第43話 忿怒、三世を断つ
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
白峯相模坊が、扇を振るった。
『怨嵐・叔父子の慟哭』
黒い暴風。拒絶と屈辱を孕んだ嵐が、皇居上空を飲み込み、建物が飛ばされる。血の雨が降り、触れたものは精神が削られる。
『厄憑き・不運転生』
次の瞬間、体が急激に重くなった。
息が苦しい。翼の動きが鈍い。視界が揺れる。体のバランスが狂って、空中で姿勢を崩す。
「っ……なんだ、これ……!」
足場が――ない。いや、空中だから最初から足場なんてないのに、それでも“踏ん張れない”感覚がある。翼の動きが、ほんの少しだけズレる。重力の制御が、狂う。
「小角! どうした!?」
つかさが叫ぶ。でも、彼女も同じだ。軍刀を振るおうとして、刃が空を切る。タイミングが、ほんの少しだけズレる。雷撃が、明後日の方向へ飛んでいく。
「くっ……これが、崇徳上皇の『不運』……!」
努力が報われない。望んだ通りに動けない。すべてが裏目に出る。――それが、崇徳上皇が生涯受け続けた呪いだ。
「このままじゃ……まずい……!」
相模坊が再び扇を振るう。尖兵の群れが、さらに増える。俺たちは、もう避けられない。
そのとき――
「狐星廻天!」
甘く、妖しい声が、空間に響いた。
次の瞬間、俺とつかさの周囲に、金色の光が降り注ぐ。九本の尾が星のように回転し、運命の流れを変えていく。
体が、軽くなった。重力の制御が、元に戻る。翼の動きが、スムーズになる。
「……玉藻前……!」
影から現れたのは、白金色の髪を揺らす、九尾の魔法少女。
「遅くなったわね。でも――間に合ったみたい」
玉藻前が妖扇を閉じて、微笑む。
「厄を操る相手には、こっちも“星の廻り”で対抗するしかないのよ」
「助かった……!」
つかさが礼を言う。玉藻前は軽く手を振って、相模坊を睨んだ。
「さあ、三人なら――何とかなるかしらね」
相模坊は玉藻前の存在に、冷静だった声を荒らげて激昂した。
『……おのれ、美福門院の女狐が!!』
顔を紅潮させ、猛々しく扇を掲げる。
『これで終わりだ!』
扇が、黒く染まる。その黒は、絶望の色だった。
「怨詔・逆勅宣下」
空に血色の勅文が浮かぶ。文字が崩れ、世界に焼き付く。
見えない何かが、俺たちに向かって飛んでくる。それは音もなく、光もなく、ただ確実に――俺たちの魔法少女の力を、剥ぎ取っていく。
「っ……!」
玉藻前の九尾が、光を失った。白金色の髪が、普通の金髪に戻る。衣装が光の粒子となって消え、普段着のタイトなワンピースに戻っていく。
「まずい……変身が……!」
次に、つかさだ。
軍装が崩れていく。マントが消え、軍刀が霧散する。つかさの姿が、普通の少女に戻っていく。
「くっ……将門公の力が……!」
そして――
俺にも、それが来た。
見えない刃が、俺の魔法少女の力を切り裂こうとする。
だが、――
「……?」
俺の魔法少女姿は……解除されない。
それどころか、体が熱くなっていく。胸の奥から、何かが湧き上がってくる。
黒い翼が、群青色に変わり始めた。
「え……?」
肌が、徐々に青く染まっていく。翼が、さらに長く、大きくなる。頭の頭襟が、王冠のように広がっていく。口元に、牙が生える。
そして――額に、第三の目が現れる。
「っ……がああああああああっ!」
顔が、忿怒相に変わっていく。怒りの形をした、慈悲の顔。
俺の体が、光に包まれる。
「これは……蔵王権現……!?」
玉藻前が、驚愕の声を上げた。
つかさも、目を見開いている。
「小角……あなた……!」
俺自身も、驚いていた。でも――納得していた。
――ああ、そうだったか。
俺の体から、青い光が爆発的に広がる。
額の第三の目が開き、口元の牙が輝く。群青の肌、長大な翼、王冠のような頭襟。
「これが――金剛蔵王権現の、真の姿だ」
白峯相模坊が、初めて怯みを見せる。
『……その姿は……』
「過去も、現在も、未来も――すべてを救う」
俺の背後に、三つの仏影が浮かぶ。
釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩。
三世を統べる、蔵王権現の本体。
「それが、蔵王権現の慈悲だ」
翼が、巨大な刃となって輝く。怒りの形をした、慈悲の刃。
相模坊が、扇を構える。
『我らを……救うと……?』
「そうだ」
俺は、真っ直ぐに相模坊を見た。
翼が、青く燃え上がる。
「三世救断・金剛忿怒刃!」
一閃。
白峯相模坊の体が、光に包まれる。
崩壊ではない。浄化だ。
過去の崇徳も、現在の相模坊も、未来の怨念も――
すべてが、同時に救われていく。
相模坊が、最後に微笑んだ。
『……これで……』
崇徳上皇の声が、重なる。
『……ようやく、安らかに……』
二つの魂が、光となって昇天していく。
夜空に、静寂が戻る。
尖兵の群れは、すべて消えていた。
玉藻前とつかさが、呆然と立ち尽くしている。
「……終わった、の?」
「うん」
俺は、ゆっくりと地上に降り立った。蔵王権現の姿が、少しずつ元に戻っていく。群青の肌が普通に戻り、翼が黒に戻り、第三の目が閉じる。牙も消え、顔も元の姿に。
そして――俺は、普段の少女姿に戻った。
夜明けが、近づいている。東の空が、少しずつ明るくなっていく。
関東の、長い夜が――ようやく、終わろうとしていた。
何卒、応援のほどお願いいたします。




