本性
「いやほら、さすがにさらし首は可哀想かな〜って思ったから」
「か、可哀想って」
「私ってジニーを殺したいだけで、死んで欲しいわけじゃないからね。あ、これおいしい」
「お前それ、なんのフォローにもなってないからな」
目の前で繰り広げられるひどい会話。
クランハウスに男を招くのはあまり避けたかったが、こんな会話人目につかせるわけにはいかない。
まぁ、ジニーなら、という話ではあるのだが。
「見ての通り、こいつは可哀想〜な奴隷じゃないんだよね。むしろ可哀想なのは俺なわけ。ここ2年間、まともに寝てないからな」
「ふふん。油断したら一発だからね!」
「洒落じゃないから恐ろしいんだよ、お前は」
改めて話を聞いてみれば、世に流れている噂は全部でっち上げらしい。他ならぬフェリが言うことだから間違いはないのだろう。
理由は簡単。復讐のためだという。
「で、でも、フェリだってジニーのことを心配してただろ?ジニーが地龍討伐に向かった時、誰よりも速く向かったじゃないか」
「そりゃチャンスだもん。魔法が使えないから地龍相手にも苦戦するだろうし、そこを上手く叩けば証拠隠滅できるし」
「何お前、俺を地龍の餌にするために全力疾走してたの?」
「うん。着いたらもう地龍さん死んでたから、仕方なく地龍と相打ちルートに持っていくしかなかった。それでこう言ってやるの。『ごめんなさいご主人様。私は間に合いませんでした』ってね!惜しかったね」
じゃあなんだ。
『だめ!あいつはもう、魔法が使えないのに!(だからせっかくのチャンスなのに、早く行かないと地龍のエサにできない!)』
『わたし、(殺しに)行かなきゃ』
こういうことだったのか?
「てかレイサさん。ジニーのこと好きなの?だいぶ慌ててたけど」
「ひゃっ!?わ、私がジニーのことを!?そんなわけないだろうが!」
「おい、滅多なこと言うんじゃねえよ。また気まぐれで死地に送られたらどうすんだよ。普通に死にかけたんだからな今回も」
「あっ……それは、その」
ジニーの軽口に言葉が詰まる。後に続く展開が衝撃的で忘れかけていたが、私は事実として、ジニーを殺しかけた。
「え、嘘。がちで?レイサさん、本気じゃん」
そんな私を見て、フェリが追い打ちをかけてくる。
「おいそこ、茶化すな。あんな殺意もりもりのミッションやらせといて、そんなわけあるか」
違う。そう声を大にして言いたい。だけど本当に違うのか?大事なのは事実だ。結果としてジニーは生きていてくれたが、もし、本当に、死んでいたら?
あ、やばい。
「え、泣いてる?」
「おいおいおい。まじでどうしたんだよ」
うるさい。それもこれも覚えていないお前が悪いんだ。私は一日たりとも、あの日のことを忘れたことなどないというのに。
ーーーー
馬車から降ろされた俺は、この人生を終わらせるために地龍のある場所までゆっくりと歩いていた。
これまでの軌跡をなぞるように、一歩一歩を踏み締めた。
(あ、なんか腹立ってきた)
死ぬ覚悟は決めてきたはずだった。そもそも魔法が使えない状態で、地龍と戦うのなんて無謀である。
だけど俺は、神獣を倒した男だ。
ジニー・コンテストなのだ。
お貴族様に嵌められて、地龍に殺されて終わる人生なんて、なんてありふれたつまらない物語だろうか。
あれだ、せめて殺されるならあいつがいい。うん。この絶望に抗う理由はそのぐらいでいいか。
終わってみれば、なんのことはない。神獣の方が100倍強かった。神獣より強い俺が10分の1の実力になったって、地龍より10倍は強い。計算合ってる?知らん。
もっと言えば、地龍を倒した瞬間に襲いかかってきたフェリの方がよっぽど驚異的だった。
「おい、離れろ」
「え〜。あと5分〜」
フェリとレイサとの食事会を終え、宿に帰ってきたところまでは覚えている。なぜかあのあとレイサがやけ酒を始めて大変だった。俺も巻き添えでたらふく飲まされたところが最後の記憶だ。
朝起きたら、俺が一人で寝ていたはずの布団の中にフェリがいた。あろうことが仰向けで寝ている俺の上で、抱きつくようにして眠っていた。
心拍数が急上昇する。怖い。殺される。
こんな状況になっているのに気づかないなんて、油断しすぎである。いくら疲れたうえに酔っていたとは言え、絶体絶命のピンチに呑気に眠っているなど終わっている。
「てか起きてんのかよ。寝ぼけてたとかじゃなくて?」
「いやなんか、急に寂しくなっちゃって。夢の中にお母さん出てきたんだよね。それで、人肌ならなんでも良かったというか?」
照れる様子もなくそんなことを言うフェリ。こうしていれば甘えたがりのかわいい少女で、俺だって毎日甘やかすことだってやぶさかではないのに。
「寝相で殺しちゃったは無理あるかな」
「無理あるに決まってんだろ!」
無論それは、殺意マシマシでなければの話なのだが。
「お腹すいた。ご飯」
「はいはい。今作るから待ってろ」
殺意さえなければ、彼女は普通の少女だ。
無論その実力を考慮すれば、普通とは逸脱しているのだが、そんなのはどうでもいい。性格そのものは明るい活発な女の子そのもので、俺とも普通に会話をすることができている。
「お前さ、俺のこと嫌いか?」
「ん?別に?普通だけど。や、どっちかって言うと好きよりかも」
「じゃあなんで殺そうとするわけ?」
「お母さんを殺したから」
まぁ正直?言っていることは別におかしいとは思わない。親の仇を殺してやりたい。良いか悪いかと聞かれれば、俺は好きにしろと答えるだろう。
俺にとっては迷惑極まりないスタンスであるが、俺の価値観に照らし合わせると彼女は、善悪で問えば悪ではないのだ。
頑張って解放して、さっさと逃げるしかないか。
ーーーー
「改めまして、フェリだよ。よろしくね」
「よろしくねフェリちゃん!」
「いや〜これでうちもついに5人かぁ!活動の幅が広がるな!」
結局フェリは、『星屑の雨』に加入することになった。フェリとレイサの間で知らぬうちに話は進んでいたらしい。
俺としては大歓迎だ。これで5年間狩人として活動して、立派な国民として認められるのは簡単になった。
それだけに、リーダーであるレイサの影響力というのは大きい。なんだ、最初から押しつけてやれば良かったな。
「それじゃ、あとは頑張ってくれ〜」
保護者として加入式というか、顔合わせには付き合ってやったが、ここからは勝手に頑張ってくれ。俺はあれだ、帰ってお酒を飲みます。今日はお昼からダラダラすると決めているのだ。
「またお酒?こんな時間から?」
「るっせぇ。お前のせいで、ほとんどの酒場から出禁食らってんだよ。仕方なく家で寂しく飲むくらいいいだろうが」
「べつに、そういうことを言ってるわけじゃないんだけどね」
それになんだかんだで、俺の体はボロボロだ。軽い監禁生活から、いきなり地龍とフェリという難敵と2連戦させられているのだから。
俺には休みが必要だ。薬は安酒。お金がないから仕方ないね。
「ほんとに主従関係ではないんだね」
「え、うん。命令されたことないけど、されても絶対聞く気ないし」
結局『星屑の雨』のメンバーには、自分の素顔を明かしたらしい。
「じゃあ、いろんな噂を流しているのは?」
「まずは社会的に殺すのが先かなって」
「サラッとえげつないこと言うな」
こんな腹黒少女ではあるが、『星屑の雨』連中にはすでに受け入れられたようだ。まぁ、復讐抜きにすれば普通の子だし、ここの連中はレイサから事前に説明を受けていたみたいだからな。
「まて、ジニー。このあと暇なら少し付き合え。連れて行きたいところがある」
「は?レイサ様が、俺に、連れて、行きたい、場所がある?一体何を企んでんだ?」
こいつは昔から俺に変に絡んでくるのだ。たまにとんでもない厄介ごとを持ち込んでくることもあるから、安請け合いは絶対にしないと決めている。
「リーダー、かわいそう」
「あれはどっちかいうと日頃の行いが」
「聞こえてるぞお前たち!な、何も企んでなどいないわ!なんでいつもそうやって、素直に話を聞かんのだお前は!」
「そりゃ俺だって、学習するし、地龍はもう勘弁だし」
「うぐっ」
「あ、刺さった」
「ジニーさん容赦ねぇな」
おいやめろお前ら、変な煽り方をするんじゃない。
「ーーっ!!!いいから黙って着いてこい!牢屋から出してやった恩をもう忘れたのか!」
「うっ、それを言われるとなぁ。いやでも、恩もなにも死にかけたし、いやでも助かったのは事実か……?」
「このっ!もうお前はしゃべるなっ!」
言い訳虚しく、首を掴まれて引きずられる俺。抵抗するのもめんどくさかったので身を任せることにした。
「あ、あの!レイサさんはいますか!」
いざクランハウスを出ようというところだ。そのクランハウスに来訪者があった。
「あ、ルリカだ」
「ルリカ……あぁ、あの時の」
ルリカと呼ばれたその少女は、どうやらフェリの知り合いらしい。フードを深く被った少女には見覚えがあった。あの日貴族の男からフェリが庇っていた女の子だ。
「あ、あなたはあの時の……!」
どうやら俺の顔も覚えていたらしく、彼女は一歩後ずさったあと、思い出したようにパッと頭を下げた。
「わ、私のせいで、酷い目にあったって聞きました。本当にごめんなさい!」
少女の瞳にはすでに大粒の涙が溜まっており、しかしそれを溢せば俺を困らせるのを分かっているのか、必死に堪えてるのが読み取れた。
「わたしが、わたしが悪かったんです。だから、フェリちゃんに、フェリちゃんには酷いことしないでください……」
一回りを小さい少女にされるお願いとしては、いささか攻撃力が高すぎるのではないだろうか。俺はこの子の中で一体どんな鬼畜だと思われているのだろうか。
「てか、あのとき何があったんだよ。俺詳しく聞いてないんだよね」
「えっ!?フェリちゃん、何も話してないの?」
「え、うん。べつに聞かれなかったし。助かったんだしべつに良くない?ほら、早く出かけなよ、レイサさん」
強引に話を逸らそうと、レイサの背中もグイグイ押すフェリ。これはあれか、聞かなかったから話さなかったのではなく、できればそもそも話したくないような内容なのだろう。
「ルリカ。この人には話さなくていいから。べつに怒ってもないから大丈夫」
「おい、勝手に代弁するな。まぁ、なんだかんだ今回のことはお前も反省してるみたいだし、その通りだけども」
「うん。次はもっとうまくやるね」
「ニュアンスが怖い」
「だ、だいじょぶなの?酷いこと、しないんですか?」
(まぁ奴隷とその主人だ。そういう風に見られたっておかしくはないか)
「ルリカ。フェリは我々が保護しているし、こいつも噂通りの悪いやつじゃない。フェリに危害が加えられることはないから安心しろ」
「ほ、ほんとうですか?」
「ああ、朴念仁で鈍くてデリカシーがないのが欠点だがな」
おい、しれっと悪口を言うんじゃない。
「聞いた?ジニーさんのこと朴念仁だって。自分のアプローチの下手さを棚に上げてるよ」
「ね。初恋拗らせてるだけなのにね」
またも後方でレイサに口撃している二人。
(なんだ?これは聞こえないふりするのが正解なのか?なにこいつ、マジで俺のこと好きなの?)
俺と同じく聞こえているのだろう。プルプルと肩を震わすレイサ。こいつに仮に告白されたらどうするだろうか。
(いや、ないだろ)
悪いが答えはノーである。ハネムーンと称して戦場に落とされる気がしてならないからな。
にしても、好かれるようなことをした覚えもないのだが。
「おい、この空気なんとかしろよ」
地獄みたいな空気をなんとかするために、後ろでコソコソしてるやつらに話を振る。
「レイサ様って、この人のことその、す、好きなんですか!?」
トドメを刺したのはルリカであった。純真無垢な瞳で、真っ直ぐに見つめられたレイサは、顔を真っ赤にしてクランハウスから飛び出した。
「俺、帰っていいか?」
もう、どうにでもなれ。
俺はもう知らん。あとは勝手にやってくれ。