第35話 背中に守る者
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
さいたま市の中心部は、もう街の形を留めていなかった。
アスファルトは裂け、ビルの外壁は剥がれ落ち、火災報知器の音だけが、無意味に鳴り続けている。避難指示は出ているはずなのに、まだ逃げきれていない人間があちこちにいた。泣き声、怒鳴り声、名前を呼ぶ声。それらが混じり合って、空気そのものが歪んでいる。
「クソッ……!」
嵐山颯は、その光景を見下ろして舌打ちした。
魔法少女の姿に変身した颯は、半壊したビルの屋上に立っている。濃い群青色のショートカットが風に揺れて、金色の瞳が鋭く街を睨んでいる。
避難誘導は自衛隊と警察に任せた。でも、人数が足りない。武蔵国の魔法少女も散開して対応しているが、被害が広すぎる。そして今、この惨状だ。
颯の視線が、街の中心に向けられる。
破壊の中心。そこに、一人の魔法少女が立っていた。
軍服を着た少女だ。
古い型のそれを思わせる濃色の軍装に、風を受けて翻るマント。スカート丈は短く、足さばきに一切の無駄がない。手には軍刀。刃は細身で、やけに実戦的だ。
「……あいつが」
颯は地面に降り立つ。一見すると冷たい印象だが、近づくにつれて、少しずつ細部が見えてくる。
紫色の髪。
長く、真っ直ぐで、背中まで流れるロングストレート。目は鋭く、感情がないというより、力そのものを凝縮したような圧を放っている。
軍装の魔法少女は、ゆっくりとこちらを向いた。そして——口を開いた。
『武蔵国リーダー、嵐山颯』
声は、低くて落ち着いている。
「おまえ……誰だ」
颯が叫ぶ。軍装の魔法少女は、少しだけ首を傾げた。
『名は不要。これより、対象の討伐を開始する』
次の瞬間、軍装の魔法少女が動いた。
速い。
颯が反応するより早く、軍装の魔法少女は距離を詰めていた。軍刀を抜き、一気に斬りかかってくる。刃が空気を裂き、紫色の光が尾を引く。
「っ!」
颯は反射的に天叢雲刃で受け止めた。刃と刃が火花を散らす。衝撃が腕に伝わり、足元のコンクリートが砕ける。
――なんて力だ!
颯は歯を食いしばって、押し返した。軍装の魔法少女は一歩下がり、すぐに次の攻撃を放つ。連続で斬りかかってくる。技量というより、出力で押してくるタイプだ。
颯も応戦する。刃が雷光を纏い、斬撃が軍刀とぶつかり合う。ガキン、ガキン、と金属音が連続で響く。周囲のビルが揺れ、地面に亀裂が走る。
だが——颯の動きが、鈍い。
全力を出せない。理由は、周囲にいる避難民だ。颯の大技——海嵐雷刃や天嵐爆——を使えば、この街ごと吹き飛ばしてしまう。人々を巻き込んでしまう。だから、颯は剣技だけで戦っている。それでも、軍装の魔法少女と互角以上に渡り合っている。
「……お前、強いな」
颯が息を切らしながら言う。軍装の魔法少女は、表情を変えずに答えた。
『当然だ。私は力。ただ、対象を討つ』
「力……?」
『そうだ。目的は達成されねばならない』
その言葉に、颯は眉をひそめた。
次の瞬間、軍刀が振り上げられ、紫の雷光が刃に宿る。
『――紫電・軍姫斬』
斬撃が、一直線に街を裂いた。
「くっ!」
颯は即座に回避したが、背後のビルの壁面が吹き飛ぶ。
崩れ落ちる瓦礫。悲鳴があがる。
「避難しろ! 今すぐだ!」
颯が叫ぶが、ひとりだけ動かない男がいた。LIVE配信しているようで、何かを喋り続けている。
「おい、危ねぇ! どけ!」
颯が叫ぶ。でも、男は聞かない。配信に夢中で、周囲が見えていない。そして——軍装の魔法少女が、その男に向かって軍刀を振った。
「っ!」
颯は反射的に跳んだ。男を庇って、軍刀の刃が颯の腹部を貫く。激痛が走り、血が噴き出す。
「がっ……!」
颯が膝をついた。男は驚いて、事の重大さに言葉を失う。
「あ……あ……」
「……逃げろ……早く……」
颯が呻くように言う。男は慌てて逃げ出した。颯は腹を押さえながら、軍装の魔法少女を見上げた。
軍装の魔法少女は、颯を見下ろしている。
『……感情によるミス』
「……うるせぇ……」
颯は立ち上がろうとする。でも、体が言うことを聞かない。腹の傷が深すぎる。血が止まらない。視界が、少しずつ霞んでいく。
そのとき——遠くで、子供の泣き声が聞こえた。
颯の視線が、そちらに向けられる。親子連れだ。母親が子供を抱えて、必死に逃げている。でも、その前方の壁が——崩れ始めていた。
――まずい!
颯は、最後の力を振り絞って跳んだ。雷光が爆発し、一気に距離を詰める。親子の前に滑り込んで、崩れてくる壁を受け止めた。背中に激痛が走る。肩が軋む。それでも、颯は動かない。親子を守りきる。
「……早く……逃げろ……」
母親は涙を流しながら、子供を抱えて走り去った。颯は、ほっと息を吐いた。守れた。
でも——次の瞬間。
背後から、冷たい感触が走った。
軍刀が、颯の背中を貫いていた。
「……っ……!」
颯は呻き声を上げた。視界が真っ白になる。力が、抜けていく。膝が崩れて、地面に倒れ込む。血が、地面を赤く染めていく。
『守る対象を増やすほど、敗北確率は上昇する』
軍装の魔法少女は、颯を見下ろしている。紫色の長い髪が揺れて、軍刀から血が滴っている。
『……これで、終わりだ』
軍装の魔法少女が、軍刀を振り上げた。最後の一撃を、颯に叩き込もうとする。
颯は、もう動けなかった。体が、言うことを聞かない。視界が、暗くなっていく。
――ここまで、か……。
そのとき、――空気が、変わった。
ふわり、と。一枚の桔梗の花弁が、空から舞い落ちる。
次の瞬間、軍服の魔法少女の胸元――核が、貫かれていた。
「……?」
軍服の魔法少女が、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、九曜紋の霊刀を携えた少女。
「……っ!」
軍装の魔法少女が、初めて表情を歪めた。驚きと、困惑と——それから、何か別の感情。
「……桔梗……?」
颯が、かすれた声で名を呼ぶ。
長い、真っ直ぐな薄紫の髪が風に揺れている。十二単を軽装化したドレスを纏い、白足袋と紫の舞踏サンダルを履いている。背後には、淡い藤色の光輪が浮かんでいる。
大滝桔梗——『桔梗姫』の魔法少女だ。
桔梗の花弁が、風に舞って周囲に散っていく。淡い紫色の花弁が、戦場に静けさを添える。
軍装の魔法少女は、桔梗を見た。でも——攻撃しない。
ただ、そこに立ち尽くしている。切れ長の目が桔梗を捉えている。
桔梗は、静かに告げた。
「この人は、将門公の六人の分体の一人。」
颯は、その言葉を聞いて目を見開いた。
「……将門公……?」
「そうです、颯さん」
桔梗は、颯の方を向いた。儚い表情で、でも確かな声で続ける。
「この人は、北斗七星陣で封じられた星のひとつ。影武者として、かつて、将門公と共に戦った存在……」
軍装の魔法少女は、何も答えない。ただ、桔梗を見つめている。そして——ゆっくりと、霊刀を引き抜いた。核を貫かれたはずなのに、まだ消えていない。でも、体が少しずつ薄くなっている。
『また役目を、果たせなかった……』
軍装の魔法少女は、静かに言った。
その言葉を残して、軍装の魔法少女は光の粒子となって消えていった。紫色の髪が、最後まで風に揺れていた。
桔梗の花弁が、静かに舞う。
桔梗は、颯の隣にしゃがみ込んだ。
「颯さん……大丈夫ですか……」
「……ああ……なんとか……」
颯は、小さく笑った。体中が痛むけど、まだ生きている。桔梗が、優しく颯の傷に手を当てた。薄紫の光が傷を包み込み、少しずつ痛みが和らいでいく。
さいたま市の街は、まだ荒れている。でも、人々は無事だ。颯が守り抜いた。それだけで、十分だった。夜は、まだ長い。でも、必ず夜明けは来る。颯は、それを信じていた。
何卒、応援のほどお願いいたします。




