第1話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
2ヶ月前、地球が混沌に包まれた。
いや、正確には「包まれた」なんて生易しい表現じゃ足りない。世界はぶっ壊れた。完膚なきまでに。
きっかけは、ある日突然出現した黒い空間だった。まるで現実に穴が開いたみたいに。最初は誰もが「CGだろ?」「フェイクニュースだ」って笑ってた。でも、その裂け目から"アレ"が這い出てきた瞬間、笑い声は悲鳴に変わった。
魔獣、そう呼ばれるようになった化け物ども。
軽トラックほどの大きさに膨れ上がった野犬。衝撃波を撒き散らしながら跳躍する巨大な飛蝗。4階建てのビルと同じ背丈の、人型をした"何か"。動物や虫を基に巨大化、異形化した存在が、理性のかけらもなく破壊を撒き散らす。
幸い、一つのゲートから出現するのは基本的に単体、多くても2、3体まで。それでも、一般人には到底太刀打ちできない災厄だ。
今や、こんな裂け目、通称「ゲート」は、東京の区一つ分くらいのエリアで一週間に一度くらいの頻度で出現する。場所も規模もランダムだ。人類は完全に受け身に回された。
そんな狂った世界で、唯一の希望とされているのが、魔法少女だった。
華麗に、神秘的に、圧倒的な力で魔獣を薙ぎ払う存在。煌めく魔法の光が闇を切り裂き、絶望に瀕した人々を救い出す。メディアは彼女たちを英雄と讃え、子供たちは憧れの眼差しを向ける。
……まあ、俺はその"魔法少女"の一人なわけだけど。
同時に、この世界には「電脳」と呼ばれるシステムが組み込まれた。誰の視界にも、まるでゲームのUIみたいに半透明のインターフェイスが浮かび上がる。ゲートの出現予測時刻、位置、脅威レベル、詳細な地図表示。SNS機能、掲示板、LIVE配信まで完備。
特に独特なのが、魔獣出現時の自動配信機能だ。ゲートが開けば自動的にLIVE配信が始まり、魔法少女と魔獣の戦闘がリアルタイムで全世界に中継される。もちろん個人での配信も可能。戦う姿は嫌でも"観られる"。それがこの世界の魔法少女だった。
おかげで都市間の移動はほぼ不可能になった。かつて日本の大動脈だった新幹線も高速道路も、今や魔獣の巣窟だ。移動するには魔法少女に同行を頼み込むか、死亡率7割超えの無謀な賭けに出るしかない。
結果、都市は孤立した。
そして、強力な魔法少女を中心とした都市国家が形成され始めた。札幌、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡。主要都市はそれぞれの「主」、最強格の魔法少女を頂点に、新たな秩序を築きつつある。まるで戦国時代に逆戻りしたみたいに。
特に知られることもない情報だが、魔法少女になった確率は人口の20万分の1らしい。ジャンボ宝くじで100万円以上に当たるよりは確率高いけど、1000万円以上には届かない。そんな微妙なライン。
都市人口だけで計算すると、東京23区で50人、八王子・日野・立川を合わせても4、5人。札幌10人、横浜19人、名古屋で11人、京都市7人、大阪市14人、福岡市8人。田舎の合併市なんて、3つの市に1人いれば御の字だ。
日本全体で620人ほど。多いか少ないか、言うまでもなく、圧倒的に足りていない。参考までに、国会議員の総数は衆参合わせて713人だったらしい。つまり、この国を守る魔法少女の数は、かつての国会議員より少ないのだ。
当然、魔法少女のいない田舎集落は軒並み大都市部へ避難している。生き延びるための、仕方のない選択だ。魔法少女の神威、たんに彼女たちの気配にすぎないが、その結界がなければ、いずれ魔獣に蹂躙される。それが今の世界の、残酷な現実だった。
――で、俺。
立川市、築15年のワンルームマンションの一室。黒縁メガネをかけて、黒髪をツインテールに結んでいる。鏡に映るのは、どう見ても14歳くらいの少女だ。何かヤンママに育てられました感が滲み出てる、ちょっとイキった系の容姿。
この体に慣れるのに、2ヶ月じゃ到底足りない。
だって俺、元は50歳のオジサンだったんだから。
世界の改変は魔法少女を生み出したけど、少女だけを選んだわけじゃなかったんだろう。変な確率の偏りがないなら、魔法少女の半分は元おとこのはずだ…。
正直、悪い冗談としか思えない。
魔法少女にはなったけど、俺は進んで人助けをするつもりはない。善の魔法少女もいれば、自分の欲望のために力を使う悪堕ち魔法少女もいる。俺はその中間、進んで悪事は働かないけど、自己保身第一。そんな感じの魔法少女だ。
目立てば面倒が増えるだけ。静かに、ひっそりと、生き延びられればそれでいい。
ちなみに魔法少女とは言うけど、実際は日本神話や民間伝承の存在の、雪女、天狗、鬼、あるいは天照大神、素戔嗚尊、建御雷神といった神々の特性を宿している。外国神話の魔法少女が日本にいたりもする。
由来のある地域にそういった魔法少女が生まれるのかは、はっきりしない。関係ない土地に生まれるケースも多い。ただし、ユニークな存在、いわゆる逸話持ちの固有神格は、世界に一人だけ。それがこの世界のルールらしい。
そして俺の能力は、、
「……はぁ」
ため息をつきながら、視界の端に表示された電脳のインターフェイスを見る。
【緊急警報:ゲート出現予測 残り時間 00:47:23】
【位置:立川駅北口 脅威レベル:B】
【推奨:付近の魔法少女は至急対応されたし】
また来やがった。しかも近い。駅前とか、最悪じゃないか。
画面には既に、近隣の魔法少女たちがチャット欄で「誰か行ける人〜?」「無理」「バイト中」なんてやり取りをしている。
……知らねえよ。俺も行きたくねえんだよ。
何卒、応援のほどお願いいたします。




