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出撃命令

調整報告!

4,5話のレイさんが少し優しすぎたので厳しくなりました!

 L07は窓辺に立ち、外の世界を見つめていた。


 青い空。白い雲。遠くに見える緑の木々。


 宇宙にある施設では決して見ることのなかった光景が、目の前に広がっている。


「そら……きれい」


 小さく呟いた言葉が、静かな部屋に吸い込まれていく。


 左肩の痛みはまだあったが、昨日よりは和らいでいた。

 彼女は慎重に指先を動かしてみる。


「いた……いけど、うごく」


 部屋の中を歩き回り、状況を確認する。


 出入り口は一つ。監視カメラはない。

 窓からは外が見えるが、地上までの距離はかなりある。


 L07の頭の中では、ここから逃げる方法が計算されていた。

 それは生き延びるための本能だった。


 ドアが開く音。


 L07は反射的に身構え、振り返る。


 入ってきたのはレイだった。

 彼は昨日と同じ軍服を着ていたが、疲れた表情をしていた。


「……朝食だ」


 彼はテーブルにトレイを置く。

 昨日と同じくスープとパン。そこに小さなリンゴが追加されていた。


「……あり、がとう」


 その言葉に、レイの表情がわずかに和らいだように見えた。

 しかし、すぐに元の硬い表情に戻る。


 昨日の会話から、二人の間には奇妙な緊張が流れていた。


 敵と味方。捕虜と捕まえた側。

 そんな単純な関係では説明できない、複雑な空気。


 L07はテーブルに近づき、昨日と同じように椅子に座った。

 レイは窓際に立ち、彼女に背を向けている。


「……L07」

「なに?」

「昨日聞いた質問だが、答える気になったか? 訓練施設の場所、機体の分布、お前たちに何をしていたのか……」


 レイの質問は慎重だった。

 そんな言葉を向けられることすら、L07には奇妙だった。


 彼女の人生には「情報」と「秘密」があるだけだった。

 命令され、従う。それ以外の選択肢は存在しなかった。


「こたえられない……」


 答えないのは当然。自分は帝国の兵器なのだから、敵に情報を喋ってはいけない。


 そのはずなのに、どうして胸が痛むのだろう? 彼女にはわからなかった。


 L07はリンゴに手を伸ばす。

 赤い果実を手に取り、じっと見つめる。

 それは彼女にとって、初めて見る食べ物だった。


「……どうやって、たべる?」


 その質問に、レイは不思議そうに振り返った。


「リンゴを? そのまま噛めばいい。切ったほうがよかったか?」

「きる……かむ……」


 L07は恐る恐るリンゴに歯を立てた。

 かじった瞬間、甘酸っぱい汁が口の中に広がる。


「!?」


 彼女の紫の瞳が少し開いた。

 味の衝撃に言葉が出ない。


「……どうした、L07」

「た、たべもののなかに、みず……えきたい……!?」


 水分の多い食事は食べたことがなかったのか、L07はりんごに驚いていた。

 そのまま果汁をこぼさないためか、頬を膨らませて食べる。


「……落ち着いて食べろ。まったく」


 レイの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 しかし、すぐに消えてしまう。


「……話してくれないか? でなければ次はリンゴはなしだ」

「……!?」


 彼女の表情には、見たこともないような焦りが混じっていた。

 L07は黙ってリンゴを見つめる。


「……は……はなせない」

「いつになく迷ったな。なぜだ? 彼らは君を人間として扱っていないんだぞ」

「それでも……わたし、おしえられた……」


 言葉に詰まるが、それでも続ける。


「てき、になれない」


 レイの青い瞳に怒りが灯る。


 それを見たL07は身を縮めた。

 ただ、レイの感情が自分に向けられていないことを、彼女は直感的に理解していた。


 それでも、恐怖は消えない。彼の纏う空気に、施設での記憶が蘇る。


「ごめんなさい……」


 小さな声で謝る。

 いつも、帝国で言っていた「ただの言葉」だった。

 謝れば叩かれない可能性が、わずかに高まる。


「……俺が謝るべきだ。怖がらせるつもりはなかった」

(……また、だ)


 その優しさに、L07は戸惑う。

 なぜ彼が申し訳なさそうにするのだろう?


 帝国にはこんな人間はいなかった。

 誰もがL07を敵視するか、そもそも見てすらいなかった。

 こんなふうに、普通に話してくれた人など――。


 そのとき突然、けたたましい警報音が響き渡った。


「なっ……!」


 レイが素早く立ち上がる。

 館内放送が緊急のトーンで流れる。


『警戒レベル2発令。ネオアストラ帝国の無人偵察機が接近中。全パイロット、準備態勢に入れ』


 レイの表情が引き締まる。

 L07の身体も反射的に緊張した。


 ドアが勢いよく開き、若い将校が顔を出す。


「レイ隊長! 緊急出撃要請です。無人偵察機が三機、北東から接近中。新人たちの実戦訓練も兼ねて、あなたの指揮が必要です」


 レイは一瞬だけ迷ったように見えた。

 彼の視線がL07に向けられる。


「……すぐに行く」


 彼は大きく息を吸い、L07に向き直った。


「すぐに戻る。大人しくしていろ」


 そう言い残すと、レイは若い将校と共に部屋を出ていった。

 ドアが閉まる音がした。


 静寂が戻る。


 L07はゆっくりと立ち上がり、窓に近づいた。

 外では慌ただしく人々が走り回っている。

 遠くに格納庫の建物が見える。


 警報と混乱。

 レイの不在。


「……にげないと」


 L07は静かに呟いた。


 彼女の心の中では計算が始まっていた。


 警報でスタッフの注意が散漫になっている。

 レイは出撃した。

 今なら、脱出できるかもしれない。


 でも、どこへ?


「かえる……ばしょ」


 帰る場所。

 ネオアストラ帝国に戻れば、彼女を何が待っているのか。


 失敗したパイロット。捕まった道具。欠陥品。

 そんな彼女を、帝国が再び使うことはあるのか。

 それとも「処分」されるのか。


 L07は首を振る。

 考えても仕方ない。今はただ行動するだけ。


 彼女は部屋を見回し、使えるものを探した。

 シーツ。カーテン。

 これらを組み合わせれば、簡易的な縄を作れる。


「まどから、おりる」


 L07は迷いなく行動に移った。

 シーツとカーテンを結び合わせ、即席のロープを作る。

 

 左腕の怪我が痛んだが、それでも無理に動かした。

 窓を開け、縄を固定する。


 彼女は最後に部屋を見回した。

 リンゴの残りを手に取り、ポケットに入れる。

 

 「さよなら……」


 小さく呟くと、L07は窓から身を乗り出した。

 シーツの縄を伝って、彼女は壁を下りていく。

 痛む左腕に歯を食いしばりながら。



 地面に足が着いた瞬間、彼女は素早く周囲を確認した。

 警報のおかげで、外の監視は手薄になっていた。


 基地の外周に目を向けると、高い壁が周囲を取り囲んでいることに気づく。

 そして警備兵、センサー、監視カメラ。


「あのかべ……こえられない」


 生身では、この要塞から出ることは不可能だった。

 そこで彼女の目は、遠くの格納庫に向けられる。

 

「あそこなら……」


 L07は身を低くし、建物の影に沿って移動し始めた。

 格納庫を目指して——。



 レイは警報の意味を把握するや否や、急いで格納庫へと向かっていた。


「無人偵察機か……奴らの狙いは何だ?」


 心の片隅で、L07への不安が渦巻いていた。

 しかし今は任務が最優先だ。


 彼は左腕の義肢を無意識に握りしめながら足早に進む。


 彼の中の葛藤は収まっていなかった。

 あの少女は「悪夢」なのか、それとも被害者なのか。

 りんごを食べて喜ぶ彼女の顔が脳裏に浮かぶ。


「レイ隊長!」


 若い技術士が駆け寄ってくる。


「ホープブリンガーの準備が整いました。新人部隊も出動体制に入っています」

「了解した」


 レイは頭の中を切り替え、指揮官としての思考に戻った。


 格納庫に入ると、彼の機体「ホープブリンガー」が待機していた。

 白と青の流線型ボディは、強い信念を象徴するかのように輝いていた。


 レイは昇降機で操縦席まで上がり、ハッチを開ける。

 暗いコックピットに足を踏み入れると、大量のセンサーとカメラ映像が全面に映る。


「ホープブリンガー、出撃する!」


 出撃の号ととに、機体が前にスライドし、カタパルトで空中に射出される。

 スラスターを操作し、空中で制御――


 ――その瞬間、彼は凍りついた。


「うごかないで」

「!?」


 驚きに目を見開くレイの首に、何か尖ったものが突きつけられる。


「お前は――!」


 銀色の髪。紫の瞳。


 コックピットに潜入していたL07だった。


「どうやって抜け出した……! 何の真似だ、これは!」

「……だっしゅつ」


 L07の声は小さいが、揺るぎなかった。


 レイの青い瞳が、少女の決意を秘めた紫の瞳と交差する。

 操縦席という密閉空間で、二人の緊張が高まっていく。


「おねがい……わたしを、にがして」


 L07の言葉は、命令ではなく、どこか哀願のようにも聞こえた。

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