第33話 北斗七星陣、崩壊の夜
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
夜の鎧神社は、昼とはまるで別の顔をしていた。
街灯はある。参道も舗装されている。それなのに、境内に一歩足を踏み入れた瞬間、世界が一段沈む。音が吸われ、空気が重くなり、星の位置が――微妙に、おかしい。
北斗七星。
本来なら、もっと高い位置にあるはずの星の並びが、神社の上空に“近すぎる”。
境内の中央、拝殿の手前に、三人の人影があった。
全員、魔法少女じゃない。
ただの――人間だ。
「……やっぱ、ここだな」
低い声で言ったのは、痩せた中年の男だった。古びたコートを羽織り、無精髭を生やしている。その男が、地面に“それ”を置く。
古い式盤。
木製で、円形。表面には墨で描かれた方位線と、すり減った干支文字。明らかに年代物で、下手をすると江戸期――いや、それ以前の代物だ。
別の男が、懐から束ねた呪符を取り出す。
紙は黄ばんでいて、朱と黒の文字がびっしりと書き込まれている。
「結界の流れ、読めてるか?」
「問題ない。北斗七星陣の末端。まず、ここを止めりゃ、全体が鈍る」
三人目の男は、周囲を警戒するように見回していた。
魔法少女が来る気配はない。電脳も沈黙している。
――だからこそ、今だ。
式盤が地面に置かれた瞬間、空気が鳴った。
ごく低い音。耳じゃなく、骨に響く音。
呪符が、一枚、また一枚と式盤の周囲に貼られていく。
それぞれが、地脈の流れを“塞ぐ”位置に。
「――来るぞ」
男が呪符を叩きつけた瞬間、境内を覆っていた見えない流れが、ぴたりと止まった。
星が、揺れる。
北斗七星の並びが、一つ、ズレる。
それは“崩壊”と呼ぶには静かすぎる。だが確実に、何かが壊れた。
鎧神社の結界が、音もなく裂けた。
◇ ◇ ◇
「はぁ……」
俺は今、自宅のワンルームで、ため息をついている。理由は簡単だ。ベッドの上に、小学生が一人転がっていたから。
いや、状況は分かってる。分かってるんだけど。
布団の上で今は正座してる少女を見ながら、俺はまた内心でため息をついた。
「……あの、ほんとに、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げた少女は、どうみても小学生。
年の割に背筋がやたら良くて、口調も妙に丁寧。短めの髪に、王子っぽい雰囲気がある。服装は今は俺のジャージなのに。ブカブカけど、本人はあんまり気にしてないらしい。
「いや、いいよ。湖に落ちたんだし。放っとくわけにもいかないでしょ」
口ではそう言ったけど、内心は結構バタついてる。だってこの子、普通の相手じゃない。
愛宕山太郎坊。
あの、かえでたちを多摩に連れ帰るさいに、俺と戦った――天狗の魔法少女。
今は変身してないけど、顔つきと雰囲気で分かる。山の気配が、消えてない。
「改めまして……ボク、神楽たろ、っていいます」
「……たろ?」
「はい。神楽たろ。あだ名じゃないです。その、元は『太郎』だったんですけど。年は同じまま、性別が……」
ちょっと恥ずかしそうに言う。同志だった。男子小学生では俺とは違う葛藤があっただろう。それをきっぱり言い切るあたり、それなりに折り合いがついてそうだ。
「たろ、ね。“俺”は役野小角。で、そこにいるのが葛葉いづな」
「よろしくね、たろちゃん」
いづなが笑いながら手を振ると、たろは少しだけ頬を赤くして視線を逸らした。照れてる。可愛い反応だ。
「それで、たろ。体調は?」
「もう大丈夫です。霊力も、少し戻りました」
そう言って胸を張る。いや、胸は別に張らなくていい。
いづなが淹れたお茶を渡すと、少女は両手でカップを持って、小さく頭を下げた。
「で……何があったの?」
たろは一瞬、視線を落としてから、ゆっくり話し始めた。
「前から、噂はありました。玉藻前の魔法少女が、何か動いてるって」
たろは、少し間をおいて続けた。
「そして、新宿の封印点に……“西部同盟”が手を出したんです。鎧神社、水稲荷神社、筑土八幡神社。」
その言葉に、俺の背中が少し冷える。西部同盟。確か、“将門公の封印を解くべき”と主張してる連中だと聞いたな。
「七星陣が崩れて……解除派が、勢いづいて。ボクも襲撃されて空に退避しました。でも――」
たろの声が、少しだけ低くなる。
「その直後、別の、天狗の魔法少女に、襲われました。正体は分かりません。けど……多分、大山の」
――大山。嫌な点が、線になっていく。
「それで、逃げてる途中で湖に……」
「そうです。……助けてくれて、本当に、ありがとうございました」
また頭を下げる。律儀すぎる。
「で、なんで多摩に?」
俺がそう聞くと、たろは少しだけ目を細めた。
「……小角さん、強いですよね」
その瞳には、少しだけ憧れの色が混じっている。
「え?」
「北東域から多摩に向かってる途中で戦った時も。秩父で、八大龍王を顕現させた時も。あれ、しっかり、見てました」
……あ、バレてたか。まあ、古い縁もある太郎坊なら、そりゃそうか。
「それでなのか……必死で逃げてるとき、小角さんのことが急に頭に浮かんで、多摩なら、助けてくれるって思ったんです」
その言葉に、変に胸が重くなる。俺、そんな頼られるポジションだったっけ。子供に頼られるの、地味に効くんだよな……。
その時。
視界の隅に、電脳の通知が表示された。
八坂雅、配信開始。
「……ん?」
配信画面には、説明も前振りもなく、いきなり映像が映し出される。
公園……。いや、これ、庭か?
そして――雅。
八王子権現の魔法少女、八坂雅が、何かと戦っている。相手の姿ははっきりしない。ただ、圧が違う。
次の瞬間、画面いっぱいに走る一撃。軍服のスカートとマントを翻す魔法少女が、容赦なく攻撃を放つ。
「――っ!」
俺が息を呑むのと同時に、雅が八紋神器の一つ――八津鏡を展開する。火花が散って、結界がきらめき、攻撃を受け止めた。
いづなが叫んだ。
「なんで戦ってるの!? 相手、誰!?」
何卒、応援のほどお願いいたします。




