英雄が見たもの
ロボ戦闘パートはあんまり真剣に読まなくていいです!
「全機、展開完了しました」
指揮所のモニターに、五層に配置された25機のGDの陣形が映し出される。レイは左腕の義肢を無意識に握りしめながら、冷静に命令を下した。
「第一波、前進。標準包囲戦術で接近」
「了解!」「ライトブリンガー、必ず仕留めましょう」「悪夢の時代は終わりだ!」
複数のパイロットから返事が返ってくる。
レイはモニターで周囲の状況を確認した。
「マリア、後方の警戒を頼む」
「わかったわ。でも、レイ……無理はしないで」
「……今日で決着をつける」
レイの声には感情が見えない。
ただ、その青い瞳の奥に燃える炎だけが、彼の本当の感情を物語っていた。
5機のGDが東京湾上空へと急接近する。
あと30秒で接触圏内。
白と青の流線型メカが朝日に照らされて輝いている。
「目標、射程圏内です!」
「全機、攻撃パターンB!」
「照準、確認!」
5機が一斉に展開し、黒い機体を取り囲む。
その瞬間だった。
「なっ……!? 消えた!?」
ダークスターが視界から消えた。
いや、あまりにも高速で動いたため、センサーで追えなかっただけだ。
「後ろ! 気をつけろ!」
警告が遅すぎた。
黒い影が最初の一機の背後に回り込み、エネルギーナイフを突き立てる。
システムがオフラインになる前、パイロットは絶叫した。
「こんな速度、あり得な……!」
通信が途切れた。
「ブレイブ1! 応答しろ!」
「くそっ、全機散開!」
残り4機が急いで陣形を崩すが、ダークスターの動きは予測不能だった。
次の瞬間、もう1機が左腕を切断され、制御不能に陥る。
「こ、こいつ……人間じゃない……!」
★
指揮所では、混乱が広がっていた。
「第一波、2機撃墜! 3機損傷! わずか40秒です!」
「こんなスピードで動けるメカがあるなんて……!」
「パイロットの反応速度が、明らかに人間の限界を超えています!」
しかし、レイの表情は変わらない。むしろ、確信に満ちていた。
「予想通りだ。敵は単独だからこそ、全力で戦える。タケシ」
「はい」
「ソウルトラップの準備は?」
「あと3分で完了します。ですが、レイ……!」
「第二波、第三波、同時展開。奴を5分間、拘束し続けろ」
マリアが心配そうに近づいてくる。
「レイ、それは危険すぎるわ。ソウルトラップは実験段階よ。味方のパイロットにも影響が……」
「他に選択肢はない!」
レイは振り返らずに答えた。
「あれは『悪夢』だ。我々の想定内の技術だけでは太刀打ちできない」
★
東京湾上空。
L07は8機との同時交戦を強いられていた。
ダークスターは驚異的な機動性で敵の攻撃をかわし続けるが、徐々に疲労の兆候が見え始めていた。
「いたい……」
神経接続の負荷が限界を超え、激しい頭痛が走っていた。
コックピット内には警告灯が点滅していた。
「うるさい……うごいて……!」
彼女は痛みを無視して機体を操り続ける。しかし、敵の数があまりにも多い。
「だめ、まわり、てき……よけきれない……!」
ダークスターの右腕に直撃弾が命中した。装甲が砕け、内部機構が露出する。
「第二波から報告! 右腕に命中!」
「効いた! あいつでも無敵じゃないぞ!」
しかし、L07は負傷した腕を無視して戦い続けた。
その動きは先程にも増して人間離れしていた。
「いたくない……。いたいけど、いたくない……!」
L07の紫の瞳に、一瞬、涙が宿った。
それはすぐに消え、再び無感情な戦闘マシンへと戻る。
「しごと、つづける……」
★
「ソウルトラップ、準備完了!」
声が指揮所に響く。レイは深く息を吸った。
「全機、マインドシールドを展開。カウントダウン、10、9、8……」
各パイロットが精神波干渉からの保護プロトコルを起動する。
「……3、2、1、起動!」
東京湾上空に、目に見えない波動が広がった。
それは人間の精神に直接干渉する禁断の技術。ソウルトラップ。
L07の世界が一瞬で変わる。
「あ……あたま……が」
激しい頭痛と共に、断片的な記憶が彼女の意識を襲った。
同じ部屋で過ごした子供たちが、次々と連れ去られる光景――。
「やめて!」
L07は叫んだ。
彼女の声は、これまで聞いたことのない感情に満ちていた。
ダークスターの動きが不規則になり、防御システムが崩壊し始める。
「私が前に出る。サポートを頼む!」
レイのGD「ホープブリンガー」が編隊から飛び出し、混乱するダークスターに突進する。
「終わりだ、悪夢!」
レイは左腕の義肢を握りしめながら、「ライトクレイモア」を起動した。
それは太陽のように輝く光の剣。
レイの憎しみと正義感が具現化したような武器。
しかし、L07の意識は完全には途切れていなかった。
ソウルトラップの効果が一瞬弱まった隙に、彼女は本能的に反撃に転じる。
「まだ……!」
ダークスターの目が赤く輝き、突如として正確な動きを取り戻した。
黒い残影が複数に分かれたように見える超高速移動で、レイのホープブリンガーに肉薄する。
「なっ……!」
レイの反応が遅れかける。ダークスターの一撃が、彼の機体の左腕を強打した。
「レイ!」
「大丈夫だ」
レイは冷静に応じながら、必死に機体を制御する。
「これが……『悪夢』の真の力か」
ダークスターが回転しながら背後に回り込み、銃口を向ける。
「わたしは、しごとを、する……!」
レイの青い瞳が輝き、反応速度が一瞬だけ超人的なレベルに達する。
その一瞬が、勝負を分けた。
「ここまでだ!」
ホープブリンガーが不可能な角度で回転し、ダークスターの攻撃をわずかにかわす。
二機の巨大メカが空中で交差する。
その隙に、レイのライトクレイモアがダークスターの胸部を貫いた。
強化されたコンポジット装甲を、まるで紙のように突き破る。
「エネルギーコア、直撃!」 「システム全損!」 「やった!」
通信回線に歓声が上がる。しかしレイの表情は暗かった。勝利の充実感がない。
「目標、無力化確認」
ダークスターから光が消え、東京湾へと落下していく。
黒い影が水面に激突し、大きな水柱が上がった。
「全機、警戒態勢を維持しろ」
レイは冷静に命じた。
「……私が確認に行く」
★
――湾内に浮かぶダークスターの残骸。
水面から突き出た黒い装甲の隙間から、白い湯気が立ち上っていた。
システム全損のメッセージが、コックピット内の暗闇で赤く明滅している。
「……わたし……いきてる……?」
L07の意識は朦朧としていた。
頭からは血が流れ、背中のポートからも赤い液体が滲み出ている。
機体の破損部から浸水が始まり、冷たい海水が足元まで達していた。
彼女は動こうとしたが、左腕が反応しない。
見ると、機体の破片が肩に深く刺さっていた。
「いた……い……」
そう呟いた瞬間、過去のトレーニングが脳裏に蘇る。
少女は咄嗟に唇を噛んだ。
「だめ……いたくない……! わたし、やくにたつ……から……!」
しかし、もう誰も聞いていない。
コックピット内の通信機は破壊され、帝国との連絡は途絶えている。
彼女は初めて、完全な孤独を経験していた。
パイロットポッドの壁に、機体からの切断警告が表示される。
緊急脱出機能さえ、彼女のような使い捨て戦力には与えられていなかった。
「しぬ……の……? わたし……」
L07は死を理解していた。
改造された子供たちは幼い頃から死と隣り合わせだった。
同期生の多くが「欠陥品」として処分され、彼女の目の前で息絶えていった。
でも自分の死は、どこか遠い話のように思えていた。
「わたし……なんのため……?」
突如として、彼女の目から涙が溢れた。
感情抑制訓練で何度も電気ショックを受けてきたのに、今、堰を切ったように涙が止まらない。
頭の中で、断片的な記憶が走馬灯のように流れる。
実験台に拘束された日々。
機体との同期率を高めるための刺青を入れられる激痛。
一緒に訓練を受けた子供たちの消えていく姿……。
そして、かすかに残る「その前」の記憶。
「あおい……そら……」
誰かに抱きかかえられて空を見上げていた記憶。
青い空と、優しい声。
「エリア」という名前を呼ぶ人。
彼女は震える手を伸ばした。
コックピットの天井に向かって。
……まるで、そこに誰かがいるかのように。
「たすけて……だれか……」
声にならない声。
13年の人生で初めての、純粋な助けを求める気持ち。
その瞬間、コックピットの天井に変化が起きた。
金属が軋む音とともに、外部からの衝撃で歪み始める。
誰かが外から開けようとしていた。
「て、き……?」
L07は恐怖に震えた。
自分を捕まえに来たのだろうか。
それとも、止めを刺しに来たのか。
やがて天井が完全に開かれ、朝の光が暗いコックピットを照らした。
まぶしさに目を細める彼女の視界に、一人の男性のシルエットが映る。
「……おい……まさか……」
レイ・アークライトの声だった。驚きと困惑に満ちている。
L07の視界がようやく明るさに慣れる。
彼女の目の前に立っていたのは、地球連盟の英雄。
「光の剣」と恐れていた敵将だった。
レイは言葉を失っていた。
目の前にいたのは、想像していた「悪夢」の姿とはかけ離れていた。
小さな少女。
全身に神経接続用のポートを埋め込まれ、血に濡れた銀髪と、恐怖に満ちた紫の瞳。
「お前が……『悪夢』なのか? まさか、嘘だ……!」
レイの声に、L07は反射的に身を縮めた。
その姿を見て、レイの表情が複雑に変わった。
彼が動く前に、仲間が近付いてくる。
「レイ隊長! 状況は?」
「『悪夢』は確保できましたか?」
「彼女に――応急処置を!」
レイは突然、強い調子で命じた。
その言葉に部下たちは驚く。
「応急処置? ……『彼女』?」
「急げ! 一刻を争うぞ!」
レイの声は低く、しかし揺るぎない意志に満ちていた。
彼自身、なぜそんな言葉を口にしたのか理解できていなかった。
まだ混乱が収まらないうちに、レイは決断した。
彼は跪いてL07の前に身を屈め、静かに告げた。
「大丈夫だ。今助けてやる」
L07は信じられない表情でレイを見つめた。
「……どう……して……?」
「連れて行く。……瓦礫は、後で抜いてやる。我慢していろ」
レイはそう言うと、慎重にL07を抱き上げた。
小さな体はあまりにも軽く、震えていた。
「レ、レイ隊長、何をされるおつもりで?」
「……彼女は、私の責任で保護する!」
レイの声に迷いはなかった。
「何か問題があるなら、直接、総司令官に報告してくれ」
周囲に広がる混乱と反対の視線。
しかし、レイの決断は揺るがなかった。
彼の腕の中で、L07はゆっくりと意識を失っていく。
最後に見た光景は、敵のはずの男性の、複雑そうな表情だった。
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