第13話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
決闘の場所は、廃高速道路だった。
かつて首都高速だった場所。今は魔獣の通り道になっていて、アスファルトは削れ、ガードレールは曲がり、標識は倒れている。でも、視界は開けていて、戦うには丁度いい。
子供たちが、かなり離れた場所から見守っている。廃車の影に隠れながら、食い入るように俺たちを見つめている。アッコも、小さな手を握りしめて、かえでを応援している。
「かえでちゃん、頑張って!」
「任せときぃ!」
かえでは手を振り返してから、俺の方を向いた。距離は十メートル。風が吹いて、髪が揺れる。秋の日差しが、廃高速道路を照らしている。
かえでが一歩、前に出た。
「じゃ、変身すっか」
彼女は両手を胸元で組んで、意識を集中させた。足元に赤い炎の紋様が浮かび上がる。炎が旋回し始め、彼女の周囲を包み込む。頭に小さな赤い鬼の角が生え、衣装が変化していく。フリル付きのミニ着物風トップス、裾に炎の紋様のある黒のスカート。赤のニーハイソックスに黒のブーツ。両腕に護符が巻きつき、背中に赤い霊気の翼が展開される。手元には大金剛杵が出現し、赤い霊気を纏って揺らめいている。
変身完了。
彼女は金剛杵を持った腕を派手に振り回してから、堂々と宣言した。
「大峰山前鬼坊の魔法少女——鬼童かえで様・爆誕ってね! 覚悟しなよぉ!」
声が、高速道路に響く。子供たちが歓声を上げる。
俺も、変身する。足元に黒い六角形の修験紋が浮かび上がり、黒い光の粒子が螺旋を描きながら立ち上る。ツインテールが蠢き、光に包まれて黒い帯状の翼へ変化する。黒縁メガネが光の粒子となって溶け、衣装が形成される。白いブラウスと黒のフレアスカート。胸元に紫色のリボン、黒のニーハイソックスと赤いハイヒールサンダル。頭上に金色の光が集まり、六角形の頭襟が降りてくる。黒い翼が大きく展開し、重力の波紋が走る。
変身完了。
かえでが、ニヤリと笑った。
「カッコいいじゃん。でも、見た目だけじゃ勝てないよ~?」
「そっちこそ。可愛いだけじゃ、勝てないよ?」
「か、可愛い……!? べ、別に、そんなの当たり前のことなんですけどぉ?」
かえでは、明らかに照れて頬を染めるが、すぐに表情を引き締めた。金剛杵を構えて、低い姿勢を取る。鬼の怪力に、修験道の護符術。近接格闘特化型の魔法少女だろう。
俺は黒い翼を大きく展開させた。重力操作と風術、そして瞬間移動。近距離から遠距離までカバーできる万能型。
風が吹いた。
かえでが、先に動いた。
「行くよぉ!」
地面を蹴って、一気に距離を詰める。速い。鬼の俊敏性が、彼女の動きを加速させている。五メートルを一瞬で詰めて、金剛杵を振り上げる。赤い霊気が纏わりつき、炎のように揺らめいている。
俺は翼を広げて、上空に跳躍した。かえでの一撃が、俺がいた場所を叩く。ゴッという音とともに、アスファルトが砕け、周囲に亀裂が広がる。
「逃げんなよぉ!」
かえでが再び地面を蹴って、空中の俺を追いかける。赤い霊気の翼が広がり、彼女の身体を押し上げる。金剛杵を横に薙いで、俺を叩き落とそうとする。
俺は翼を使って、空中で軌道を変えた。かえでの一撃をかわして、彼女の背後に回り込む。そして——
「螺旋風洞!」
風術で局地的な竜巻洞を作り出す。かえでの周囲に風が集まり、彼女を吸い込もうとする。でも、かえでは金剛杵を地面に叩きつけて、身体を固定した。
「そんなんで止まるかぁ!」
護符が光り、赤い結界が展開される。風が結界に弾かれて、竜巻が崩れていく。金剛護法——金剛杵で結界を張る防御術。
かえでが地面を蹴って、再び俺に向かってくる。今度は真っ直ぐ。一直線。回避する暇を与えないつもりだ。
俺は意識を集中させて、瞬間移動を発動させた。かえでの背後に移動する。そして——
「零重唱!」
かえでの頭上に局所重力を叩きつけるように落とす。見えないハンマーが、彼女の身体を地面に叩きつける。かえでが膝をついて、地面に手をつく。
「っ……重っ……!」
でも、かえでは諦めない。護符が再び光り、金剛護法が重力を相殺する。彼女は歯を食いしばって、ゆっくりと立ち上がった。
「あたしは……負けない!」
前鬼の咆哮が、周囲の空気を震わせた。鬼の雄叫びが、俺の耳を打つ。一瞬、意識が揺らぐ。その隙に、かえでが距離を詰める。金剛杵を振り上げて、俺の腹部に叩き込もうとする。
俺は翼を湾曲させて、かえでの一撃を受け止めた。黒い翼が盾のように広がり、金剛杵を弾く。衝撃が全身に伝わり、翼が軋む。でも、耐えられる。
そして——
「絶断翼刃!」
翼を刃のように展開させて、かえでに向かって振り下ろす。重力を乗せた斬撃が、空気を切り裂く。かえでは反射的に金剛杵で受け止めたけど、衝撃で身体が後ろに吹き飛ばされた。五メートル、十メートル。彼女の身体が宙を舞い、廃車に叩きつけられる。
「かえでちゃん!」
子供たちが悲鳴を上げる。でも、かえでは立ち上がった。服は破れ、額には血が滲んでいるけど、目はまだ諦めていない。
「まだ……終わってないし……!」
かえでは金剛杵を握りしめて、再び地面を蹴った。でも、動きが鈍い。さっきまでの俊敏さがない。ダメージが蓄積している。
俺は意識を集中させた。法起坊の力——重力操作。かえでの中心に、見えない重力点を作る。内側に向かって圧縮する力。
「黒点圧壊!」
空気が歪み、周囲が静まり返る。かえでの身体が、強制的に丸まろうとする。見えない力が、彼女を締め上げる。
「っ……!」
かえでが必死に抵抗する。護符が光り、金剛護法が力を打ち消そうとする。でも、足りない。圧力が、じわじわと彼女を押し潰していく。
俺は、出力を抑えた。圧壊させるつもりはない。ただ、動きを止めるだけ。かえでの身体が地面に押し付けられ、金剛杵が手から離れて転がっていく。
沈黙が流れた。
かえでは地面に伏せたまま、動かない。息を切らしている。肩が上下していて、額の汗が地面に落ちる。
俺は重力を解除した。かえでがゆっくりと顔を上げる。目には、悔しさと、それから——何か別の感情。
「……あたしの、負け」
小さく呟いた。
子供たちが、静まり返っている。誰も声を出さない。ただ、かえでを見つめている。
俺は変身を解除して、かえでの隣にしゃがみ込んだ。黒縁メガネをかけた、普段の姿に戻る。
「かえで、強かったよ。本当に」
「……嘘つき。あたし、全然歯が立たなかった」
「それでも、最後まで諦めなかった。それが、一番強い」
かえでは俺を見た。ちょっとだけ頬を膨らませて言う。
「……小角、強すぎだよ」
「まあ、元おっさんだからね。人生経験が違う」
「ん?おっさん??」
かえでが目を丸くした。俺は苦笑しながら、説明した。
「俺、元は五十歳のおっさんだったのさ。世界改変で、こんな見た目になった」
「……マジで?」
「マジで。だから、かえでより人生経験は長い。そんだけ」
かえでは、しばらく呆然としていたけど、やがてクスッと笑った。
「なにそれ。おじさんが魔法少女やってんの?キモ……じゃなくて、面白すぎ」
「キモいって言いかけたよね?」
「しょうがないよね」
かえではまた笑った。今度は、本当に子供らしい笑顔。鬼の角が消えて、普通の女の子に戻っている。
子供たちが、ゆっくりと近づいてきた。アッコが一番先に駆け寄って、かえでに抱きついた。
「かえでちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっと負けただけ」
かえではアッコの頭を撫でてから、俺を見た。
「……小角。アンタのこと、認める。多摩連邦?そこと協力してもいい」
「ありがとう」
「でも、条件がある」
かえでは真剣な顔になった。
「この子たちも、一緒に連れてって。あたし一人じゃ、もう守りきれない。小角たちの力、貸してほしい」
俺は頷いた。
「もちろん。みんな、多摩に来てくれ。安全な場所を、用意する」
かえでは、ほっとしたように息を吐いた。そして——涙が、一粒だけ頬を伝った。
「……よかった。やっと、誰かに頼れる」
俺は、かえでの肩に手を置いた。
「一人で抱え込まなくていいよ。私たちがいる」
かえでは、小さく頷いた。
風が吹いて、廃高速道路に静寂が戻る。夕焼けが、俺たちを照らしている。今、ここに確かに、新しい繋がりが生まれた。
かえでが俺に手を差し出した。琥珀色の瞳が少しだけ潤んでいる。でも、もう泣いていない。
俺はその手をしっかり握った。
何卒、応援のほどお願いいたします。




