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奴隷少女の華麗なる幕開け

 『殺せ、あの男を殺せ』


 その声の正体に、私はすでに気づいていた。


 深い深い憎しみの怨嗟。ジニーを殺せという願いは、いつの間にか私の使命として心に根付いた。


 本当はずっと気づいてる。ジニーを殺したって、私は嬉しくなんかないことぐらい。それどころかきっと泣く。悲しむ。自分の行いを後悔する。


 だけど抗えない。この衝動を抑えることなんかできない。きっとこれは、私に植え付けられた本能だから。


 これは呪いだ。きっと私はいつか、誰かに裁かれる定めにあるのだろう。


 打ち明けようとしても、それは叶わなかった。きっとこれは、そういうものなのだろう。そこまで含めて、そういう呪いなのだろう。


 私は牙を剥く。たった一人の、私の唯一に向けて。


 それを受け止められるのは、この世にきっと彼しかいないのだから。



ーーーー


 神々しい光を纏った『神具』が、頭上より力強く振り下ろされる。俺はそれを間一髪で避けることに成功した。


 しかしその攻撃によって巻き起こされた衝撃は別だ。地面に叩きつけられた大槌によって、石の破片が衝撃波とともに俺に襲いかかる。


 あっけなく吹き飛ばされた俺は、受け身を取ることもできず、綺麗に刈りそろえられた草垣にみっともなく頭から突っ込んだ。


 (やばい。フェリのやつ本気だ。神具はやべえって!)


 『神具』。それはごく一部の、神に選ばれた者のみ扱えるとされる武具だ。


 世界から取り出すことのできるその武器は、当然他の一般的な武器とは比べ物にならない性能を誇る。


 彼女を選んだのは、当然神獣ということになるだろう。それこそが彼女が、神獣派より崇められている最大の理由である。

 

 なんて難しい話はいい。ここで大事なのは、『神具』はめちゃくちゃに強い武器ということだ。


 「はああああああああ!!!!!」

 「〜〜〜っ!!おま、マジで手加減なしかよ!」


 「当たり前!ジニーはここで死ぬんだから!!」


 休む間もなく俺を襲ったのは衝撃波だ。大槌をただ振るうだけで、空間が打ち出され、直撃すれば致命傷になりうる脅威が量産され襲いかかってくる。


 「だーもう!なんで急にこうなった!?暗殺計画はどうなったんだよ!」

 「よく知らないけど、今ジニーって国のお尋ね者なんでしょ!レイサさんが言ってたよ!だったら私が殺したってバレても、私は怒られない!むしろ褒められる!」


 よりにもよってあいつの差金かよ!!


 「くそっ!なんでそんな時に限ってお前は賢いんだよ!」

 「私は!いつだって!賢い!」

 

 大槌を世界にしまって、直接接近してくるフェリ。その両手は魔力で強化されており、下手な刃物よりよほど驚異的だ。


 武器なし、防具なし。一発当たれば致命傷。


 絶望的な状況ではあるが、俺だってそう簡単にやられてやるわけにはいかない。


 「っー!?うそっ!なんで!?」

 「さあ?なんでだろう、なっ!」


 襲い掛かる凶刃を、魔力で強化されていない両腕で受け止める。普通であればそのまま両腕が折れてもおかしくないその蛮行は、しかしてその場面では最善の行動であったと結果が物語っている。


 驚きを隠せないフェリ。当然種明かしはしない。


 「さすがだね。じゃあ、これならどう!?」


 一度俺から距離を取り、再び大槌を顕現させたフェリは、ギアが上がってきたのか先ほどよりも数段速い速度で急接近してきた。


 地面を抉る勢いで、足元から振り上げられる『神具』。その破壊力は想像するだけで恐ろしい。


 だけど、恐ろしいだけだ。


 「いや、おかしいでしょ!?どんなズル!?」


 俺を吹き飛ばそうと振り抜かれた『神具』は、その勢いを俺の片足によって止められてしまう。本気で力を込めているのだろう。信じられないものを見たような驚きの形相で、フェリは文句を言ってくる。


 想像できる範疇の脅威では、俺を倒すのは不可能だ。こっちだって幼い頃から冒険者として活動して、いくつもの死線を潜り抜けている。


 まぁもちろんタネも仕掛けもあるのだが。


 「この程度で、俺を殺せるかよっ!」


 驚きとは、明確な隙だ。俺はその綻びを見逃さず、フェリに反撃を試みる。


 だけど、試みただけ。試みて、やめた。

 

 別に俺は、こいつと殺し合いがしたいわけじゃない。というかそもそも喧嘩だって争いだってしたくない。


 振り上げた拳を下ろす。それを見たフェリは、どこか柔らかい笑みを浮かべて、言った。

 

 「ねぇ、どうしてこの国から出て行こうとしたの?」


 不意に問いかけられた質問に、一瞬思考が鈍る。

 

 どうしても何も、理由なんかたくさんあるぞ。


 「そりゃこの国が嫌いだからな。俺への感謝が足りん。言っちゃ悪いが、俺がいないとこの国潰れてたかもしれないタイミングたくさんあるぞ?」


 それなのにこの国は俺を、一度でも都合のいい道具として見た。理由としてはそれだけでも十分だ。


 「あろうことが俺を、罪人扱いまでしたわけだ。お前がどこまで聞いてるか知らんが、もうこの国を見限るのには十分なんだよ」


 それに俺はもう、民衆からも嫌われてしまっている。味方はゼロだ。


 「やっぱり、ジニーは優しいね」

 「……は?」


 急に俺を褒め出したフェリ。人の話聞いてるのか?脈略が無さすぎて普通に怖い。


 「私のことは、見限らないんだ」

 「っーーーー」


 ドキリと、胸の内を見透かされたように、フェリの言葉に刺された。


 「どうせこの後、レイサさんとかには会うつもりだったでしょ。私のこと、任せるために」

 「……そんなことねぇよ。黙って出て行くつもりだったさ」


 腹が立つ。子供みたいな言い訳しか出てこない自分に。


 「国一番の嫌われ者にされて、毎日命を狙われて、それでも私を見限らない理由は何?」

 

 そんなの、決まってる。


 「こうなるのが分かってて、今日私を連れてかなかったんでしょ?分かりやすすぎるよ。ジニーは嘘が下手すぎる」


 母親を殺して、その罪滅ぼし?


 違う。


 国から奴隷として押し付けられて仕方なく?


 違う。


 「別に言わなくていいよ。聞きたくて聞いてるわけじゃないから」


 一回り年下の少女に、優しく諭される。みじめだ。そんな彼女の甘さに、助けられてしまう自分が情けない。


 「私の新しい居場所ができた途端、いい機会とばかりに国を出て行こうとするんだもん。でもさ、甘いよジニーは。私がそんな簡単に、逃すわけないじゃん」

 「……は?」


 「言ったよね?欲張りに生きるって」


 そう言って彼女は、首に巻いているスカーフを外した。奴隷紋を隠すために、かなり前に買い与えたものだ。


 「赤い、紋章?」

 「うん。さっきレイサさん達と国の偉い人たちに会ってきてね。縛りの内容を強くしてもらったの」


 「は?自分から?」

 「うん、私から」


 奴隷紋は、奴隷の種類によってその効力が異なる。当然、位の低い奴隷ほどその縛りは強くなる。


 赤は、その中でも最高クラスだ。


 「500m」

 「は?」


 「500m、ジニーから離れたら私は死ぬから」

 「は、はああああああああ!?」


 赤い紋章の奴隷紋。それは唯一、奴隷の命を奪うことのできる契約。縛りの内容は多岐に渡るが、主な目的は奴隷の自由な行動を縛るものだ。


 「嘘だよな?」

 「ううん。ほんと。やったね。ずっと一緒だよ」


 そう言って、満面な笑みで晴れやかな表情を見せるフェリ。全然可愛くない。言ってることが狂気じみすぎている。


 「もう諦めろ、ジニー」

 「……レイサか。お前、謀ったな?これだとあれか、アルマもグルか」


 「そういうことだ。いや、王城の悲惨な状況はリアルだがな」


 俺を挟むように現れたのは、フェリと共謀していた二人。したり顔が鼻につく。ぶっ飛ばしたい。


 「お前が国を出ていく気がすると、フェリが言うものだからな。タイミング自体は探していたんだ。流石に今回の件はイレギュラーだったが、まぁいい機会だった」

 「お前ら……フェリのこと人質にして、俺を国に縛りつける気かよ」


 信じられない。大人のしていいことじゃないぞ!


 「考案者と実行犯がこの子だ」

 「うん。私がやりました」


 「お前な、俺に見限られたらどうすんだよ」


 「そんなことしないじゃん」

 「そんなことしないけどさぁ……」


 え、てかこれ、もしかして詰んでる?


 「詰んでるぞ」

 「詰んでるな」

 「詰んでるよー」


 あっ、はい。


 「でも俺、逃げないと国に殺されるんじゃね?」


 普通に謁見の間でしていい発言ではなかったはずだ。指名手配されて、地獄の果てまで追われたっておかしくない。


 「安心しろ。国王様も味方だからな」

 「は?」


 「種明かしをすると、国王様はグルで、宰相はガチだ。愚かな話だ。みな、ジニーの栄光はすでに消え果てたものと勘違いしている」


 アルマは続ける。


 「お前はいわゆる、触れちゃいけない危ない奴になった」 

 「おいなんだそれ」


 「言葉の意味そのままさ。粗相したら国が滅ぶかもしれないやばい奴だ」

 「悪口だろそれ」


 「ともかく、今後国からの干渉は最低限だろう」

 

 最低限、ね。ゼロと断言しないところを鑑みるに、まだバカはたくさんいるってことだろうな。


 「というわけで、帰ろ?」

 「……どこにだよ」


 この国にもう、俺の居場所はないのだが。


 「野暮なこと言わないのー。ほら、行くよ」


 その身に宿る殺意は健在。だけどその温もりも本物で。


 アルマに背中を押されて、レイサに呆れた表情をされて、俺はようやく歩き出す。


 足取りは重く、歩幅も狭い。新たな門出には相応しくない見窄らしい格好。


 それでも彼女は笑顔で、なんか全てがどうでも良く思えてしまったから、俺も末期だなんて、そう思った。

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