の3曹だったって話だ。32歳の男性隊員が、15歳ほどに見える少女になったらしい。
自衛隊迷彩服での演説動画は既に100万再生を超えてて、「この人についていく!」ってコメントで埋め尽くされてる。
そして、動画には魔獣との戦闘シーンも含まれていた。
颯が変身する瞬間——上空に黒雲が渦巻き、稲光が彼女を包む。足元から水が湧き上がり、旋回しながら衣装のパーツへ形を変えていく。稲妻のような紋様が皮膚に一瞬浮かび、そのまま戦闘衣装に刻まれる。最後に髪が風に巻き上げられ、金色に輝く目が見開かれた。
深い藍色の神具調アーマー。胸元に勾玉型のお守り。腕には雷紋が走る小手。和風のミニ袴にレギンス、ショートブーツ。全身から、雷光と水飛沫が迸る。
魔獣——巨大な狼型——が飛びかかる。颯は胸元の勾玉を握り、一瞬で長剣を展開させた。天叢雲刃。雷光で伸縮する刃が、魔獣の首を一閃する。斬撃の軌跡に水の飛沫が残り、魔獣は爆散した。
彼女は剣を掲げて、叫んだ。
「武蔵国は、俺が守る!」
動画が終わった。
コメント欄を開くと、案の定、大騒ぎになっていた。
『颯ネキ!カッコよすぎだろ』
『氷川神社がシンボルとか、神秘性MAX』
『颯様……素敵すぎます……』
『東京への対抗心がすごい』
『これで関東は完全に分裂だな』
『多摩連邦も巻き込まれるんじゃね?』
最後のコメントが、妙に気になった。
別の記事タブを開く。【東京23区、食料調達のため周辺都市へ進出開始】という見出し。
川崎の店舗や倉庫が次々と空にされて、水も食料も持ち去られたらしい。人のいなくなった廃墟が広がってるって現地レポートの写真が添付されてる。荒れ果てたコンビニ、破壊された自動販売機、割られたガラス。
——東京、もう限界なのか。
23区は魔法少女の数が50人と圧倒的だけど、食料自給率は壊滅的だ。人口が多すぎて、備蓄だけじゃ持たない。周辺都市を飲み込むしかない。そうなれば、多摩連邦と武蔵国は——
俺は電脳を閉じて、天井を見上げた。この世界、本当に戦国時代に逆戻りしてる。強力な魔法少女を頂点とした都市国家が乱立して、それぞれが勢力を拡大しようとしてる。同盟を組んだり、対立したり。
そのとき、電脳に通知が入った。いづなからのメッセージだ。
*『小角、武蔵国のニュース見た? ヤバくない?』
少し考えてから、返信する。
*『見た。正直、面倒なことになりそう』
すぐに返事が来た。
*『だよね。アタシも同じこと思った。でもさ、氷川神社を中心にまとまるっていうのは、悪くないと思うんだよね。精神的な支柱があると、人って結束しやすいから』
確かに。いづなの飯綱神社も、地域の人たちにとって心の拠り所になってる。氷川神社はもっと規模が大きいから、その影響力も桁違いだろう。
俺は視線を落として、電脳の多摩連邦共有チャンネルを開いた。いづなに教えてもらってから、この一週間、ちょくちょく覗いてる。メンバーは4人。八坂雅、綾糸つむぎ、葛葉いづな、それに俺。
綾糸つむぎ。日野の『土蜘蛛』の魔法少女。小学5年、10歳。
メッセージ欄をスクロールすると、昨日の投稿が目に入った。
*『今日のゲート、魔獣が一度に出てきて大変だったけど、全部倒しました! みんな無事です!』
明るい絵文字がついている。
——立川は、俺が対応してた。日野は、この子が一人で。
胸の奥が、ちくりと痛む。立川のゲートは、確かに俺が倒してきた。誰にも知られないように。でも、連携は一切してこなかった。もっと早くチャンネルに参加していれば、——日野の負担を、少しは減らせたかもしれない。
その下に、今朝の投稿。
*『小角さん、最近チャンネル見てるだけで投稿してないですよね? 大丈夫ですか? 困ったことがあったら言ってくださいね!』
力こぶの絵文字がついている。
——おいおい。
俺は思わず画面を二度見した。10歳の子供に、心配されてる。自分の街を守ってる子供に、俺が心配されてる。
目頭が、ほんの少しだけ熱くなった。
この子は、こんなに優しいのに。こんなに頑張ってるのに。俺は自分の街だけ守って、協力もせず、顔も見せず——馬鹿みたいだ。強い力を持ってるのに、もっと出来ることがあったのに。
——ごめんな、つむたん。俺、ちゃんと仲間になるべきだった。
心の中で呟いた。立川は守ってきた。でも、それだけじゃ足りなかった。
俺は電脳を閉じた。
そして、また通知が入った。多摩連邦の共有チャンネルだ。
*【緊急会議】武蔵国の動きについて、明日19時、電脳会議を行います。全員参加を推奨。 by八坂雅
——まぁ、そうなるわな。
ため息をつきながら、ベッドから起き上がった。窓の外を見ると、夕陽が立川の街を赤く染めている。相模湖や城山ダム、宮ヶ瀬ダムによる水力網。多摩川上流の水源地帯。この街は、資源面では恵まれてる。山で囲まれて防衛もしやすい。でも、魔法少女の数が圧倒的に足りない。
街には、まだ生きてる人たちがいる。いづなみたいに、必死に守ろうとしてる奴もいる。10歳の子供が最前線に立ってる。俺だけが隠れてるわけにはいかない——いや、もう隠れない。この一週間で、少しずつ変わってきた。
電脳の画面に、武蔵国の旗印が表示されていた。青と白の水流を模した紋章。
——武蔵国、か。
夕陽が沈んでいく。世界は、また動き始めた。そして俺も、ようやく動き出す。
何卒、応援のほどお願いいたします。




