呪いと日常
『神獣』がなぜフェリのことを育てていたのか。これは未だに専門家の間で研究が続けられている。
なぜ自らの身を危険に晒してまで(ジニー・コンテストが規格外すぎただけで、別に危険を犯してはいなかった説もあるが)、人間の少女のために食事を用意していたのか。
そのうえ『神具』を使える事実。フェリは本当に、娘として育てられたのか?それとも何か、思惑があって神獣に拾われたのか?
もっと言えば、本当に彼女は捨てられたのだろうか。『神獣』が拾ったのではなく、預けられたのだとしたら?
(どうであれ、あの殺意は異常だ)
フェリが『星屑の雨』に加入してからまだまだ短いが、リーダーとして、一人の友人として接して分かったことがある。
彼女は聡く、まっすぐな心を持った優しい子だ。
そしてジニーのことを、憎からず思っている。話を聞く限り、母親の仇として見ている節はまったくないと言っていいだろう。
端的に言えば、フェリもジニーのことを好いている。それは恋愛感情ではないのだろうが、ジニーの居場所を自分の帰る場所と認識しており、それに心地よさを感じているようだ。
果たしてそんな相手に、あれほど純粋で深い殺意を抱き続けることなどできるだろうか?
普通は無理だ。仮にも最初は本物だとしても、あそこまで絆されてしまえば、普通はその気も失せてくる。
親愛と増悪。相反する二つの感情を、彼女はその小さな体躯に抱えている。
そんなことが、現実的にあり得るか?
普通に考えれば、それは否だ。
(外部からの干渉……いや、『呪い』か?)
実際にその目で見たことはないが、そういった類の術が存在しているのは知っている。
潜在的な意識を、本能を縛り上げるような魔法は存在しない。だけど魔法でなければ?理外の外にあるという呪いであれば?
私は魔法には詳しいが、呪いには詳しくない。だけどジニーならどうだろうか?昔は各地を旅していたと言うし、もしかしたら知っていることがあるかもしれない。
思い立ったら即行動だ。
パッと着替えて即出発ーーーーとはいかないか。流石に、ジニーに会うのに野暮ったい服を着ていくのは、なんかあれだ。
た、たまにはちゃんと化粧を?いや、私はフェリのことを、パーティーメンバーのことを相談しにいくだけだ。
だから別にどんな格好でも、いや、だけど女を捨てる覚悟は流石に……。
ーーーー
「あ?そんなの決まってるだろ。『呪い』か『奇跡』か、まあ大きな括りで言えば『魔法』だろ」
「……は?」
「いや、お前が聞いてきたんだろ。フェリの潜在意識を縛ってるやつ。聞かれたから答えてやったんだろうが」
「い、いや。気づいていたのか?フェリの殺意は、外部からの干渉を受けていることに?」
目の前の男は、ルリカという件の少女の両親が経営する酒場で、昼から酒を飲んでいた。こっちはそれなりに、その、準備をしてきてやったというのに、この男は……!
というか隣にはフェリもいる。500メートルの制約は健在だ。というか子供の前で昼から酒を浴びるな。このろくでなしが。
ともかく、そんなことはいいのだ。本当は良くないが、それよりも今はフェリの話だ。
「い、いつから気づいていたんだ?」
「あ?俺だって最近だよ。まぁなんとなくそうなんじゃね?ぐらいに思ってただけだ。それで聞いてみたら普通に肯定するもんだから、多分そうなんだろ」
「うん。私から口に出すのは無理なんだけど、聞かれたら普通に返事できたから、たぶんそういうものなんだと思う。不思議だよね」
あっけらかんと言う主人と奴隷。
「そもそもこいつ、俺のこと嫌いじゃないって言うから、おかしいとは普通思うだろ。人間は普通、嫌いじゃない人間をさ、本気で殺そうとするのは無理だからな。無関係で全く知らない人間、でギリだ」
「最近は甘え上手だもんね、私」
「あれ、ほんとにやめてくれ。普通に怖いんだが」
あ、甘え上手?あれ?なんだ、一体普段どんな暮らしを……???いや、違う。いかんいかん。
「私今、結構重い話しているんだが?」
「ああ、重いね。だからこうして酒で中和してる」
「私が来る前から飲んでいたくせに何を」
フェリが何者からか干渉を受けていて、それによって命を危険にさらされているのに、なぜこんなに気楽でいられるのだ???
「あーもう分かったよ。説明してやるから、落ち着けって」
そう言ってジニーは、少し真面目な顔をして語り出した。
「一つ質問だ。魔法ってなんだ?」
魔法?それは簡単だ。
「体内にある魔力を、望む形に変える術のことだろう。火に、水に、雷にだ」
「そうだな。続けるぞ?じゃあそれって、どうやるんだ?」
どうやる?そんなもの一番詳しいくせに何を言ってるんだ。
「そんなもの、空想を現実に写すだけだろう」
火が欲しい。水が欲しい。そう言った願いを、現実に反映させるのが魔法だ。
「10点だな」
「……何点満点だ?」
「100点に決まってんだろ」
「なっ……これは言ってしまえば常識だぞ!?これが間違えだとすれば、王国、いや、人類そのものが魔法を勘違いしてることになるぞ!」
私の言葉に、呆れた表情を見せるジニー。
「そう言ってんだよ。よく考えてみろよ。なんだよ、願いを現実にするって。意味がわからん」
「そんなこと言っても、私たちは現実に魔法を使えるではないか」
困惑してるところを、今まで口を閉ざしてたフェリが言った。
「要するに、何も分かってないんでしょ?」
「フェリ、正解」
「は?何も、分かっていない……?」
どういうことだ?私たちが当たり前に使う技が、何も分かっていないものだといっているのか?
「お前ら、初めて魔法を使った時、どうやって教わった?」
私は父親に、フェリは神獣に魔法を教わっている。使う魔法は同じようなものだ。そこに違いがあるのか?
「こうしたら、こうなるって教わった」
「雑だな。だけどまぁ、やっぱ神獣でもそうなるか。レイサは?」
「わ、私はそこまで雑ではないが、魔力を集中させて、顕現させたい事象を想像して、発動とか、そんな感じだ」
流れとしては、「こうしたら、こうなる」だからフェリと大差はないだろう。
「ほらな、何も分かってない」
「……頼むから、私にもわかるように説明してくれ」
「簡単な話さ。質問を変えるぞ?「こうしたら、こうなる」は、どうして「こうしたら、こうなる」んだ?」
「?????」
質問の意図もわからず、頭が混乱してくる。
「はえー、そういうことなの?」
「お、分かったか。賢いな」
「うん、私は賢い」
ジニーに頭撫でられ、目を細めるフェリ。なんか距離が近くなってる気がする。あ、違うかも。ジニーは結構適当だ。全然意識がフェリに向いてない。
「どういうことなの?フェリ」
「『こうなったから、こうしてる』って話だと思うよ」
「80点だ」
「わーい」
(こうなったから、こうしてる?それって)
「なんかできちゃったことを、ずーっと引き継いできただけ?」
「そういうこと。わかるか?きっと昔の人とかが、なんか火が欲しくて悩んでたら、目の前に火が出てきたんだろ。それが生きるために必要な技術として、こうして現代まで受け継がれてきたわけだ」
生きるために必要な火。外敵から身を守るために必要な力。
「全部、偶然の産物なの?」
「どうだろうな。それこそわかっていないことだろ。もしかしたら昔の人にとっては、原理も理解できていて、今みたいに得体の知れないものではなかったかもな」
伝承が途絶えている可能性。確かにそれもゼロではない。分かっているのは、少なくとも現在それは見つかっていないということ。
「よく分かっていないけど、便利だし使おう!ってなったのが『魔法』だ。幸いにも、これは扱いが簡単だったから、今でもこうして才能の差はあれど誰でも使えるものとして、現代に伝わった」
確かに魔法は、才能の差さえあれど誰でも使うことができる。だけれど、ジニーの言う通り教科書があるわけでも、マニュアルがあるわけでもない。
「魔法なんてそんなもんだ。んで、話を戻すぞ?呪いっていうのは、それの究極版的なやつだな。奇跡と呼ばれるものもこれに類するな」
もちろん地域によって呼び方に社説はあるが。そう付け加えてジニーは続ける。
ちなみに奇跡とは、神の恵とも言われている、限られた人にしか使えない技だ。魔法では得られぬ効果があり、使えるだけで神官候補となれるほどの才覚だ。
「大きく言えば、魔法も呪いも奇跡も同じなんだが、どうしてわざわざ違う言い方をしているかだが」
「そこが私も気になるな。そもそも、呪いとはなんなんだ?」
物としては珍しくはない。呪いによって人死にが出るのは意外とよく耳にするのだ。
「じゃあ逆質問だ。呪いとはなんだ?」
「だ、だから、それこそ分かっていないんじゃないか?」
魔法ですら理解がまだまだ追いついていないのでは、呪いなどさらに謎が深まってるのではないか?
「まぁ、及第点だな」
「と言うと?」
「呪いの方が、単純な物だと俺は思ってるってことだよ」
「呪いの方が、単純?」
どういうことだ?
「大前提だけど、全部推測だぞ?しかも別に知ったからと言ってなんの得にもならん。理解できるのは、魔法と呪いと奇跡がどうして違う言い方をしているかだけだ」
少々めんどくさそうにジニーは続ける。
「魔法とは目的を叶えるための手段を用意する術で、呪いや奇跡っていうのは目的を叶えるための手段そのものだ」
「……すまん。私には難しい。わかるように言ってくれ」
「わたしもわからないよー」
自分で言うのもあれだが、フェリ風に言うなら私は賢い方だ。少なくとも世間一般では。だけどさっぱりジニーの話についていけない。これが彼と私の間にある差だと思うと、げんなりしてしまう。
「じゃあ聞くぞ?お前は今、喉が渇いていることにしよう。さ、潤してくれ」
「喉が?ま、まぁ、できるが」
私は水の魔法を発動して、それを口に運ぶ。旅ではかなり重宝される魔法で、私もなんとか習得した難しめの魔法だ。
「おい、俺は魔法を使えとは言ってないぞ。喉を潤せって言ったんだ」
「は、はぁ?だから、言われた通りに潤したじゃないか」
ジニーの言われるがままに喉を潤したのに、なぜ文句を言われなきゃいけないのだ。
「え、うそ。そんなことできるの?」
「俺にはできん。だけどまぁ、できる奴はいるんじゃないか?」
「ちょっと待て!また二人だけ分かった感じで話すのはやめろ!流石に凹むぞ」
「そんなこと言われてもな」
「ね。そんなこと言われても」
仕方ないとばかりに、フェリがドヤ顔で続ける。
「魔法でできるのは、水を用意して、結果的に喉を潤すってことだよ。逆に呪いや奇跡では、発動すれば喉が潤うってことー」
「ん、100点だ。賢いな」
は?そんなのズルでは?
「私も褒められたい」
「何言ってるの、レイサさん」
「っは!?ち、違うぞ。ズルいなんて思ってないからな」
「……話を戻すぞ。魔法っていうのは、あくまで過程なんだよ。目的を成すために、それに必要な手段を用意する事だ」
確かに、言ってることは理解できる。
火の魔法を使うということは、別に火そのものが必要なわけじゃない。火という現象から得られる熱や力が必要なだけだ。
だけど呪いや奇跡は、その過程を吹っ飛ばして、結果を得ることができる。
魔法で暖を取るには、火を出すのが有効だろう。だけど奇跡や呪いを使うなら、使うだけで「暖を取る」という結果が得られる。体温が上がるのか、周りの気温が上がるのかはわからないが。
「そ、それは理解できたが、だとしたらどうなるんだ?フェリの呪いはどういうものなんだ?」
「だからわかんないって言ってるだろ」
「え?わからない?」
そこまで詳しく話しといて、分からないのか?
「最初から言ってるだろ。「こうなったから、こうしてる」って。奇跡も呪いも魔法も、そんな得体のしれない物なんだよ。それに加えて実の親もわからないこいつにかかってる呪いを、どうしろと?いつ、誰に、どうやってかけられたかもわからない呪いを?」
「い、いや、それはそうかもしれないが」
「無理なもんは無理!どうせ俺はこの国から出られないんだから、三年間のんびり暮らすしかないの!わかった?」
「そ、そうは言っても……」
呪いを解こうとしてもいいのでは?
「手がかりなし!正直時間の無駄だな。どうせあと三年間だし」
「さ、三年間ってお前、やっぱり……」
「当たり前だろ。3年たったらどうせお前らとはおさらばだ。3年耐えるぐらいどうってことないさ」
「だ、そうです〜。頑張れ〜」
軽く言うジニーに、軽く流すフェリ。
ジニーはともかく、フェリはそれでいいのか?
視線を外して酒呑を再開するジニー。その背中に、私は何も声をかけることはできなかった。