代償
狩人とは個人でやるものではなく、仲間でチームを組んでクランとして活動するパターンが一般的だ。
つまり個人で活動していた俺は一般的な狩人でなく、ただその実力を買われていたことで一目置かれるような存在だった。今じゃ見る影もないが。
その名の通り狩りをして生計を立てている訳だが、最近じゃ何でも屋のような側面も強い。巷じゃ探索者やら冒険者なんて呼ばれ方も定着し始めている。
もっぱら冒険者が主流の呼び方となっている。
探索者はランクづけをされており、俺は1番上のSランクであったのだが、今は実力相応のCランクにまで降格させられている。国王様の前で剣を抜いた罰でDランクに落とされていて、2年かけてやっと一つランクが上がったところである。
「やることないな」
今日はもとより、依頼を受けるつもりのない休養日。
机に突っ伏したまま寝てしまった代償に、凝り固まった体を軽くほぐしながら立ち上がる。
恋人もいなく、貯金もなく、稼ぎもなく、本当になんのために生きてきたのか見失ってしまいそうだ。
ベットの上では、フェリがすぅすぅとだらしない顔をして寝息を立てている。
(我々全員が認めるような功績を立てるか、5年間問題を起こさず生活してみせろ、ね)
フェリが奴隷から解放される条件は、ひどく曖昧なものだった。
具体的に金額が決まってさえいれば、頑張る気にもなったのに、そもそも生存を反対されている人間をどうやって認めさせろというのだ。
だからそっちの条件を達成させるのは諦めている。5年間問題を起こさせないほうがよっぽど現実的だ。
フェリは常識を持った人間だ。すでに街には溶け込んでいるし評判もいい。俺とは大違いで、2年間問題が起きていない事実に、神獣悪神派のみなさんも焦っていることだろう。
奴隷の方が人気者とはこれいかに。
確かに奴隷と言っても様々だ。主人の好き勝手にしていい愛玩奴隷のようなパターンもあれば、身売りの結果使用人としての奴隷なんていうパターンもある。
その場合は基本的に、身分の差はあれどただ働いているのと同じで、人権は保障されているし、良い主人に巡り会えれば、元の生活よりも豊かになることだってある。
フェリに刻まれた奴隷紋には、一切の制限がなかった。当然と言えば当然だ。奴隷としてのルールを破ることを待ち望まれているのだから。
「おい、起きろ。朝飯できたぞ」
「もう起きてる」
そのくせして、俺には奴隷の衣食住を保証する義務があるときた。焼いたベーコンの匂いに釣られたのか、フェリはもう目を覚ましていた。
それ以降、俺たちの間に会話はない。
フェリはただ黙って出された飯を食べ、食べ終わったと思ったらそそくさと部屋を出て行った。友人のところに遊びにでも出かけるのだろう。
彼女が街で問題を起こすことがないのは、嫌というほど理解している。だから奴隷ではあるものの、俺は彼女の行動に一切干渉しないようにしていた。というか一緒に行動してると冷ややかな視線を浴びるから、それから逃げ出しているにすぎないが。
「どうすりゃ、良かったんだよ」
毎日繰り返す自問自答。今日も答えが出ることはない。
ーーーー
「おい!ジニー!ここにいるんだろ!でてこい!」
「……なんだ?」
お昼を少し回ったところ。フェリの防具の手入れを行っている時だった。聞き覚えがある声と、扉を強打する音に嫌な予感を覚える。
「何の用だよ」
背中に嫌な汗が浮かぶのを自覚しながら、俺は渋々扉を開ける。そこにいたのは確か、Aランククラン『星屑の雨』に所属している狩人の女だった。名前は思い出せないが、最近フェリが仲良くしているところを見た気がする。
「大変なんだ!広場の方でフェリが、貴族連中と揉めてるんだ!」
「は、はぁ!?貴族の連中と!?」
女は相当焦っているのか、とにかく俺を急かすだけで話の内容がうまく伝わってこない。らちが開かないと思った俺は、とりあえず最低限の装備だけ持って宿を飛び出した。
俺たちのような一国民にとって、貴族は絶対に逆らってはいけない存在だ。Sランク冒険者で国王とも面識のあった俺ですらそう思っているのだがら、常識のある人間ならそれに喧嘩を売るなんて絶対にあり得ない。
一度顔を覚えられたら最後。気に入らないやつは様々な方法で追い詰める。格差社会の闇である。
「お、おい!何やってるんだバカ!」
「あ、来たんだ」
「来たんだじゃない!なんだこの惨状は!」
広場に駆けつけた俺の眼前には、まさに目も当てられない光景が広がっていた。
大方得意の神具を持ち出したのだろう。地面にはクレーターのような割れ目が広がっていた。
そしてそれを目の前で振り下ろされたのだろう。無様に失禁までしてる貴族と思われる格好をした子供。
そしてその取り巻き連中も、フェリの蛮行に恐れをなしたのか、尻餅をついて動けなくなってしまっている。
そんな惨劇を生み出した張本人の傍には、怪我をした少女。庇うようにフェリが立っているのを見るに、なんの理由もなく貴族を襲った訳ではなさそうだ。
1番の問題は、フェリが一切現場のヤバさを理解していなさそうなところだ。
「お、おまえは、ジニー・コンテストだな!?こいつの主人だな!?」
俺の顔と名前は、もとより国民全員が知っている。それはフェリも同様で、すぐに俺が下手人を管理する人間であることが見破られた。
目の前が真っ暗になる感覚。平衡感覚が失われて、足場がガラガラと音を立てて崩れるのを感じる。
「お、お前を打首とする!!そこに跪け!!」
無様な姿を晒そうとも、貴族としてのプライドは健在だ。尻餅をついた状態でも、変わらず俺たちを見下した態度で男は宣言した。
(終わった)
事情は知らない。だけど貴族相手に奴隷風情が牙を剥いたのだ。その主人が死罪になることはなんらおかしいことじゃない。
(全部、狙い通りかよ)
これも全部フェリの計画通りだろうか。そう思いフェリの様子を伺うと、珍しく瞳を揺らして動揺を露わにしていた。
(こいつからしても予想外なのか?)
「おい!そいつを連れて行け!」
男の指示に従って、役目を果たせずにいた護衛どもが我に返って動き出す。抵抗も許されず俺は取り押さえられ、自由を奪われた。
フェリは放置だ。きっとこいつは自らが手を下さずとも、フェリの立場ではすでにどうしようもないことを理解しているのだろう。
貴族を襲った。その事実だけで、フェリは生きていく資格を奪われるのだから。奴隷紋がある限り、位置は把握されてしまう。逃げる場所なんてない。
八方塞がりである。
(ま、どうでもいいか)
諦観が体から抵抗する力を奪う。どうしたってこの人数から逃げることなんてできないのだから、考えるだけ無駄だ。牢屋にでも連れて行かれるのだろう。この場で無様に死に様を晒すよりはマシか、なんてそんなことを思うことしかできなかった。