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修験道の開祖の大天狗の魔法少女は元50歳のおじさん!? 旧)魔獣出現で都市国家化して魔法少女戦国乱世!!?  作者: 山田衛星


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第31話 横浜編⑧

この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。



 路地の入口に立った瞬間、世界が変わった。


 音が、消えた。


 さっきまで聞こえていた港の波音も、遠くの街の雑音も、風が建物を撫でる音も、全部が一気に途切れる。耳鳴りすらしない。完全な無音。息を吸っても、心臓の音すら聞こえない。


「……なんだ、これ」


 声を出したつもりだったが、自分の耳には届かなかった。口が動いて、喉が震えているはずなのに、音だけが存在しない。隣にいる凛華も、何か言おうとして――そして、眉をひそめた。


 空気が、薄い。


 呼吸をしても、肺に入ってくる酸素が足りない気がする。息苦しいわけじゃない。でも確実に、“何かが抜けている”。


 結界とも違う。雅の結界は、外から内を守るために張られている。いづなの心穿は、心の座標を捉えるために空間を歪める。でも、これは――


 ――削り取られてる。


 世界そのものが、薄く削られて、残った“空白”だけがここに残されている。まるで、絵の具を塗った紙から、色だけを剥がしたみたいに。


 凛華が俺の肩を叩いた。視線で、前を示す。


 路地の奥。壁に囲まれた行き止まり。そこに、小さな影が倒れていた。


 ――つむぎ。


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。俺は無意識に駆け出していた。足音が消されて、地面を蹴る感覚だけが残る。凛華も後ろから続いてくる。


 つむぎは、眠っているみたいに倒れていた。淡いイエローのパーカー。小さなリュック。顔色は悪くない。呼吸もしている。でも、意識がない。


「つむぎ!」


 肩を揺すっても、反応がない。俺は周囲を見回した。路地の壁、地面、そして――空気の中に、薄く漂う霊気。


 これは、ただの霊障じゃない。意図的に作られた、“場”だ。


 そのとき、凛華が俺の腕を掴んだ。視線の先を見ろ、と無言で促す。


 路地の奥――壁の前に、何かが立っていた。


 人の形をしている。でも、輪郭が曖昧で、まるで影を切り抜いて立体にしたみたいに、光を吸い込んでいる。頭部には角のようなものが生えていて、背中には――翼の名残のような、ぼろぼろの黒い布が垂れている。


 “式鬼”だ。


 修験道の術で作られた、使役霊の一種。でも、こんなに強い霊圧を持つ式鬼は、普通じゃない。相当な術者が、時間をかけて育て上げた存在だ。


 式鬼は、ゆっくりとこちらを向いた。顔はない。ただ、赤い光が二つ、目のあるべき場所で光っている。


 次の瞬間――式鬼が動いた。


 速い。音もなく、一気に距離を詰めてくる。俺は反射的につむぎを抱えて、横に転がった。式鬼の腕が、さっきまで俺がいた場所の地面を叩く。アスファルトが音もなく砕け、亀裂が走る。


「っ、凛華!」


 叫んだつもりだが、やっぱり音は出ない。でも、凛華は理解したようで、すぐに前に出た。青龍偃月刀を構えて、式鬼に向かって斬りかかる。


 刃が式鬼の身体を切り裂く――はずだった。でも、刃は式鬼の身体を通り抜けて、空を切った。まるで、霧を斬ったみたいに。


 式鬼が反撃する。腕を振るって、凛華を叩き飛ばそうとする。凛華は偃月刀で受け止めたが、衝撃で身体が後ろに押される。


 俺はつむぎを壁際に寝かせて、立ち上がった。黒い翼を展開させて、式鬼に向かって飛ぶ。


絶断翼刃ゼロ・グラビティカッター!」


 翼を刃にして、式鬼に斬りかかる。でも――やっぱり通り抜ける。刃が式鬼の身体を捉えられない。物理攻撃が効かない。


 式鬼が俺に向かって飛びかかってくる。俺は翼を盾に受け止めるが、振動が突き破ってくる。式鬼の腕は、確実に“質量”を持っている。攻撃は当たるのに、こちらの攻撃は当たらない。


 ――厄介だ。


 そのとき、式鬼が――“喋った”。


 音はない。でも、意識の中に直接、言葉が流れ込んでくる。


『……此処ハ、横浜ノ地ニ溜マル霊的沈殿ヲ利用シタ儀式場……』


 凛華が目を見開いた。俺も、その言葉の意味を理解する。


 横浜の港。かつて、多くの人が出会い、別れ、死んでいった場所。その未練が、この土地に溜まり続けている。それを、誰かが利用している。


『……オ前タチノ戦イ……アノ霊力ノ爆発……全テ、計算通リ……』


 さっきの、俺と凛華の戦闘。あの衝突で放出された霊力が、この儀式場に吸収されていたのか。


 式鬼の身体が、少しずつ濃くなっていく。輪郭がはっきりして、実体を持ち始めている。


『……此ノ儀式ノ完成ニ、生贄ガ必要……』


 式鬼の視線が、つむぎに向けられる。


 ――その瞬間、凛華の表情が一瞬だけ歪んだ。


 俺は翼を広げて、式鬼とつむぎの間に割り込んだ。式鬼が俺を押しのけようとする。凛華も前に出て、偃月刀で式鬼の動きを牽制する。


 そのとき――壁の影から、何かが現れた。


 若い女性の霊。輪郭が曖昧で、半透明だ。彼女は、つむぎの前に立って、式鬼を睨んでいる。


 ――あの霊が、つむぎをここまで連れてきたのか?


 式鬼が、女性の霊を払いのけようとする。でも、女性の霊は動かない。まるで、つむぎを守るために、ここに留まっているみたいに。


『……邪魔ダ……』


 式鬼が、女性の霊に向かって腕を振り下ろす。でも――女性の霊は、消えなかった。光の壁が、式鬼の攻撃を弾いた。


 つむぎを守る、という強い想いが、彼女を支えている。


『……ツマラヌ……』


 式鬼の声が、苛立ちを帯びる。そして――俺と凛華に向き直った。


『……オ前タチヲ、先ニ始末スル……』


 式鬼が咆哮した。音はないが、霊圧が爆発的に膨れ上がる。周囲の空気が歪み、壁に亀裂が走る。実体化が、完了しつつある。


 凛華が俺の隣に立った。偃月刀を構え直して、低い声で言う。


「……小角。こいつ、マジでヤバい」


 声が聞こえた。何かが変わったのか、凛華の声が届く。それが、妙に心強かった。


「分かってる。でも――」


 俺は黒い翼を最大限に展開させた。重力の波紋が走り、周囲の霊気を捉える。


「ここで倒す。つむぎを、守るために」


 凛華が、ニヤリと笑った。


「いいね。その意気だ」


 式鬼が、再び動いた。今度は、さっきより速い。実体化したことで、動きに制限がなくなっている。


 俺は意識を集中させた。修験道の力を解放する。この路地全体を、結界で覆う。


封滅域・石鎚グラビティ・ロックフィールド!」


 半径数十メートルが、高重力領域に変わる。空間が沈むような圧迫感が、路地全体を包み込む。式鬼の動きが、一気に鈍った。見えない鎖に縛られたように。


 式鬼が苦しそうに身体をよじる。でも、動けない。重力が、式鬼の身体を押し潰している。


「今だ、凛華!」


 凛華が、大きく息を吸った。青龍偃月刀を構え直して、全身に力を込める。龍の気配が、凛華の周囲を巡り始める。風が吹き、水が渦を巻き、深緑の霊気が刃身を包み込む。


「奥義!――義風ぎふう翠龍断潮すいりゅうだんちょう!」


 凛華が刀を振り下ろした。


 風と潮と龍の力が一つになり、巨大な斬撃となって式鬼に叩き込まれる。龍の咆哮が、無音だった空間に響き渡る。式鬼の身体が、真っ二つに裂かれる。黒い霧が爆発的に噴き出し、周囲に広がっていく。


 次の瞬間――式鬼が、完全に消え去った。


 黒い霧が風に吹かれて散り、静寂が戻ってくる。音も、空気も、少しずつ元に戻っていく。


 俺は大きく息を吐いて、重力領域を解除した。凛華も偃月刀を下ろして、肩で息をしている。


「……終わった、か?」


「ああ。たぶん」


 でも、安心できない。式鬼が消えた場所に、何かが残されている。


 黒い羽根だ。


 大きくて、艶のある、漆黒の羽根。まるで、巨大な鳥の翼から抜け落ちたみたいに。


 俺は、その羽根を拾い上げた。手に取った瞬間――胸の奥が、ざわりと揺れた。


 ――これ、知ってる。


 いや、正確には――俺の中の“何か”が、知っている。石槌山法起坊としての特性が、この羽根を覚えている。


 山の名前だったか、古い伝承だったか―― だが、思い出せないまま、その違和感だけが残る。


 そのとき、凛華が俺の隣に来た。羽根を見て、眉をひそめて、舌打ちした。


「……人間の仕業じゃねぇな」


 それ以上は何も言わなかった。


 俺も同じだった。記憶の断片だけがあって、でも形にならない。


 凛華が、ふと呟いた。


「……さっき、式鬼が言ってた」


「え?」


「俺にだけ、別の言葉を流し込んできた。『港東会の残党が、お前を引きずり落とすために動いている』って」


 凛華は苦い顔で続ける。


「港東会っていうのは、俺がいた暴力団だ。世界改変で組織は崩壊したけど、俺と敵対してた連中……、まだ恨みを持ってる奴らがいる。そいつらが――」


 凛華は言葉を切った。そして、静かに続ける。


「そいつらが、誰かに利用されてた。嫉妬や憎しみを増幅させられて、この儀式に加担させられてたんだろう」


「誰かって……」


「分からない。でも――」


 凛華は黒い羽根を見た。


「この羽根の持ち主が、黒幕だろうな」


 俺は羽根を握りしめた。胸の奥の違和感が、さらに強くなる。でも、今は考えてる暇がない。


 つむぎが、ゆっくりと目を開けた。


「……ん……ここ……?」


 小さな声。でも、確かにつむぎの声だ。


 俺は駆け寄って、つむぎの肩を抱いた。


「つむぎ! 大丈夫か!?」


「小角……おねえちゃん……?」


 つむぎは、ぼんやりとした目で俺を見た。そして――泣き出した。


「ごめん……なさい……わたし……助けようと……思って……」


「大丈夫だよ。もう、大丈夫だから」


 俺は、つむぎをぎゅっと抱きしめた。温かい。生きてる。それだけで、十分だった。


 女性の霊が、静かに微笑んで、光の粒となって消えていく。ありがとう、と心の中で呟いた。


 凛華が、俺たちを見下ろして、小さく笑った。


「……よかったな」


「ああ。本当に」


 俺は、つむぎを抱きしめたまま、黒い羽根を見た。まだ、終わってない。黒幕は、まだどこかにいる。でも――今は、つむぎを守れた。それだけで、俺は前に進める。  


 路地の向こうに、朝の気配が滲み始めている。横浜の長かった夜は。こうして終わった。




何卒、応援のほどお願いいたします。

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