第26話 横浜編③ ホラー回
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
配信、ちゃんと繋がってるかな。
つむぎは電脳のインターフェイスを眺めながら、少しだけ首を傾げた。
横浜の倉庫街は、思っていたよりも静かだった。港が近いはずなのに、波音は遠く、代わりに霧が音を吸い込んでいるみたいで、広い空間に自分の足音だけがやけに響く。
「えっと……今は、港の近くです」
そう言ってカメラに向けて小さく手を振ると、コメントが流れ始めた。
『横浜だ!』
『霧すごいな』
『雰囲気、映画みたい』
「ちょっと暗いけど、大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるみたいに言ってから、つむぎは歩き出す。
キャラバンの人たちがいる場所から、ほんの少し離れただけ。戻ろうと思えば、すぐ戻れる距離のはずだった。
――そのはずだったのに。
倉庫の影を抜けたあたりで、ふっと、周囲の音が遠のいた。
風の音も、遠くの金属音も、まるで一枚膜を張ったみたいに薄くなる。急に世界が静かになって、つむぎは足を止めた。
「……?」
LIVE配信画面を見る。回線表示は、まだ生きている。
『音、変じゃない?』
『今ちょっとラグった』
「だ、大丈夫……たぶん」
そう言った直後だった。画面が一度だけ、大きく歪む。
――ぷつん。
音が消え、映像も消えた。
「え……?」
慌てて配信ボタンを押す。再接続。失敗。もう一度。やっぱり失敗。
画面は真っ暗なままなのに、不思議なことに――
”チャット欄だけが、流れ続けていた。”
『……?』
『映像止まってる』
『音も聞こえない』
「え、みんな……?」
声は、もうどこにも送られていないはずなのに。
それなのに、誰かが“そこにいる”。
背中が、少しだけ寒くなった。
そのとき。
「……あの……」
背後から、か細い声がした。
つむぎは振り向く。
霧の中に、若い女性が立っていた。輪郭が少し曖昧で、光の当たり方がどこか不自然だ。
「……道、分からなくて……」
『今の誰?』
『声だけ聞こえるんだけど』
つむぎは、一瞬だけ迷った。
でも、その人の表情を見てしまった。
困っている。怖がっている。
助けを求めている――言葉にしていなくても、それは伝わってきた。
「……一緒に、行きますか?」
女性は、ほっとしたように小さく頷いた。
歩き出してすぐ、つむぎは気づく。
足音が、重ならない。女性の影が、地面にうまく落ちていない。
――霊、だ。
そう分かっても、怖さはなかった。
『つむぎ、霊じゃない?』
『やばくない?』
チャットはまだ流れている。でも、その言葉が誰のものなのか、もう分からない。
「……うん」
つむぎは、小さく答えた。
「でも……困ってるのは、本当だと思う」
その瞬間、チャット欄に、見覚えのない名前が混じった。
『……助けて』
『ここ、さむい』
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
女性は、倉庫の裏へと向かう。
高い壁。古い鉄扉。その先に、細い路地があった。
「……ここで、待ってて」
そう言って、女性は霧の中に溶けるように消えた。
『消えた』
『今、消えたよね』
つむぎは、路地の奥を見つめる。逃げた方がいい。そう思うのに、足が動かなかった。
理由は分からない。ただ、ここは――”誰かが、ずっと居た場所”だと感じてしまった。
路地に足を踏み入れた瞬間、空気が沈む。
苦しくはない。怖くもない。代わりに、胸の奥がゆっくり均されていく。
『……ここ』
『ここ、まだある』
また、知らない言葉。
「……誰?」
返事はない。でも、分かってしまった。
ここには、行き場を失った“声”が溜まっている。
配信は、もう完全に切れているはずだった。
それでも、チャットは流れ続ける。
『話、聞いて』
『まだ、終わってない』
『見てる』
つむぎは、手をぎゅっと握った。
「……少しだけ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
「少しだけ、ここにいるね」
路地は、何も答えなかった。ただ、静かに――それを受け入れた。
何卒、応援のほどお願いいたします。




