閉じない溝
食事を終えたL07は、少し落ち着いた様子でテーブルに座っていた。
トレイは空になり、彼女はそれを丁寧に元の位置に戻していた。
レイは窓際から彼女の方へと歩み寄る。彼の表情には決意が見えた。
「少し話をしたい」
L07は身構えることなく、彼を見上げる。
「……はなし?」
「ああ」
レイは彼女の向かいの椅子に座った。
「君のことを知りたい。それに……ネオアストラ帝国のことも」
L07の表情が変わった。わずかな変化だったが、目が硬くなり、唇が引き締まる。
「どこで訓練を受けた?」
「……こたえない」
L07の返答は予想外に明確だった。レイは頷く。
「わかった……では、ダークスターについて教えてくれないか? あの機体の弱点は? 何台生産されている?」
L07は無表情を保ったまま、小さく首を横に振った。
「しゃべれない。ちゅうせい」
「忠誠?」
レイは眉をひそめた。
「……彼らは君のような子供を戦わせているんだぞ。それでも忠誠を誓うのか?」
L07の紫の瞳に一瞬の迷いが浮かんだ。それでも彼女は黙ったままだった。
「他にパイロットは何人いる? 君みたいな……子供たちは何人いるんだ?」
その質問に、L07の瞳に痛みのようなものが宿る。しかし答えはなかった。
レイは深くため息をつく。
「……強制はしない。だが君が話せば、他の子供たちを救う手がかりになるかもしれないんだ」
L07は膝に置いた小さな手を見つめる。
彼女の心の中で、何かが葛藤しているようだ。
「じゅう……よにん」
かすかな声だった。レイの目が見開かれる。
「14人?」
L07は慌てたように口を閉ざした。
言ってはいけないことを口にしてしまったという恐怖が、彼女の顔に浮かぶ。
「心配するな。誰も君を罰することはない」
「……っ」
――L07の心拍が再び落ち着くまで、部屋は静かだった。
しばらくして、彼女はある程度平静な呼吸を取り戻し始める。
「落ち着いたか?」
「……うん……」
レイは安堵した表情で椅子に深く腰掛けた。
そんな彼の左手が強く握られていることに、L07は気づく。
不思議な腕だった。
その色は銀色であり、明らかに金属質だ。義手、または義腕だろう。
「あなたの……うで」
思わず彼女は質問した。レイの表情が変わる。
「何だ?」
「ひだり……うで。ちがう……こっちと。なんで?」
レイの顔から血の気が引いた。彼は左腕を体の後ろに隠すようにした。
「それは君には関係ない」
彼の声には明らかな怒りが含まれていた。
L07は身を縮め、反射的に彼から少し身を引く姿勢を取る。
レイはその反応に気づき、ため息を吐いた。眉間を手で押さえる。
「……すまない。怒っているわけじゃない。だが左腕のことは聞かないでくれ」
「……ごめんなさい」
その言葉を聞いて、レイは苦しそうな表情を浮かべた。ゆっくりと立ち上がる。
「休め。また後で来る」
そう言うと、レイは足早に部屋を出ていった。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
★
レイは廊下を早足で歩いていた。
左腕が疼く。義肢のはずなのに、痛みを感じる。
幻痛だと医者に言われたが、彼にはわかっていた。それは記憶の痛みだ。
「……クソッ」
彼は壁に寄りかかり、ゆっくりと息を吸った。
あの少女の紫の瞳が、彼の左腕を見抜いたように感じていたのだ。
義肢だという事実より、なぜそうなったかが問題だ。
あの黒い機体。ダークスター……「悪夢」。
2年前の戦いで失った15人の仲間たち。
左腕と引き換えに生き延びた自分。
「私はヤツに、復讐を誓ったはずだ……」
レイは無意識に左手を握りしめた。義肢が軋む音がした。
あの子は「悪夢」だ。
数え切れない仲間の命を奪った敵。
しかし同時に、彼女は被害者でもあった。神経接続のポート。全身の傷跡。明らかな虐待と実験の形跡……。
「……ヤツが、想像通りの悪党なら……どれだけ楽だったことか」
彼の脳裏に、スープを一口飲んで目を見開いた少女の表情が浮かぶ。
人間の尊厳を奪われた、何も知らない子供の姿。
しかし、それでも彼女は「悪夢」だった。
「レイ」
声が背後から聞こえた。
振り返ると、戦術責任者――同僚のアレックスが立っていた。
「どうした?」
「みんなが知りたがっている。あの……少女をどうするつもりだ?」
単刀直入な質問。レイは窓の外に広がる青い空を見つめた。
「正直、わからない」
「わからない? 彼女は『悪夢』だぞ」
アレックスの声は静かだが、重みがあった。
「多くの仲間が彼女の手にかかった」
「知っている」
「――カイルもだ」
その名前にレイの顔が強張った。
カイル・シモンズ。彼の親友であり、最も信頼していた副官。
1年前、「悪夢」との戦いで命を落とした戦士だ。
「覚えて……いるさ」
「だったら、なぜ彼女を保護する?」
レイは答えなかった。
彼の心の中で、復讐への渇望と保護への衝動が衝突していた。両立しない二つの感情が。
「彼女は危険な存在だ。情報を引き出したら、処分すべきだ」
処分。まるで彼女が「物」であるかのような言葉だった。
まさしく、L07自身が自分をそう認識しているように。
「それと……これは本部からの命令だ」
アレックスは一枚の書類を差し出した。
「『敵兵の身柄と情報の引き渡し』。24時間以内にね」
「…………」
「レイ、繰り返すが彼女は『悪夢』だ」
アレックスの声には、かすかな怒りが滲んでいた。
「君も復讐を誓っていた。そうだろ?」
その言葉が、レイの心に突き刺さった。
廊下に重い沈黙が流れる。
「……アレックス」
レイはゆっくりと顔を上げた。彼の青い瞳には迷いが浮かんでいた。
「まだ……私には決められない」
アレックスは深いため息をついた。
「24時間だ。それまでに決めてくれ」
彼はそう言い残すと、廊下の奥へと消えていった。
一人残されたレイは、自分の左手を見つめる。
光り輝く青い空の下で、その義肢だけがどこか影のように見えた。
二人は果たしてどうなってしまうんでしょう……。
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