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回収部隊

 L07の小さな手は震えていた。


 即席の武器を握る指に力が入る。

 コックピットの暗がりで、彼女の紫の瞳だけが鋭く光っていた。


「うごかないで……にがして」


 彼女の声は小さく、しかし確固としていた。

 だが、その内側では恐怖が渦巻いていた。


 レイ・アークライト。「光の剣」と呼ばれるパイロット。

 彼の蒼い瞳は、L07を見つめたまま動かない。


 レイの表情に、L07が予想していた恐怖や怒りの色はなかった。

 あるのは、冷静な分析と……何か別のもの。


「落ち着け」


 レイの声は穏やかだった。


「これから何をする? どこへ行くつもりだ?」


 L07は一瞬、言葉に詰まる。


 どこへ?

 彼女にはそれを考える余裕さえなかった。

 ただ逃げるだけ。ただそれだけ。


「てい……こく……」


 その言葉に、レイは小さく首を振った。


「いまさら帝国に逃げたところで殺されるだけではないのか?」


 彼の言葉は冷静だが、残酷なほどに的確だった。


「失敗した道具は処分される。それが帝国の流儀だろう?」


 L07の手が震える。


 レイは左手のコンソールにそっと触れ、コックピットの明かりを少し上げた。


 二人の姿がはっきりと見えるようになる。


 白と青の制服に身を包んだレイと、病院の衣服を着た銀髪の少女。


「わたし……かえらないと、ころされる」


 L07は懸命に言葉を紡ぐ。


「しごと、つづけないと……やくにたたないと……」


 レイは静かに彼女の言葉を聞いていた。


「帰らないと殺される。だが帰っても殺される……だろう?」


 その言葉にL07は目を伏せた。


「わたし……わたしは……」

「L07」


 雲を突き抜けるように飛ぶメカの中で、レイの問いかけが響く。


「敵を殺すのは任務だ。それは俺も同じだ」


 レイは左腕の義肢を見つめながら続けた。


「だが、俺たちは『何のために』戦っているのか知っている。お前は知っているのか?」


 L07は言葉を失った。


 何のために?

 そんなことを考えたこともなかった。


 命令があるから。壊すべき対象があるから。


 訓練で「考えるな、従え」と叩き込まれてきた彼女に、「なぜ」という問いかけは、あまりにも重すぎた。


「知らない……」


 素直な言葉が、彼女の口から漏れる。


 レイの表情が変わる。

 怒りではなく、何かを悟ったような表情だった。


「それでも、帝国に戻るというのか?」

「でも……いくところ、ない」


 L07の小さな声に、レイは深いため息をついた。


 急に警告音が鳴り響く。


『敵機、接近』


 レイはコンソールに目を向けた。


「無人偵察機だけではなかったようだ。実戦部隊も来ている」


 彼は一瞬、迷うような表情を見せた。

 そして、L07に向き直る。


「今、ここで決めろ。私を殺して機体を奪うか、それとも大人しくしているか」


 L07は武器を握る手に力を入れたが、その腕は震えていた。


 彼女の中で、今まで決して許されなかった「選択」という概念が生まれようとしていた。


 突然、強い衝撃がメカを揺らした。


「くっ、直撃か!」


 レイがコンソールを操作し、姿勢を立て直す。

 もはや彼はL07の脅しなど気にしていない様子だった。


 カメラには、黒い影のような敵機の姿が見える。

 ネオアストラ帝国の戦闘機だった。


「……なんで」


 L07の目が大きく開かれる。

 彼女はその機影を見て、不審に思った。


「なんで……ここに」


 戦闘部隊が来ている時点で、それはただの偵察任務ではないことをL07は理解していた。

 何かを探しに来ている。何か大切なものを……。


「……まさか、わたしを……?」


 次の瞬間、更なる衝撃がコックピットを揺らした。



『ダークスターのパイロットの生体反応を発見。回収する。指令通り、生死は問わない』


 レイのホープブリンガーが捉えた敵の通信が、コックピット内に流れた。


 L07の顔から血の気が引く。


「せいしは……」


 彼女の手から、即席の武器がカタンと床に落ちた。


 帝国からの命令は明確だった。

 彼女は「回収すべき物品」でしかない。

 生きて戻る必要すらないのだ。


「聞いたか?」


 レイの声が静かに響く。


「彼らにとって、お前は消耗品だ。道具が壊れたら、新しい道具を用意するだけ」


 苦い真実の前に、L07は何も言えなかった。


 彼女の目に、涙が浮かんだ。


「わたし、どこにも……いけない」


 絶望に満ちた彼女の言葉に、レイは素早く操縦桿を握った。


「まずは奴らを撃退する。他は、後で考えればいい」


 彼の声は冷静だが、どこか優しさが滲んでいた。


「席に座れ。安全ベルトを締めろ」


 L07は混乱し、何も考えられなくなっていた。

 機械的に、副操縦席へと移動する。


 レイは素早くホープブリンガーを操り、敵の攻撃をかわした。


「作戦本部、応答せよ。レイ・アークライトだ」


 通信機から、緊張した男性の声が返ってくる。


『レイ隊長、状況報告を』

「敵の本隊と交戦中。彼らの目的は……」


 レイは一瞬、L07を見た。


「……物資の奪取だ。基地への攻撃を阻止する」

『了解。増援を派遣します』

「無用だ。私が囮になる。敵を引き離す」


 通信が切れると、レイはL07に向き直った。


「お前がここにいることは、本部にはまだ隠しておく。それがお前のためだ」


 L07には、彼の考えが理解できなかった。


「どうして……わたしのため? わたしは……てき」

「敵?」


 レイは片眉を上げた。


「そうだな。だがお前が本当に敵なら、俺はとっくに殺されているだろう」


 彼の言葉に、L07は驚いた。

 自分は確かにレイを脅していた。なのに、彼はそれを恐れていなかったのだ。

 殺されない確証があったのか。それとも何か……。


「でも……」

「今は黙っていろ。集中する必要がある」


 レイはホープブリンガーを巧みに操り、敵の攻撃をかわしながら反撃していく。

 熟練のパイロットの動きに、L07は思わず見入ってしまった。


 訓練された彼女の目には、レイの動きの美しさが理解できた。

 無駄がない。精密で、かつしなやかな操作。


(すごい……)


 敵を一機、また一機と撃墜していくレイを見て、L07は彼の強さを理解した。


 しかし、敵の数は未だ多い。


「くっ、囲まれるか……!」


 レイの声には焦りが混じっていた。


 窓の外では、黒い戦闘機の群れがホープブリンガーを取り囲む形で迫ってきている。


 L07は直感的に状況を理解した。

 あと3分もすれば、彼らは完全に包囲を完成させる。

 そして、敵の目的は彼女自身だ。


 彼女は自分の足元を見つめた。

 床に落ちた即席の武器が、かすかに光っている。


「……てき、かわせる」


 L07の声に、レイは一瞬だけ彼女を見た。


「何?」

「てき、かわせる。わたし、おしえる」


 レイの青い瞳が驚きで見開かれる。


「……どういうことだ?」

「わたしは、てきがどううごくか、わかる」


 L07は小さく、しかし確実に頷いた。


「あなたを、たすける」


 彼女の紫の瞳に、決意の色が宿っていた。

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