第41話 嵐の夜に、白炎は舞う
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
渋谷の夜空が、明らかにおかしかった。
ネオンだけは光っている。スクランブル交差点も、消えたままの巨大ビジョンも、いつも通りだ。なのに、その上――空だけが、別の世界みたいに歪んでいる。
街灯の届かない高さで、黒い霧が渦を巻き、そこから這い出すように現れる影。
獣とも兵ともつかない、異形の群れ。
白峯相模坊の尖兵。
それらが、ビルの壁をよじ登り、屋上から屋上へと跳び移り、ついに渋谷の中心部へとなだれ込んできていた。
「――ふふ」
スクランブル交差点を見下ろすビルの屋上。
そこに、立つ魔法少女は、状況とは不釣り合いなほど穏やかに微笑んでいた。
白金色の髪。夜風に揺れる九尾の気配。
白と金、そして桃色を基調にした和風ミニドレスは、妖艶なのにどこか気品がある。
玉藻前。
「渋谷まで侵攻してくるなんて……白峯も、ずいぶん本気じゃない」
尖兵の数は、ざっと見ただけでも三十を超えている。
一体一体が、並の魔獣より厄介な存在だ。
けれど、玉藻前は肩をすくめるだけだった。
「少し、片づけましょうか」
妖扇を、すっと開く。
その瞬間、背後に――九本の尾が展開された。
白金色に輝く巨大な狐の尾が、ゆっくりと円を描く。
空気が震え、霊気が一気に収束していくのが分かる。渋谷の街全体が、玉藻前の術式に包み込まれていった。
「――九尾・皇炎結界」
次の瞬間。
渋谷上空に、巨大な黄金の炎が花開いた。
熱はない。ただ、圧倒的に美しい光。
その光に触れた尖兵たちは、悲鳴を上げる間もなく、霧のように溶けて消えていく。
「さようなら」
妖扇を閉じると同時に、尖兵は一体残らず消滅した。
渋谷の夜に、静寂が戻る――
はずだった。
ぽつり。
雨粒が、玉藻前の頬を打つ。
次の瞬間、湿度が一気に跳ね上がり、風が唸りを上げた。
雷鳴が、腹の底に響く。
「あははははははははっ!!」
狂ったような笑い声が、空から降ってくる。
玉藻前が顔を上げると、そこには一人の魔法少女が浮かんでいた。
水色と白の修験装束。
背中には灰色の烏天狗の翼。
その目に宿るのは、歪んだ正義と、世界への絶望。
錫杖型のロッドを振りかざしながら、愉悦に歪んだ笑みを浮かべている。
「壊れる! 壊れる壊れる壊れる!! ねえ見て? 人が逃げてる! 叫んでる!
ああ、やっぱり――正義って、最高!!」
大山伯耆坊の魔法少女――大山のどか。
さらに、のどかの背後から、新たな尖兵の群れが湧き出した。
さっきの倍以上――百体はいる。
「こんな腐った世の中、このまま滅べばいいのよ! 秩序も、平和も、正義も――全部、嘘っぱち! だったら、正しい私が全部、壊してあげないといけないでしょ? あはははははっ!」
錫杖を振るうと、雨が一気に激しくなった。
暴風、雷雨、突風。渋谷の街は、一瞬で嵐に飲み込まれる。
「……あらあら」
玉藻前は一歩も動かず、ただその光景を見つめている。
「正義が、狂気の仮面を被ってしまったのね。――哀れ」
その声は、同情なのか、評価なのか、判別できなかった。
「仕方ないわね――」
再び妖扇を開こうとした、その瞬間。
空気が、変わった。
今度は――光。
暴風雨を切り裂くように、一筋の白い炎が天から降り注ぐ。
それは、雨にも風にも消えない、浄化の業火。
尖兵の群れが、一瞬で焼き払われた。
「――玉藻前さん!」
風に乗って届く声。
降り立ったのは、二人の魔法少女だった。
赤い羽団扇を掲げる、愛宕山太郎坊の魔法少女――神楽たろ。
そして、その背後から影のように現れる、葛葉いづな。
「あら、助っ人かしら」
玉藻前が、少しだけ面白そうに微笑む。
「玉藻前さん、お久しぶりです」
「ええ。覚えてるわよ、たろちゃん。相変わらず可愛いわね」
「か、可愛いって……!」
たろは慌てて視線を逸らす。
それを見て、いづながニヤリと笑った。
「へぇ〜。顔見知りなんだ。たろちゃん、なんで照れてるの?」
「照れてない! ボクは、ただ……!」
「はいはい」
玉藻前が小さく笑ってから、空を見上げた。
「雑談は後ね。見ての通り、相手は完全にイッちゃってるから」
「……ボクが、あの子を止めます」
たろが、羽団扇を構える。
「大丈夫? 相手、気象操作系だよ? 炎と風雨、相性悪くない?」
「あの子とは――因縁があるんです」
七星陣崩壊後、多摩湖での墜落。あの日、空から襲ってきた存在。
「……ここで、決着をつけます」
たろが地面を蹴り、嵐の中へ飛び出す。
「黄金疾風!」
暴風雨すら利用し、加速する身体。
だが、のどかは余裕の笑みを崩さない。
「あはっ! またやる気? 正義の味方ごっこは、もうやめなよ!
大山・天候裁定!」
嵐が、さらに激化する。
炎は掻き消され、視界は奪われ、たろの身体が吹き飛ばされそうになる。
「あはは! どう? これが正義よ!」
その瞬間。
「千年大樹・心穿――縛!」
いづなの術式が、影のように伸びる。
一瞬、のどかの意識が止まる。
「たろ! 今!」
たろの羽団扇が、白く燃え上がる。
「天翼・白炎葬界!」
白い業火が、嵐ごと空を包み込む。
炎の中で、のどかの心が見えた。
優しく、真面目で、正義を信じていた少女。
けれど、その世界は彼女を裏切り、見捨てた。
――だから、壊そうとした。
でも、その奥には、まだ小さな光が残っていた。
白炎が、優しくそれを包み、浄化していく。
嵐は、静かに消えた。
「……終わったわね」
玉藻前が空を見上げる。
けれど、遠く――皇居の方向に、黒い雲が広がり始めていた。
「本命は、これからよ」
嵐は、まだ終わっていない。
何卒、応援のほどお願いいたします。




