第42話 二つで一つ、不滅の抱擁
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
皇居の夜空が、血のように赤く染まっていた。
白峯相模坊の軍勢は、世田谷から渋谷を通過し、千代田区へと侵攻していた。尖兵たちは黒い影となって街を埋め尽くし、まるで津波のように押し寄せてくる。
北斗七星陣が崩壊したことで、東京の守護は完全に失われていた。裏鬼門に位置する相模大山からまっすぐ侵入してきた形だろう。
「あれ……すごいね」
俺は空から眼下の惨状を見下ろしながら、歯を食いしばった。
皇居の周囲では、将門公の分体が各所に陣取っている。軍装に身を包んだ六体の魔法少女が、それぞれの持ち場で尖兵を次々と撃破していく。紫電が走り、軍刀が閃く。分体たちは感情を見せない。ただ淡々と、機械のように敵を排除していく。
「分体たちが頑張ってくれてる……でも、これじゃ追いつかない」
隣で浮遊するつかさが、険しい表情で呟く。
軍装を纏った姿。深緑の軍服ミニスカ、胸元の九曜紋、軍帽にマント。変身したつかさは、もはや「加藤つかさ」ではなく、完全な『平将門公』の魔法少女だった。
そして――俺たちの前方、皇居の真上に。
それは、立っていた。
黒紫と黒のグラデーションが揺らめく、長い髪。十二層のスカートが風に翻り、内側の赤黒が不吉に光っている。頭の両側から伸びる、黒色の翼。頭上には輝く光輪。
白峯相模坊。
崇徳上皇の怨念と、白峰相模坊の大天狗が融合した、大魔縁。
『……人の王と、天狗の首領か』
低く、二重に重なった声。 怒りも、憎しみもない。ただ、諦めに似た響きだけがあった。
『我らを、止める気か』
「当たり前だろ」
俺は黒い翼を広げて、前に出た。
「これ以上、好きにはさせない」
つかさも軍刀を抜く。刃が雷光を纏い、金色に輝く。
「白峯相模坊。あなたの怨念は――ここで終わらせる」
相模坊は、ゆっくりと首を振った。
『終わらせる……? 笑止』
その瞬間、周囲の空間が揺らいだ。
黒い霧が湧き上がり、その中から無数の影が這い出てくる。尖兵。成仏できなかった魂たち。誰にも覚えられなかった存在たち。正史に残らなかった者たち。
それらすべてが、軍勢となって俺たちに襲いかかる。
「チッ……!」
俺は即座に意識を集中させた。
「範囲攻撃で一掃する!」
「了解!」
つかさが空中に足を踏み出す。その瞬間、足元に九曜紋が展開された。九つの星を配した魔法陣が、金色に輝く。
「九曜陣!」
次の瞬間、周囲一帯に雷撃のフィールドが広がった。尖兵たちが雷に打たれ、悲鳴を上げて消えていく。
「法起紋・六芒風輪!」
俺も六角形の修験紋を空中に展開させ、そこから高速圧縮された風刃を連射する。風の刃が尖兵を次々と貫き、霧散させていく。
二人の攻撃が重なり、尖兵の群れは一瞬で消し飛んだ。
『……やるな』
相模坊が、初めて表情を変えた。少しだけ、興味を示したように。
俺たちは攻撃を続けた。つかさの雷撃、俺の風刃。二人の連携で、尖兵を次々と撃破していく。
少しずつ、優位に立っている。相模坊は動かない。ただ、そこに立っているだけだ。
「つかさ!」
「分かってる!」
つかさが軍刀を天に掲げた。刀身に、膨大な魔力が集中していく。雷光が、空を覆い尽くすほどに膨れ上がる。
「奥義――雷威天将陣!」
マントが雷で羽衣のように変化する。つかさの背後に、巨大な平将門公のシルエットが浮かび上がる。雷刀が天を貫き、次の瞬間――
天雷が、地へと落ちた。
巨大な紫雷が地面から噴き上がり、相模坊を完全に飲み込む。光が爆発し、周囲の空間が揺れる。雷の奔流が、すべてを薙ぎ払っていく。
「やった……!?」
つかさが息を切らしながら、煙の向こうを見つめる。
煙が晴れると――相模坊は、倒れていた。
スカートが破れ、肌に傷が走り、翼の一部が欠けている。明らかに、致命傷だ。
「……終わった、のか?」
俺が呟いた瞬間。
相模坊の体が、ゆっくりと起き上がった。
「……なんで……!?」
傷が、塞がっていく。破れたスカートが元に戻り、翼が再生していく。まるで時間が巻き戻っているみたいに。
『我らは……二つで一つ』
相模坊の声が、二重に響く。
一つは、冷静な大天狗の声。
もう一つは、悲しみに満ちた崇徳上皇の声。
『片方だけを討つことなど、できぬ。 ……双魂共鳴・不滅の抱擁……!』
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の背筋が凍った。
物理法則では怨霊は倒せず、浄化では実体が倒せない。
つかさが、苦い顔で呟く。
「そうか……相模坊と崇徳、どちらか一方を攻撃すると、もう一方が守る……」
「つまり――」
「片方だけを倒すことは、不可能だ」
「討つ」と「救う」を同時に行える存在でなければ倒せない。
そんな都合のいい存在……いや、知っている。俺は――
だが、考える暇はなかった。
相模坊が、扇を振るった。
何卒、応援のほどお願いいたします。




