第14話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
俺たちは一旦アパートのかえでたちのアジトに戻った。
葛飾から多摩まで、子供たちをどうやって連れて行くか。俺は部屋の端に座って、電脳で地図を眺めていた。かえでは近くで子供たちの世話をしている。アッコが眠そうにかえでの膝に頭を乗せていて、他の子供たちも疲れた様子で座っている。
問題は、移動手段だ。
俺の瞬間移動は、基本的に自分自身しか転移できない。自分以外も一緒に跳ぶ方法は、一つ試してないが心当たりはある。でも、いきなり子供たちに試すのは危険だ。
秋葉原に跳んだのは、安全策と情報収集も兼ねていたからだ。でも、ここから多摩まで連れて行くとなると——
「……空を飛ぶ、か」
俺の黒い翼なら、音速に近い速度で飛べる。いづなも同じくらい速い。二人だけなら、葛飾から立川まで2、3分もあれば着く。でも、子供たちを抱えて飛ぶなら、速度を落とさないといけない。それでも10分くらいで運べるはずだ。
問題は、空を飛べば目立つってこと。空の魔獣に襲われる可能性もあるし、他の魔法少女に捕捉される危険もある。特に東京23区の上空は、複数の派閥が縄張りを主張していて、面倒なことになりかねない。
でも——地上を車で走るとかよりはましか。
俺は電脳を開いて、いづなにメッセージを送った。
*『いづな、今から23区の葛飾区まで来れる? 保護した子供たち5人、多摩まで運びたい』
すぐに返信が来た。
*『は? アンタ、また無茶してんの?』
*『無茶じゃない。空飛んで運びたい。手伝ってほしい』
少し間が空いた。そして——
*『……分かった。どこ?』
俺は現在地の座標を送った。いづなからの返信。
*『5分で行くから。待ってて』
画面を閉じて、俺はかえでの方を見た。彼女は子供たちを撫でながら、俺を見ている。
「小角、どうなったの?」
「空飛んで運ぶ。仲間呼んだ」
かえでは目を見開いた。
「空!? マジでそんな漫画ムーブすんのぉ!?」
「そう。他に方法ないし」
「でも、危なくない? 魔獣とか、魔法少女とか」
「危ない。でも、地上を行くよりかはまし」
かえでは少し考えてから、頷いた。
「……分かった。あたしもやるから」
「頼むね」
俺は立ち上がって、空を見上げた。夕陽はもう沈んでいる。薄明の時間が過ぎ、夜になれば、少しは目立たなくなる。闇に紛れて飛べば、魔獣や他の魔法少女に気付かれにくいはずだ。
——でも、完全に気付かれないわけじゃない。
覚悟を決めるしかない。
5分後、ほんとにイヅナが到着した。
影の翼を広げてアパート前に降り立つ。狐の面を頭に乗せた姿。変身したままだ。彼女は周囲を見回してから、俺に顎をクイッと上げた。
「小角、お待たせ。状況は?」
「子供5人。かえでと俺と、いづなで分担して運ぶ」
「かえで?」
イヅナがかえでを見る。かえでは立ち上がって、イヅナに頭を下げた。
「はじめまして。鬼童かえでって言います」
「……あ、うん。多摩の魔法少女イヅナ。よろしくね」
イヅナは少し戸惑いながらも、握手を交わした。そして、子供たちを見る。
「この子たち、全員運ぶんだね?」
「ああ。俺が2人、いづなが2人、かえでが1人。これなら何とかなる」
「夜まで待つの?」
「そのつもりだよ」
いづなは頷いた。
「分かった。じゃあ、準備しとく」
俺たちは夜を待った。子供たちは疲れて眠り始めている。アッコはかえでの膝で完全に寝息を立てていて、かえではそっと髪を梳いてやる。
夜が廃墟を覆い始めた。
東京の夜景が、遠くに広がっている。ビルの明かりが細々と光り、街の輪郭が浮かび上がる。でも、ここ北東域は暗い。明かりがほとんどない。瓦礫の影が、月光に照らされている。
「そろそろ、行くか」
俺は子供たちを起こした。眠そうな顔で目を擦る子供たち。かえでが優しく声をかける。
「ちょっと怖いかもだけど、大丈夫だからね。あたしたちが守るから」
子供たちは不安そうに頷いた。
俺は2人の子供を抱えた。小さな男の子と女の子。いづなも2人抱える。かえでが残りの1人——アッコ——を背負った。
「準備いい?」
「いつでも」
イヅナが頷く。かえでも頷いた。
「じゃあ、行くよ」
黒い翼を大きく広げ、風を捉える。子供たちは緊張した顔で、俺の服をぎゅっと掴んでいる。
「怖くないからね。すぐ着くから」
小さく囁いて、俺は地面を蹴った。
翼が風を叩き、体が浮き上がる。重力を操作して、上昇速度を調整する。急激に上がりすぎると、子供たちが怖がる。ゆっくり高度を上げていく。
いづなとかえでも、それぞれ子供たちを抱えて飛び立った。影の翼と赤い霊気の翼が、夜空に広がる。
俺たちは編隊を組んで、多摩方面へと向かった。
夜の東京は、静かだった。街の灯りがまばらに光っている。かつてのような輝きはない。ビルの窓は暗く、道路には車が走っていない。でも、完全に死んでいるわけじゃない。
俺たちは夜空を滑るように飛び続けた。月が雲の隙間から顔を出して、俺たちを照らしている。
「すごい……」
女の子が小さく呟いた。目を輝かせている。
「夜の景色、綺麗でしょ?」
「うん……」
俺は少し微笑んだ。この子たちにとって、この飛行は恐怖だけじゃない。希望でもある。新しい場所へ向かう、新しい生活への第一歩。
眼下に高層ビルが密集しているその上を飛んでいく。電脳の地図を確認しながら、最適なルートを選ぶ。魔獣の出現頻度が低いエリアを通る。安全第一だ。
静寂の中、翼が風を切る音だけが響く。
そのとき——
「小角、何か来る!」
イヅナの声が、風に乗って届いた。
俺は反射的に周囲を警戒する。視界を巡らせて、気配を探る。イヅナの追跡能力は俺より遥かに高い。彼女が気づいたなら、確実に何かがいる。
「どこだ!?」
「後方から——速い!」
イヅナの声が緊張を帯びている。俺は後ろを振り返った。
夜空の彼方、小さな光点が急速に近づいてくる。赤い光。炎のような——いや、炎だ。そして、その中に人影。
魔法少女。
距離が縮まる。相手は凄まじい速度で接近してくる。俺たちより遥かに速い。数秒で追いつかれる。
「かえで! 子供たち預ける!」
俺は即座に判断した。抱えていた二人の子供を、かえでの方へ投げ渡す——いや、慎重に。重力を操作して、すぅーっと浮遊させながら、かえでの元へ送る。
「え、ちょっと!?」
かえでが慌てて二人を受け止める。これで、かえでは三人の子供を抱えることになった。鬼の怪力があるとはいえ、負担は大きい。
「先に行け! 俺が抑える!」
「小角!?」
いづなが叫ぶ。でも、俺はもう決めた。子供たちを危険に晒すわけにはいかない。ここで食い止める。
「早く!」
かえでとイヅナが、子供たちを抱えて加速する。赤い霊気の翼と影の翼が、夜空を切り裂いて遠ざかっていく。
俺は、その場で静止した。
追ってくる魔法少女と、正面から向き合う。距離は百メートル。五十メートル。二十メートル。
そして——目視できる距離まで接近した。
赤い炎を纏った少女。いや、少年? いや——どっちだ?
小柄な体格。赤茶色の短めのセミショート。明るい琥珀色の瞳。白い短丈ミニジャケットに、赤いミニスカート。背中にはオレンジ色の風翼が展開されていて、空中で透けて光っている。手には、赤い羽団扇。
天狗の魔法少女?
彼——いや、彼女?——は、俺を見据えて、羽団扇を構えた。そして、その視線は俺を通り過ぎて、遠ざかっていくかえでたちへと向けられた。
「待て!」
俺は叫んだ。でも、彼女は聞かない。羽団扇を大きく振り上げ、風圧の波を放とうとする。かえでたちに向けて——
俺は、その前へと飛び出した。
黒い翼が盾になるように大きく広げて、彼女の視界を遮る。
「……どこの誰か知らないけど。それ以上はさせない」
「邪魔するな!」
魔法少女の声が、風に乗って届いた。少年のような、でも少女のような——中性的な声。凛とした立ち姿。どこか王子様のような雰囲気を纏っている。
俺は翼を広げたまま、彼女を睨みつけた。
彼女は、羽団扇を俺に向け直した。目が、鋭く光っている。敵意——いや、それだけじゃない。何か別の感情も混ざっている。警戒、疑念、そして——義務感?
「どけ。ボクは港区の愛宕山太郎坊。任務を邪魔するな!」
「任務?」
「中枢派空域からの出入者を捕捉する。それがボクの役目だ」
——なるほど。
「俺たちは、北東域から来たんだ。」
「関係ない。ここを通る者は、全員捕捉対象だよ」
太郎坊は、一歩も引かない。羽団扇を構えたまま、俺を見据えている。
風が吹いた。
俺の黒い翼と、太郎坊のオレンジ色の風翼が、夜空で向き合っている。港区の夜景が、遥か下方に広がっている。
「俺は、あんたと敵対するつもりはない。でも——行かせる気もない」
俺は小さく告げた。
「……なら、仕方ない。キミだけでも捕縛する」
太郎坊の瞳が、わずかに揺れる。
沈黙が流れた。
そして——
太郎坊が、羽団扇を振り上げた。赤い炎が、団扇の周囲に集まっていく。高温の風が、俺の頬を撫でる。
俺は、黒い翼を刃のように展開させた。空気が歪み波紋が走る。
夜空で、二人の魔法少女が対峙する。
——戦いが、始まる。
何卒、応援のほどお願いいたします。




