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奴隷少女の華麗なる一日

 私にとって、お母さんとの別れは唐突なものではなかった。


 『私はもう、長くない』

  

 お母さんのいのちには、寿命が近づいていた。私には想像できないほどに永い永い悠久の時を経て、その長きにわたる生に終わりを告げようとしていた。


 生みの親を私は知らない。物心がついた頃には、お母さんに拾われて育ててもらってた。


 お母さんは私に、人の世で生きる術を授けてくれた。私は別にお母さんと一緒ならずっと森の中でもよかったけれど、きっと初めからお母さんは、私を人の世界で生きさせるつもりだったのだろう。


 『お別れだ、フェリ』


 たくさん泣いた。お母さんとの最後の夜は、今でも夢に出てくる。


 それはすごく、あったかい夢で。


 「おい、離れろ。また布団に入り込んでお前は」


 体をゆすられて意識が覚醒する。本当は私が布団に入り込んだタイミングで気づいていたくせに、あたかも今まで気づかないふりをしてるこの男は、今の私のご主人様ということになっている。


 ジニー。私のお母さんを殺した男。


 お母さんは自分の死期を悟っていた。だから最後に、人間に私が発見されるように仕向けた。正確に言えば、私を預けるに足る人間を探していた。


 ジニーはお母さんに()()()() 。


 だから私もお母さんの遺志に従い、この男のもとで生活することを選んだ。


 お母さんが討たれたのは仕方ないことだと思うし、すでに心の整理はついている。悲しいし寂しいけれど、悪意を持って排されたわけではないことを理解しているから。お母さん自身がそうするように仕向けていたわけだし、それについて人間を、この国を恨んだりするつもりは全くない。


 むしろこの国を私は気に入っていた。こっちがいい顔をすれば、向こうも善意でもって返してくれるから。


 (もちろん、嫌いな奴はいるけど)


 お母さんの存在を利用しようとするもの、お母さんを悪く言うもの。この国には腐っている部分もあることは理解した。


 (だけど少なくとも、ジニーはそうじゃない)


 私をジニーのことを気に入っていた。ジニーと暮らすようになって2年。彼は私のことをただの子供として扱った。特別扱いしなかった。あの日初めて会った日から、その態度を崩したりしなかった。


 本気で彼を試したのは一度きりだけど、ジニーは私の欲しい言葉をくれた。


 私にはそれで十分だった。


 「えいっ」

 「あだっ!ちょっ、おまっ!急に噛みつくなっ!」


 お母さん相手によくしていたみたいに、軽く噛みついてみた。うーん。なんかちがう。やっぱこいつは、お父さんではない。


 「や、やめろよ?本気で襲われたら、お前の方が強いんだから」

 「それだとお母さんが嫌われちゃうからいやだ」


 「殺意の基準が相変わらずだなおい」


 それにもし本気でやったところで、簡単には命を奪えないだろうし。強いのは私でも、生き残るのはジニーな気がする。


 ジニーの作ったご飯を食べてから、私は『星屑の雨』のクランハウスに向かって家を出た。


 クランハウスにはすでに私の部屋もあって、そこに寝泊まりすることもできたがやめた。なんだかんだジニーの家で暮らすのが気に入っているのだ。


 朝起きて、ジニーの作ったご飯を食べて、気ままに生活する。それがいい。もちろんはめられた枷はあれど、不自由とは程遠い生活だ。


 「ねぇその、ジニーのこと狙うの、やめてあげない?」


 今日は依頼もなかったため、クランハウスでメンバーとダラダラとしていたのだが、ここ最近お決まりになってるやりとりをレイサさんとしていた。


 「だめ。ジニーは私が殺す」

 

 「は、ほら!別にジニーのこと嫌いじゃないんでしょ?だったらいいじゃない、なにも殺すまでしなくても」

 「だめ。ジニーとの約束だから」


 私は欲張りに生きると決めたのだ。それに他ならぬジニーが言ったのだ。

 

 「殺したければ殺せって、ジニーが言ってた」

 「あ、あいつはあいつで……!」


 私の言葉に頭を抱えるレイサ。最近は会うたびにこんな感じだ。さっさと告白してしまえば良いものを。いやだめか。今しても普通に振られる気がする。


 彼女は彼女で、ジニーのことで必死である。振り向いて欲しいのはそうなのだろうが、純粋にその命を案じてあげているのだろう。


 「まぁ私は?レイサさんのこと嫌いじゃないし?ジニーと結ばれるって言うなら手を引かないこともないけど」

 「な、なんだと!?それは本当か!?」


 「うん。結ばれたらね」


 「うわ、フェリにも弄られてるし」

 「ジニーさんも大変だなぁ」

 

 私は日々、ご主人様に対する嫌がらせを欠かさない。せいぜい頑張ってジニーのことを困らせてもらおう。


 (今は他にしたいこともないし)


 私自身、どうしてここまでジニーに対して殺意を抱いているのかわからない。


 胸に渦巻く黒いモヤモヤ。それが殺意なのはわかっていても、どんな感情からくるものなのかを私は知らない。


 憎悪でも嫌悪でもないのはわかっているのだが、ジニーを殺したいと、そう思ってしまっているのだからどうしようもない。


 (少なくともまだ、あそこは私の場所だ)

 

 帰る場所があると言うのは素晴らしいことだ。孤独じゃないということは嬉しいことだ。それはお母さんが用意してくれたもので、ジニーが繋いでくれたもの。


 ジニーは私のすることを否定しない。私が殺そうとすることに抵抗はしても、その行動自体を非難されたことはない。


 なんかやる気になってるレイサのことを尻目に、私はクランハウスを出てある場所へ向かう。歩き慣れた街道を進んで、たどり着いたのはあるご飯屋さん。


 「あ!フェリちゃん!いらっしゃい!」

 「ん、ご飯食べにきた」


 ここはルリカの両親から営んでる宿屋さんで、お昼はご飯屋さんとして営業している。安いけど量もあって美味しくて、私の行きつけだ。


 流石にジニーの受けられる依頼では、贅沢な生活を送ることはできない。ジニー一人なら十分なのだろうが、残念ながら彼には私を養う義務がある。大変だね。


 まぁもっとも、これからは星屑の雨として依頼を受け、私の配当も手に入るから、余裕はできるだろうが。


 「今日も日替わり定食でいい?」

 「うん。ご飯大盛りでお願い」


 「はーい。お父さーん。日替わり一つ、ご飯大盛りでー」


 はいよー!と、厨房の奥から威勢のいい声が聞こえてくる。


 「ルリカ、あれから()()()()がここに来たりしてない?」

 「うん!おかげさまで、この宿も手放さなくてすみそうなんだ!」


 「そう、それは良かった」


 この宿は前々から、ある貴族から嫌がらせを受け続けていたそうだ。ご両親も理由は知らず、いよいよ店を無理やり奪われそうになったところに、たまたま私が居合わせたと言う形だ。神具でドン。大変、ジニーが死にかけた。反省。という流れだ。


 レイサさんに聞いても、理由は教えてもらえなかった。一応把握はして、件の貴族連中を押さえつけることには成功しているが、今後また問題が起こる可能性はあると言っていた。


 実は私は、その理由に当たりがついてるのだけれど。それはレイサさんも知らない秘密だ。


 「あいよ!日替わりお待たせ!」

 「ほわぁ、今日はステーキ?」


 「おう!特別メニューだ!ルリカが世話になったからな!」


 肉厚のステーキにかぶりつく。肉汁が溢れて、口の中が幸せだ。


 「ねぇ、ジニーさんとは大丈夫なの?」

 「うん。ルリカにはもう隠せてないかもしれないから言うけど、普通にいい人だよ。仲良いし」


 「仲がいい……?あんな噂流れてるのに?」

 「うん。噂流してるの私だし」


 今後仲良くしていきたい相手だ。私はゆっくりと、ジニーとの関係を説明した。


 「私、もしかしてすごい失礼なこと言った?」

 「言ったね。でも気にしなくていいよ。ジニーが今回のことで、ルリカを責めたりしてないのはほんとだし、立場で言ったら私の方が強いぐらいだから」

  

 若干引いてる様子のルリカを尻目に、ステーキを食べ進める。おいしい。


 「じゃあ、またね」

 「うん!またね〜」


 ルリカと別れ、街を散策する。お小遣いは少ないとはいえゼロではない。可愛らしい小物だったり、森で過ごしていた期間の長い私にとって、まだまだこの世界は街で溢れている。


 (ジニー、何してるかな)


 ふと気になって、自然と足も帰る場所へと向かう。


 「また、お昼からお酒?」

 「うるさいわ。お前と依頼を受ける必要がなくなったから、お前は頑張って自分で稼いで暮らすんだぞ。俺は日銭を稼いでダラダラ生きると決めたんだ」


 部屋に帰ってきた私を迎えたのは、昼間からお酒に明け暮れるご主人様だった。


 日銭を稼ぐ生活を決めたのは、選択肢がそれしかないだけだろうけど、そうさせたのは私だから口に出すことはしない。


 「夜ご飯何?」

 「お昼食べてきたばっかだろうに……別にまだ決めてねぇよ。てか外で食ってこい。金やるから」


 「やだ。何か作って」

 「わがまま言うなよ……わかった、わかったから殺意を抑えろ。洒落にならないんだよまじで」


 なんだかんだ言うことを聞いてくれるジニー。私の殺気なんて、無視しようと思えばどうとでもなるくせに。


 「あ、だったらルリカのところでご飯食べようよ。ルリカにはちょっと事情話したから、多分ご飯出してくれるよ」

 「お前と外に出るのが嫌なんだよ。わかってて言ってるだろ。白い目で見られるのもうんざりだ」

 

 というか、とジニーは続ける。


 「お前、レイサのところに部屋あるだろ?そこで寝泊まりしろよ。この部屋狭いし、お前も女の子だ。そういうところをちゃんと気にしなさい」

 「親みたいなこと言わないでね。一切そんな目で見てないくせに」


 「見るかクソガキ」

 「そう言うほど年取ってないでしょ」


 ジニー自体がおじさんって歳じゃない。確かこの前で25歳だ。誰からも誕生日を祝ってもらえなくて嘆いてたっけ。


 私の年齢はわからない。物心ついた時にはお母さんの元で暮らしてたし、とりあえず大体12歳くらいってことになってる。ジニーからしたら、娘としては歳が近いし、妹とするには歳が離れている。


 ちなみに誕生日はお母さんの命日ってことにした。私は毎年色んな人に祝ってもらってる。


 どこまでいっても付き纏ってくるガキみたいな扱いなのだろう。


 「レイサたちのこと、気に入ってるんだから、一緒に暮らせばいいだろ。どうせこの部屋の中じゃ、俺のこと殺せないんだから」

 

 ジニーの言うことはもっともだ。二人きりのタイミングで命を奪っても、犯人は私で確定される。それでは意味がない。


 だから寝首をかいたりっていう選択肢は私にはない。だけどそんな理由で私はここを選んでいるわけじゃない。


 「やだ、ジニーと一緒にいたい」

 「いや、殺意がなければ俺も大歓迎だけども」


 「じゃあ、今日から殺意なし」

 「嘘をつくな嘘を」


 「あきらめなよ。どうせ私のご主人様は辞められないんだから」

 

 私が奴隷という立場である以上、どうしたってジニーは縛られ続ける。諦めるべきなのだ。私からは逃げられないと。


 「今日も一緒に寝るからね」

 「勘弁してくれ」


 やれやれ、なんて感じではなく本気で頭を抱えるジニー。そんな態度をとっておきながら、実際には受け入れてしまうお人好し。


 今夜も、あったかい夢が見れそうだ。

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