第39話 将門公の思惑
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
闇の中で、玉藻前は耳を澄ませた。
北斗七星陣の欠けた星が、かすかに軋む音を立てる。その向こう側にあるのは、都を守るために縛られ続けてきた、ひとつの意思。
将門公は、語らない。言葉ではなく、概念を流し込む。
玉藻前の存在。
北斗七星陣の欠損。
白峯相模坊という“理性を持った大魔縁”。
そして、玉藻前の言葉。
「将門公。あなたの力を、借りる。代わりに……あなたの“自由”を認める」
だが、その直後に流れてきたのは、拒絶でも承諾でもない、奇妙な“間”だった。
【試せ】
たったそれだけ。
玉藻前の脳裏に、冷たい感触が走る。
将門公は告げている。
自分の力を預ける相手が、ただの器か、それとも“覚悟を持つ者か”を。
――覚悟を、壁として示せ。
その意味を理解した瞬間、玉藻前は苦笑した。
冷たく、しかし明確な意志。力を与える前に、王の力を継ぐ資格があるかどうかを見る、と。
「……ほんと、嫌な役回り」
それでも拒まなかった。なぜならその意思が、東京を守るためだけに在ると、彼女には分かったから。
将門公は、何も言わない。だが確かに、“つかさ自身の選択”を試そうとしている。
◇ ◇ ◇
最初に異変が起きたのは、世田谷だった。
高層ビルも、強力な結界もない。住宅地と商店街、公園と学校が混ざり合う、ただの“生活の街”。だからこそ、侵食は静かで、そして残酷だった。
夜の公園。
街灯の下で揺れた影が、一瞬だけ人の形を外す。
次の瞬間、地面が裂けた。
黒い霧が噴き上がり、その中から現れたのは、獣とも兵ともつかない異形。骨格は犬に近いが、背には歪んだ羽、頭部には天狗の面を砕いたような仮面が張り付いている。魔獣――白峯相模坊の尖兵。それが、闇の裂け目から、次々と這い出てくる。
「……なに、あれ……?」
住民の悲鳴が、夜気を裂く。
魔獣は“破壊”自体を目的にしていない。狙うのは人ではなく、街そのものの“秩序”だ。交番を叩き潰し、電柱をへし折り、避難路を塞ぐ。恐怖が、正確に計算されて広がっていく。
それは、どこか知性を感じさせる侵攻だった。
◇ ◇ ◇
その映像を、加藤つかさは見ていた。
電脳に映る世田谷。荒れる街。
八坂雅の配信。
そして少し前に流れてきた、さいたまのLIVE配信。
――自分と、瓜二つの魔法少女。
画面の向こうで暴れていた“それ”は、力の使い方も、間の取り方も、どこか自分に似すぎていた。偶然なんて言葉では、もう片付けられない。
「……やっぱり、あれは」
将門公には、妙見菩薩の加護を受けて遣わされた、自分と瓜二つの姿をした六体の影武者を操ったという伝説がある。
つかさは、唇を噛んだ。
配信で映った、恐怖に染まった人の顔。
魔法少女を“怪物”として見る視線。
「……私は、あんなふうにはなりたくない」
分体は、将門公の意思。でも自分は、違う。――違うはずだ。
呟いた瞬間。
胸の奥が、熱を持った。
鼓動が、ひとつ飛ぶ。視界の端で、星が瞬く。
――北斗。
「来たのね」
声ではなかった。
だが、はっきりと“誰か”の意思が、つかさの内側に流れ込んでくる。
「……見てる、よね」
将門公の意思が、応じる。
【見ている】
都市指導者たち。魔法少女を率い、街を守る者たち。
つまり、各地のリーダー。
彼らは守っているか。それとも、支配しているか。
【関東を守るに足るか、否か】
言葉は穏やかだ。だが、その内包する意味は重い。
【必要であれば、討つよう言ったが……】
つかさは、息を呑んだ。
関東を任せられるかを判断しようとした。
それは、彼女が今まで立ってきた“魔法少女”の立場とは、決定的に違う。
「……首塚に、行けばいいんだよね」
将門公の気配が、わずかに揺れる。
【行けば、汝の中の我は完全に目覚める】
力。
記憶。
王としての視座。
【だが――】
一拍。
【選ぶのは、汝だ】
つかさの視界に、将門塚の映像が重なる。東京の中心。力の核。
そこに立てば、もう後戻りはできない。
「……逃げてもいい?」
【よい】
即答だった。
「……じゃあさ」
つかさは、ゆっくりと拳を握る。
「逃げないって決めたら、それが“私のわがまま”でもいい?」
将門公の意思が、初めて“温度”を帯びた。
【それでこそだ】
将門公は、押し付けない。縛らない。
だが、自らが己の意志を、この世に、圧しつけるかどうかを、本人に委ねる。
つかさは、深く息を吸う。
世田谷で怯える人たち。画面の向こうで暴れていた“影”。
そして、今も街を守っている仲間たち。
「……分かったわよ」
決意は、まだ完全じゃない。怖さも、迷いもある。
それでも。
「私が、私のやりたい様にやる」
たとえ、身に余る力に呑まれることになっても。
「それで、間違えたら……その時は、一緒に責任取ってよ」
一瞬の、沈黙。そして。
【――承知した】
将門塚へ向かう少女の背中に、王の影が、そっと重なった。
その瞬間、星が、ひとつ強く瞬いた。
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