最終話 それでも、世界は回っていく
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
戦いが終わったあとの空は、拍子抜けするくらいに青かった。
皇居上空を覆っていた怨霊の雲も、忿怒の雷も、全部きれいに洗い流されたみたいに消えていて、東京は「いつもの顔」をしていた。トラックは走り、人は歩き、配給ステーションは活気に溢れる。世界って、案外しぶとい。
白峯相模坊という“日本国規模の厄災”が消えたあとも、関東各地の自治は続いた。いきなり全部が元通り、なんて都合のいい話はなくて、壊れた街も、失ったものも確かにある。でも魔法少女たちは再配置され、役割を分け合い、広い関東のあちこちで「生きていけるだけの安全」は、ちゃんと取り戻されつつあった。
戦国乱世みたいだったこの数ヶ月。関東地域に限れば、ようやく“戦後処理”ってフェーズに入った、そんな感じだ。
加藤つかさは、将門塚の前に立って、ひとり深く息を吐いた。
風が吹く。髪が揺れる。もう、あの圧倒的な“意思”が背中に重なる感覚はない。将門公は眠った。完全に消えたわけじゃない。でも、今は静かだ。
――守れた、よね。
誰にともなく、つかさは心の中でそう呟いた。
それから、ふと、思う。
あの人は、結局どこへ行ったんだろう、と。
小角。
役野小角。
年齢五十歳。職業不詳。経歴不明。
設定だけ見れば、どう考えてもモブ以下の、雑にもほどがあるプロフィール。でも、彼がいなければ、白峯相模坊は倒せなかった。討つことも、救うことも。
――最初から、おかしかったんだ。
つかさは苦笑する。
瞬間移動。重力操作。理屈の通らない強さ。なのに本人は「修験の力っすよw」みたいな顔で笑っていた。
役小角由来? 天狗の系譜? 石鎚山法起坊?
違う。全部、後付けだ。
蔵王権現。
釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩――過去・現在・未来を司る三尊が、忿怒の姿をもって現世に立つ存在。
あらゆる時代、あらゆる世界の衆生を救うための“概念そのもの”。
それが先にあって、「役野小角」という名前と、「50歳のおじさん」という雑な器が、あとから与えられただけ。
世界改変の魔法少女選考に引っかかったのすらも、偶然じゃないのか。あるいは、本人が言っていたように、そこに“変な名前があった”からだ。
つかさは、初めて会ったとき感じた違和感を思い出す。
小角は、いつもどこか遠くを知っているみたいだった。
この時代じゃない。
この世界ですらない。
それでも彼は、ちゃんと今ここにいて、笑って、戦っていた。
「……ほんと、ずるい人」
つかさは小さく呟く。
答えは返ってこない。それでいい。
葛葉いづなはというと、相変わらずだった。
戦後処理の会議では寝るし、書類仕事は苦手だし、でも前線に出れば誰よりも頼りになる。
彼女は知っている。
心穿を使ったあの瞬間、小角の“本当の心”を見てしまったことを。
忿怒。
怒り。
それでも、その奥にあったのは、世界を丸ごと抱きしめるみたいな慈悲だった。
過去も、現在も、未来も。
善も、悪も。
全部まとめて救う、という狂気じみた優しさ。
――でもさ。
いづなは思う。
そんな難しい話、正直どうでもよかった。
だって、初めて見た小角の“少女姿”が、ただただ、自分の理想の女の子そのものだっただけだから。
長いツインテールの黒髪。色白の肌。ちょっと生意気そうな顔。
強くて、綺麗で、どうしようもなく孤独で。
そりゃあ、気になっちゃうよね、と今なら思う。
彼女は空を見上げて、にやっと笑った。
「ま、元気でやってんなら、それでいいや」
どこにいるのかは知らない。
でも、あの人が“必要な場所”に現れることだけは、なぜか確信できた。
玉藻前は、しばらく姿を見せなかった。
怨詔・逆勅宣下で魔法少女形態を剥がされたときのことを、忘れていない。
力を奪われ、名前を否定され、存在そのものをひっくり返される絶望。
あの瞬間の静けさは、今思い出しても背筋が冷える。
それでも彼女は生きている。
生き延びて、またどこかで、きっと何かを企んでいる。
敵か、味方か。
それすら曖昧なまま、世界は続く。
そして――
小角は、もうこの街にいない。
誰も彼を見ていない。
連絡も取れない。
履歴も、戸籍も、やっぱり存在しない。
でも、街を歩いていると、ふと思うことがある。
人助けをして去っていった、名も知らぬ誰かの話。
災害の直前に、なぜか助かった集落。
理屈の合わない奇跡。
もしかしたら、そこにいたのかもしれない。
50歳のおじさんの顔で。
あるいは、まったく別の姿で。
世界は、今日も回っている。
魔法少女たちは戦い、守り、悩みながら生きていく。
戦国乱世みたいな時代は、まだ終わらないかもしれない。
それでも。
それでも、確かに救われたものがあった。
過去も、現在も、未来も。
誰にも知られず、名も残らず。
ただ一人の“現身”が、そうしたように。
――了――
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