第28話 横浜編⑤
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
「そうだ。関凛華。覚えとけ!――この街を守る『関聖帝君』の魔法少女だ」
その名乗りが終わった瞬間、世界の重さが切り替わった。
気のせいじゃない。比喩でもない。さっきまで潮の匂いと油の臭いが混じっていた港の空気が、一段階、いや二段階は沈み込む。肺に入ってくる空気が重い。
凛華の足元に、深緑色の龍紋が浮かび広がった。円陣でも、魔法陣でもない。まるで古い誓約書を床に叩きつけたみたいな、角張った文様だ。その紋に引き寄せられるように、港湾のコンクリートに走っていた細かな亀裂が、ぎちぎちと音を立てながら伸びていく。
「……へえ」
思わず、口が動いた。
派手さはない。光が弾けるわけでも、音が鳴り響くわけでもない。なのに、圧がある。“ここから先は俺の縄張りだ”って、問答無用で突きつけられる感じ。
龍の気配が凛華の周囲を巡り、長い黒髪がふわりと浮き上がって、ポニーテールに変わる。ライダースジャケットが、霧みたいにほどけて、その下から現れたのは、深緑を基調に金の縁取りが走るチャイナ風の戦装束。スリットの入った衣装が風に揺れて、その奥で筋肉の動きがはっきり分かる。細いのに、無駄が一切ない。
そして、手元に小さなチャームが漂い、巨大な——魔装・青龍偃月刀が具現化する。刃がコンクリの床に触れた瞬間、ガン、と腹に響く低音が鳴った。
「……忠告はしたぞ」
凛華が、こちらを真っ直ぐ睨む。翡翠色の目に、揺れはない。怒りはある。でも、それ以上に――覚悟だ。
「ここから先は、“交渉”じゃねぇ。“制圧”だ」
「そっか」
俺は黒い翼を、静かに広げた。重力の感触を確かめる。港のクレーン、倉庫の屋根、散らばった鉄骨。全部、使える。風が吹いて、髪が揺れる。
「じゃあ――急ぐね」
言い終わるより早く、俺は踏み込んだ。
「法起・天狗歩行」
空を踏む感覚で、一気に距離を詰める。足元に黒い紋が浮かび、加速する。瞬間的に十メートルの距離が消える。その瞬間、凛華の偃月刀が、視界を切り裂いた。
――速っ。
風圧じゃない。“斬撃そのもの”が、空間を削ってくる。刃が空気を引き裂き、軌跡が青緑の光を残す。実戦で磨かれた一撃。正確な狙い。
「チッ!」
俺は即座に横へ瞬転。さっきまでいた場所の倉庫壁が、斜めに吹き飛んだ。コンクリートが紙みたいに裂け、鉄骨がむき出しになる。破片が宙を舞い、地面に叩きつけられる音が響く。
「逃げ腰か!?」
「そっちが物騒すぎ!」
返しながら、重力を局所集中。
「零重唱!」
見えないハンマーを、凛華の頭上に叩き落とす。空気が歪み、重力の波紋が広がる。――が、凛華は一歩も動かず、偃月刀の柄で受けた。
ガンッ、と衝撃音。床が沈む。コンクリートが蜘蛛の巣状に割れて、足元に亀裂が走る。でも、彼女は踏ん張ったまま、睨みを緩めない。
「……重てぇな。だが、止まるかよ!」
次の瞬間、凛華が前に出た。一歩。たった一歩なのに、距離が一気に詰まる。完全に、実戦の踏み込みだ。躊躇いがない。
「――関刀・龍牙!」
偃月刀が唸りを上げる。青緑の光が刃身を包み、風圧が爆発的に膨れ上がる。俺は反射的に翼を前に出した。
「黒翼還元!」
衝撃を吸う。翼が運動エネルギーを吸収し、一瞬だけ静寂が生まれる。吸いきれない分が、背中を叩く。それでも、致命傷は避けた。凛華の一撃は、確実に急所を狙っていた。
「……っ、ガチすぎでしょ」
「ガチに決まってんだろ! 舐めた真似してる奴に、手加減なんてねぇよ!」
凛華が吠え、さらに斬り込んでくる。斬撃、打撃、踏み込み。どれも無駄がない。殺しに来てるけど、殺すためだけの動きじゃない。俺を止めるため。横浜を守るため。その信念が、一撃一撃に込められている。
――守るための暴力だ。
俺は歯を食いしばり、重力操作を最小限に絞る。『瞬転・影疾』で残像を撒きながら、背後へ。視界から消えた瞬間、すぐに次の座標へ跳ぶ。右、左、上、下。連続で座標を変えて、凛華の視界を混乱させる。
「逃がすか!」
凛華が、振り向かずに刀を振った。背中に“気配”が来る。読まれてる。まるで後ろにも目があるみたいに、正確に俺の位置を捉えている。
「絶断翼刃!」
翼を刃にして、斬撃をぶつける。金属と黒光がぶつかり合い、火花が夜に散った。衝撃で周囲のガラスが割れ、倉庫の壁に亀裂が走る。
互角。
――ちっ。
強い。ただ力が強いんじゃない。“横浜を力でまとめ上げた”強さだ。この街の裏も表も知り尽くして、仲間を守るために戦い続けてきた人間。そんな人間が、魔法少女になったらこうなる。
「……ねぇ」
俺は距離を取りながら、声を投げた。翼を広げたまま、空中に浮いている。凛華は屋上で、偃月刀を構えたまま動かない。
「あんた、つむぎのこと知らない?」
凛華の動きが、一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬。でも、見逃さなかった。大刀を握る手が、わずかに緩んだ。瞳の奥に、戸惑いの色が浮かんだ。
「……その名前を、どこで聞いた」
声が、低くなる。殺気が、別の質に変わった。さっきまでの“制圧”じゃない。もっと深い、何か。
「探してる。理由は、それだけ」
「……そうかよ」
凛華は、深く息を吐いた。
そして、青龍偃月刀を構え直した。でも、さっきとは違う。構えが、少しだけ変わっている。完全に殺しに来る構えじゃない。確かめるための、構えだ。
「なら余計、通せねぇ」
その背中が、港の灯りを背負う。髪が揺れる。連なる倉庫の屋根の上。
「この街で起きたことは、この街で始末する。――それが、オレの義だ」
「……」
少しは、分かる。でも――今は、譲れない。つむぎを見つけるまで、俺は誰も信用できない。翼を広げ、重力を高めた。
「じゃあ、力ずくで行くよ」
「上等だ!」
二人の魔法少女が、同時に踏み出す。
凛華が床を蹴って、一気に跳躍する。偃月刀を振りかぶり、上段から叩き落とす。龍の咆哮のような音が響く。俺は翼を盾にして受け止めた。
「――っ、重い!」
「当たり前だ! オレの偃月刀は、この街を守るための刃だ!」
凛華が叫び、さらに力を込める。大刀が翼を押し込み、身体が少しずつ沈んでいく。このままじゃ、押し潰される。
「螺旋風洞!」
竜巻洞を作り出す。凛華の周囲に風が集まり、彼女を吸い込もうとする。でも、凛華は偃月刀をコンクリに叩きつけて、身体を固定した。
「そんなんで止まるかぁ!」
龍の力が偃月刀から溢れ出し、風を弾き飛ばす。竜巻が崩れて、風が四散する。俺は即座に瞬間移動で距離を取った。
倉庫街に、静寂が響く。
何卒、応援のほどお願いいたします。




