第22話 奇跡の後、それぞれの日常
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
秩父さくら湖の激闘から三日。
俺は立川の自室で、電脳ニュースをだらだら流し見していた。画面は例の“秩父の奇跡”で埋め尽くされている。
『——武蔵国リーダー・嵐山颯氏の声明を受け、今宮神社には連日数百人の参拝者が訪れています』
映し出された今宮神社は、見慣れた静けさとは別物だった。参拝列が境内の階段をぐるぐる折り返して、屋台まで出ている。“お祭りじゃんこれ”ってレベル。
御神木の千年欅の前には山のような花束。老若男女が手を合わせて、龍王神に祈りを捧げている。
『嵐山颯氏は「八大龍王神が長年の信仰に応えて顕現された。川と湖を守護する神の力が秩父を救った」と述べています』
画面の端に映る颯は、いつもの濃紺ジャージ姿。真剣な表情の奥に、たぶん俺にしか分からない“すまん”みたいな苦笑いを隠している。
「あんだけデカい龍が八体出りゃ、そりゃ“神様の奇跡”になるよな……」
俺はつぶやいてニュースを閉じた。
八大龍王の顕現。怨念龍との激突。世界中の電脳に流されたライブ中継は、映像のスケールがデカすぎて俺なんか米粒サイズだった。
颯の判断は正しい。“誰が呼んだか”より“神の奇跡”のほうが人々は納得するし、俺も余計な注目を浴びずに済む。
ただ、その“神の奇跡”の影で、俺たちの三日間はまあまあバタバタだったわけで。
◇ ◇ ◇
早朝の今宮神社。
朝靄がわずかに残り、境内には鳥の声だけが響く。参拝客が来る前の静かな時間に、俺といづなは転移術で到着した。千年欅も集団転移の転移先になるか試してみた。
「成功っと」
「はいはい、小角、いい着地だったじゃん」
いづなが狐の面を揺らしながらにやっと笑う。
昨夜、彼女は久々に“爆睡”してたので若干テンションが高い。回復するとギャルみ強めになる説、わりとある。
千年欅の陰から、颯が手を振りながら出てきた。濃紺ジャージ、髪はまだ濡れてるっぽい。隣には、かすみ。銀髪のポニーテールを朝風に揺らしている。
「小角、いづな。早朝から悪いな」
「いえ、颯さんこそ。いつもの朝ランついでですか?」
「まあ、そんなとこ。転移見られたら面倒だから、人がいない時間に呼んだ」
颯は軽く肩をすくめ、それから本題へ切り込んだ。
「小角。お前の力……正直ヤバすぎる。他の都市を刺激しないよう、“八大龍王の奇跡”ってことにして情報固めた」
「ありがとうございます。本当に助かります」
俺が頭を下げると、颯は“兄貴の笑み”を見せた。
「お前は目立ちたくないんだろ。でも隠れられないぐらい強い。だったら——味方を守るためにだけ、使えばいい。それで十分だ」
その言葉は胸に静かに落ちた。俺が望む“普通の生活”と、“守りたい人”の折り合い。その答えを、颯はいつも簡単に言葉にする。
隣でいづなが、狐面の下で俺の表情をちらっと覗く。
「……ね、小角。こういう時、ちゃんと返事しなよ。黙ると“影で闇落ちしてそう”扱いされるから」
「してない……しませんよ」
「知ってる。だから言ってんの」
いづなは悪戯っぽく笑って、颯を見た。
「でも、颯さん。ウチらの戦い、分かる人にはバレてるんでしょ?」
「ああ、情報屋から聞いた。多摩を狙ってた連中が、“化け物がいる”って言いながら引き返してったらしい」
「誰のことですか、それ」
「小角に決まってんだろ」
颯は肩を叩きながら笑った。その瞬間、ふと千年欅に気がついた。
「……この欅、何か感じるんですよね」
「私も。飯綱の千年杉と同じ“根っこの気配”。人々の祈りが長く重なってる樹って、他とは違うのよ」
いづなが素直にそう言うのは珍しい。颯も欅に手を当て、しみじみと呟いた。
「武蔵国と多摩連邦。これからも連携していきたい。頼むぞ、小角」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
握手を交わすと、颯の手の温かさに“生きてる人”の実感があった。
颯も強すぎる。だけど、同時に脆さもある。だから、支え合うってこういうことなのかもしれない。
そのとき——袖がそっと引かれた。
かすみだ。琥珀色の瞳が、揺れている。
「小角さん……その……ありがとうございました。私、あのままだったら……」
「大丈夫ですよ。かすみさんは自分で頑張ってました。俺はちょっと手伝っただけで」
「そんな……そんなの、違います」
かすみはうつむき、指先で俺の袖をきゅっと掴んだ。
「……また……来てくれますか?」
小さくて、だけど切実な声だった。
「——行きますよ。また来ます」
「ほ、本当ですか?」
「うん。約束」
かすみはぱぁっと表情を明るくした。
颯が「じゃ、俺は戻るわ」と手を振って去り、かすみも深く頭を下げてその後を追う。
境内に残ったのは、俺といづなだけになった。
いづなは少しの間、千年欅を見上げていた。朝日の光が枝葉を透かし、その横顔を金色に縁取る。ふいに彼女は狐の面をずらし、俺の横へ歩み寄ってくる。
「ね、小角」
「はい?」
「……かすみちゃんさ。あれ、どう見ても“小角のこと気にしてる”よね?」
「ぶっ……! な、なに言ってるんですか急に」
思わず変な声が漏れた。
いづなは“ほら見ろ”という顔でニヤッと笑う。
「いやいや、袖ぎゅってやつ。あれ、完全に“行かないで”の仕草だよ? あんな分かりやすいの、少女漫画でもそう多くないって」
「いや、あれは……戦いのあとで、不安定だっただけで……」
「ふーん?」
いづなは俺の正面に回り込み、じとっとした視線を向けてくる。
「小角ってさ、人助けばっかしてるのに、こういうの鈍くて、モテてる自覚ゼロなのほんと危ないんだけど?」
「モ……モテとか……そういう話じゃ……」
「出た、“自覚なし”。一番面倒くさいタイプ」
肩をすくめつつ、どこかほんの少しだけ、声に柔らかさが混じっている。
「でもまぁ、かすみちゃんが小角のこと好きでもうちはべつにいいんだけどね。あの子、やっと救われたところだし」
「じゃあ、なんでそんなに言うんだよ?」
「んー……」
いづなは視線を欅の影にそらし、足元の落ち葉をつま先で軽く蹴った。
「……なんかさ。アタシの知らないとこで、小角が誰かに必要とされてんのって……まあ……」
「?」
「……なんでもない!」
語尾がちょっと強かった。
いづなはぽん、と俺の肩を小突き、すぐいつもの調子に戻る。
「とにかく! あとで“かすみに会いに行く”とかなったら、アタシに先に相談しなよ?」
「相談って……何を?」
「いいから! そういうの大事なの!」
狐の面を直しながら、ちらっとこちらを見上げる。
「……ほんっと小角ってめんどくさい……」
その小さな呟きは、風にさらわれて聞き取りづらかったけど、どこか少しだけ照れてるようにも聞こえた。
二人で転移の準備をすると、朝日が欅の枝の間から差し込み、影が揺れた。
戦いの重さは確かにあったけど、その上で残ったのは——ほのかに温かい“日常”の気配だった。
◇ ◇ ◇
――その数日後。
大滝桔梗は、武蔵国の医療施設で治療を続けて受けている。
薄紫の髪。穏やかな顔。記憶はまだ朧げで、桔梗姫としての時間は全部ぼんやりしているらしい。
けれど、かすみが付き添って話しかけると、桔梗は安心するように微笑んだ。
怨念は消えた。
彼女はもう、ただの“生きている少女”だ。
◇ ◇ ◇
立川へ戻った俺は、夕方の街を歩いてると、電脳にメッセージが着信する。
画面には、颯からのメッセージ。
*『小角、今度多摩と武蔵国の合同訓練やらん? いづなにも声かけとけよ』
「いや……脳筋かよ……」
思わず空に向かって呟いた。だけど、どこか笑えてくる。
秩父さくら湖で戦ったあの日よりも、世界は少しだけ優しくなっている気がした。だから今日も俺は、変わりつつあるこの“戦国乱世”みたいな新時代の中で——仲間と、そして守りたい人たちと、一緒に前へ進んでいく。
何卒、応援のほどお願いいたします。




