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本当に嫌われてるらしい

ゆらゆらと投稿していきます

 「死ねえええええええええ!!!!!」

 「ちょっ!?おまっ、ばかかあああああああああ!?」

 

 頭上より迫り来る凶刃を紙一重で躱して、代わりに犠牲になった獰猛な獣に同情する。


 割れた大地。その窪みには、先ほどまで生命力に満ち溢れていた大型の魔獣が、哀れな肉塊となって横たわっている。


 「おまっ、おまえ!今明らかに俺を狙ってただろ!」

 「チッ……だったら何が悪いの」


 その背格好には不釣り合いな大鎚を肩に乗せ、不遜な態度で彼女はそう言ってのけた。泣きたい。


 「悪いに決まってんだろ!せめて言い訳しろ!あぁ、お前はなんでいつもいつもこうなんだ」


 危うく味方であるはずの味方に殺されかけたことで上がった心拍数を、無理やり落ち着かせる。目標は討伐できたとはいえ、ここは未だ魔獣蔓延る森の中で、決して油断はできないのだから。


 「さっさと帰ろう。お腹減ったし」

 「そ、それはそうだな。おら、お前も解体手伝えよ」


 無惨な姿になった魔獣から、討伐証明となる牙と、素材として売れそうな部分のみを剥ぎ取っていく。俺たち狩人は、こうして日々の生活費を稼いでいる。


 「やだよ。めんどくさいし」

 「めんどくさいってお前な……っておい!こら!堂々とサボるんじゃない!」


 肩口まで伸ばした銀髪をたなびかせて、あろうことか堂々と地面に腰を下ろす彼女に辟易する。


 (あぁ、早く解放してえ)


 その首に刻まれた、()()()()である刻印を見つめ思う。


 奴隷とは普通、主人の言うことに従うものではないのかと。



ーーーー


 「お姉さん!鑑定お願いします!」

 「フェリちゃんおかえり〜!大丈夫?怪我してない?危ないこと無理やりさせられなかった??」


 「うん!()()()大丈夫だったよ!」


 少女の返答に、受付の女はギロリとこちらを睨む。こいつ、また変な噂を流してるな?この猫被りめ。


 「この子に怪我させたら許しませんよ?」

 「あーはいはい。わかってるよ」


 半ば脅しの言葉を適当に流す。いちいち真剣に受け止めていたら心がいくつあっても足りない。


 「大丈夫だよお姉さん。まだ、まだ()()()()()()()


 そう言って儚げな笑顔を見せるガキンチョに、手が出そうになるのを必死に堪える。こうやって日頃から、主人である俺の印象を操作しているのだろう。主に悪い方向へと。


 「おい、いい加減にしろ。用は終わったしさっさと帰るぞ」

 「は、はい!今、今行きますから……」


 まるで「言うこと聞くからぶたないで……」みたいな目をして、怯えた様子を見せるんじゃない。これっぽっちも俺に対してビビったりしてないくせに。


 なんて、俺はこいつの魂胆を完全に理解しているが、周りの奴はそうでもない。側から見れば俺は、まだまだ奴隷の子供を無理やり戦わせている、悪辣非道な鬼畜に映っていることだろう。


 そんな様子を見ても、実際に誰も止めに来たりしないのは、仮にその想像が真実だったとしてもそれが法を破っているわけではないからだ。


 奴隷と、その主人。


 俺とフェリの関係は、決して対等ではない。


 「やっぱり最低だな」

 「ああ、『親殺し』の名は伊達じゃねえな」


 「あんなにか弱そうな女の子に戦わせるなんて、なんてかわいそうなの……」


 冷ややかな視線と共に、好き勝手に呟かれる罵倒の数々。いや、わざと聞こえるように言っている以上それは呟きではないか。


 「へっ」

 

 (こ、こいつ)


 この状況がよほど気に入ったのか、俺にしか見えない角度で、見せつけるように口角をニヤリと歪めるフェリ。まじかこいつ。人の不幸を鼻で笑いやがった。


 (は、早くこいつを解放しないと、いつか誰かに刺されちまう)


 迫る見えない凶刃に怯えながら生きていくのなんてごめんである。


ーーーー


 『親殺しのジニー』


 この街では知らない人はいないほどの有名人。もともと有名人ではあったが、最近ではこの悪名でしか呼ばれない。


 それが俺、ジニー・コンテスト。


 ことの発端は、俺がある依頼を受けたときのことだ。


 その依頼というのが、畑を荒らす魔獣をなんとかして欲しいというありふれたもの。


 だが、その畑を荒らす魔獣というのがなかなか大物で、それは神獣と呼ばれる伝説的な魔獣だったのだ。

 

 姿形は大きめのオオカミといったところなのだが、生物としての格はそれらの有象無象を遥かに凌駕するもので、まさに生ける伝説と呼ぶのに相応しい魔獣であった。


 人里に降りてきた記録はなく、まさしく御伽話でしか見ることのない存在である。

 

 それがなぜか、畑を荒らしていた。まだ人を襲ったりはしていないようだが、それも時間の問題ではないかと言われていた。


 それに焦った国王様は、すぐに対策をとった。端的に言えば、この国で1番強いやつを招集した。


 それが俺だった。


 厳密に言えば、国に所属している騎士団の中にも、俺レベルの強者はいるのだが、対魔獣に関してはやはり狩人に任せるのが良いとの判断だった。


 国王からの指示とはいえ、命をかけたミッションになることは予想されたため、断ることはできた。国からの依頼を受けることはあっても、俺はあくまで個人の狩人。脅威が迫っているのであれば、この国を出ることだって選択肢にあるのだから。


 とは言え俺とてこの国に住まう者。今の王は善政を高く評価されており、俺もこの国が好きな一人の国民だった。


 俺は二つ返事で依頼を受けた。今思えば、それが良くなかったのだ。


 「はぁ!?討伐じゃなくて、保護だって!?」


 どうやらこの神獣、文字通り『神』扱いされていたのである。


 曰く、神獣の出てくる「御伽話」は真実であり、その神獣を討伐するなどあり得ないと言うことらしい。


 確かにその御伽話は有名だ。勇敢な神獣は森の守り神であり、人々の生活を見守っていると。続きは忘れた。昔読んだ覚えはあるが、俺の琴線に触れることはなかったっけ。


 自分には信じる神などいない。だからって別に人様の信じる神様を否定するつもりはない。それでもこれはあんまりな内容であった。


 「上層部に熱心な信者がいてな。それも一人や二人じゃない。どうする?今からでも降りるか?」


 そう言ってきたのは、国お抱えの騎士団の副隊長様だった。今回の依頼において、すでに同行が決まっているメンバーの一人だ。


 「降りるって、そうしたらお前は、お前の部隊は」


 間違いなく死者がでる。実際に神獣を目撃した狩人の言葉によれば、まさしく神の如く力強さを感じたそうだ。


 自惚れるわけじゃないが、俺抜きでなんとかできるような相手ではないだろう。すでに他の狩人は参加を辞退している。それほどまでに、危険な相手なのだ。


 「お前の想像通りだろうな。だが、私は戦わなければならない」


 俺とは違い、彼には守らなければいけない命があった。覚悟の決まった瞳をまっすぐに受け、尻すぼみしていた自分が少し情けなくなった。


 彼は昔からの友人だった。目の前で失われそうになっている友人の命を、俺は見捨てることができなかった。


 そしてついに、俺たちは神獣と相対した。


 結果は悲惨なものだった。


 まず捕獲サポートとしてついてきた、副団長以外のメンバーが、全員神獣の「格」に恐れ慄いて逃げ出した。


 残ったのは俺と副団長のみ。この時点で俺は、神獣の保護を諦めた。


 信仰対象だとかそんなことを言っている場合ではない。ここでこいつを討つことができなければ、冗談抜きで国が滅びかねない。神獣から放たれるオーラは、否応なくそれを感じさせた。


 そこからのことはほとんど覚えていない。ただがむしゃらに剣を振ったのだけは覚えているが、最終的にどうやって神獣を討ち取ったかはおぼろげだ。


 ただただ、必死だった。


 ともあれ、俺は神獣を討ち取ることに成功した。全身におびただしい数の傷を負いながらも、生き残ることができた。


 結果として重たい後遺症を負うことになったが、命があるだけマシだったと、そう思わずにはいられないような戦いだった。


 血を流しすぎて、意識が朦朧としている。俺はとうとう立っていられなくなり、仰向けに倒れた。


 「おい!しっかりしろ!こんなところで死ぬんじゃない!」


 神獣の攻撃によって早々に戦線を離脱していた副団長が、ようやく目を覚ましたのか俺に駆け寄ってきた。必死に声をかけている様子からして、俺はよほど深い傷を負っているのだろうと、どこか他人事のように思っていた。


 (そうだ、思い出した)


 幼い頃に読み聞かせてもらった「御伽話」。


 その「御伽話」の中でも神獣は、狩人と戦っていた。


 そしてその目的は、「拾った人間の少女を守るため」だったっけ。


 (ははっ、まさかな?)


 そんなお約束みたいな想像をしてしまったからだろうか?


 思い返せば、この時から違和感はあったのだ。


 なぜ神獣は、人の育てた畑なんかを襲ったのだろうか、と。


 畑なんかを襲う必要はない。これだけの強さだ、魔獣でもなんでも、それこそ人間を喰ってしまえばいい。


 だけどそうはしなかった。それはなぜだろうか?


 これは後から知ったことだが、近年この辺りでは畑泥棒が頻出していたらしい。なんでも神出鬼没で、決して捕まえることはできなかったそうな。


 それが、神獣討伐を機にパタリと止んだらしい。


 神獣亡き今真相は闇の中だが、()()()()()()()()()、付近の村で栽培していた野菜と、少女が神獣から与えられていた食べ物は一緒だったそうだ。


 神獣は高い知能を有していた。人の子にとって、生の肉は毒であることを理解していた。


 ともかく俺は気を失った。この時はまだ、先の展開なんて考える余裕もなかった。


 目を覚ましたのは、それから1ヶ月も後のことだった。


 どうやら生死の境目をふらついていたらしい。医者はあの傷で生き残ったのは奇跡だと言った。


 どうであれ生き残れたのは凝光。傷は深く、しばらくは安静にしなければいけないだろうが、もともと体は丈夫な方だ。飯食って寝たら、すぐに立って歩けるぐらいには回復した。医者はひっくり返って、副団長には呆れられたが、文句を言われたって俺はこういう生き物だ。


 「実はな、神獣が育てていた少女が見つかった」

 「わーお」


 走馬灯の代わりに浮かんだ想像は、見事に的中していた。すごいな。まさに「御伽話」じゃないか。


 「へーすごいな。言い方からして保護できたんだろ?それはよかったよかった」

 「お前な……状況はお前が思っているよりも悪いぞ?」


 「へ?」


 衝撃の事実その1。依頼は失敗扱いにされた。


 「は?いやいや、ちゃんと仕事しただろ」

 「依頼は『神獣の保護』だ」


 「いやいやいや!俺、お国のために命懸けで戦った自覚があるんだが?」

 「そんなのは私が1番わかっている!この件については団長預かりになった!絶対にこんな結果は覆してみせると仰っている。俺たちは結果を待つしかない……!」


 悔しそうに歯噛みする副団長。その表情からは、確かに俺に対する不当な評価への悔しさが滲んでいた。


 衝撃の事実その2。保護された少女を打ち首にするべきと言う話があがっている。


 「へ、なんか悪いことでもしたのか?」

 「それがな、保護された少女に畑泥棒の容疑がかかってる」


 「仮にそうだったとしても、畑泥棒だけじゃ打ち首にならんだろう」


 これが村独自で行われる私刑となれば、制裁の結果命を落としてしまうパターンもあるかもしれない。


 だけど国が預かる刑法において、畑泥棒に死罪は明らかに重すぎる。


 「簡単な話だ。神獣を「善き神」と信じるものがいれば、「悪い神」だと主張するものもいたのだよ」

 「そりゃあれか、神獣大好きな奴らがいい顔をしているのが気に入らないって話か」


 「そういうことだ」


 神獣を信じる者たちにとって、「御伽話」そのままのことが起きているのだ。そりゃあ立場が強くなったりするのだろう。なるんだろう?詳しくないからよく知らんけど。


 それを気に入らない奴らが、神獣を悪神だと主張して、保護された少女を悪者に仕立て上げようとしているということか。


 「大体はそれで合っている。ともかく、あの子は己の潔白を、そして自分が我々の敵ではないことを証明しなければならない」


 「御伽話」に出てくる神の善悪を、少女に背負わせようとは、なかなかに業が深い。ただの女の子として扱ってやればいいものを、政治の道具にするとは酷い奴らだ。


 衝撃の事実その3。少女の身分は奴隷となった。


 「うわ、それってあれじゃん。犯罪者が犯した罪の分働いて、信用を取り戻す的なやつじゃん」

 「その通りだよ。少女を信じる派と信じない派がやっと見つけた落とし所だ」


 神獣が善性であれば、信用に値する行動ができるだろう。奴隷の身であれど、清い心でその疑惑を晴らせるはず。それができないのであれば、その時は神獣を悪神とする。きっとこんな感じに信じない派が押し切ったのだろう。


 要はボロが出るのを待っているというわけだ。

 

 「かわいそうに。善性もなにも、奴隷にされていい気分のやつなんていないだろ。すぐになんかやらかして、そこを指摘されて終わりだろ。常識だってないだろうに」

 「ああ、それが狙いだろう。だからこそ、お前にかかっている」

 

 「は?俺?」

 「ああ、彼女の主人役はお前だ」


 衝撃の事実その4。少女は奴隷で主人は俺らしい。


 「いやいや、困るんだが?奴隷なんかいらねぇし、そもそも俺は」


 彼女の親とも言える存在を殺した張本人だ。


 少女と神獣がどんな関係性かなんて知らないが、育てられた、なんて言うんだから親子のような関係なのだろう。


 仕方がないことだったとはいえ、申し訳なさだってあるのだ。彼女の境遇には同情するし、だからこそ俺は一切顔を合わせるべきではないと考えていた。


 それこそ彼女が望むなら、何発か殴られてやったっていいとは思っている。復讐として殺されるのはごめんだが、気の済むまで言うことを聞くぐらいはしたっていい。


 「なんで俺なんだ?」

 「他ならぬ本人が望んだことだ。神獣の善性を信じない派は諸手を挙げて賛成したよ。ああ、この子は復讐をしたがっているのだとね」


 なるほどね。まぁ理由はわかった。わかったけど、その感じだと少女はちゃんと会話ができる感じなのか?


 「会話どころじゃないぞ。文字も読めるし、常識もある。明らかに人間社会で生きるための教育を受けているように感じたし、事実彼女はお母さんに教えてもらったと言っている」

 「へぇ、さすがは神獣ってところなのか?」


 「ああ、いくつか魔法を使えることも確認している」


 そりゃすごい。羨ましい限りだ。


 もちろん俺だって魔法は使える。いや、使えたって言うのが正しいか。


 胸に手を当て、体内を巡っているはずの魔力を探す。

 

 (あーあ、俺の体、やっぱいかれちまったかな)


 魔法を使うために必要な機能が、自身から失われていることを確信する。これが俺の負ってしまった後遺症であった。


 「やはり、魔法は使えなさそうか?」

 「あ、気づいてたのね。ああ、無理そうだ」


 激しい戦いだったから仕方なし。命あってのなんとやらだ。


 「で、その少女とやらは今どこにいるんだ?」

 「ああ、この後早速顔合わせって感じなんだが、その前に、耳に入れておきたいことが」


 あるのだが。


 そう続くはずの言葉は、突如病室を襲った殺気によって遮られる。


 「まずい、にげーーーー」

 「見つけた」


 荒々しく開けられた病室の扉の先には、美しい銀髪を揺らす少女がいた。


 一目見て、あぁ、本当に神獣と親子だったんだなって思った。


 そりゃ血も繋がってなければ、そもそも種族がちがう。似ても似つかないはずのその姿からは、はっきりとあの神獣の面影を感じた。


 「ーーーーっえ?」


 刹那、全身を襲ったのは強い衝撃だった。

 気づけば俺の体は、窓から外に放り出されていた。


 鮮血が視界の端を掠める。どうやら俺は出血をしているらしい。


 確かに油断はあった。いくら神獣のような風格はあれど、見た目はまだまだ13歳ほどで、副団長ともあろう者が何をそこまで焦っているのだろうと。


 だけどいつぶりだろうか。いや、真正面から不意をつかれるなど初めての経験である。


 病み上がりで魔法も使えないとは言え、2階の高さから落とされたくらいでやられる俺ではない。遅れてやってくる痛みを意識的に遮断して、目の前に迫る脅威を見据える。


 「死ねええええええええ!!!」

 「うおっ、まじかよ!」


 殺意丸出しで2階の窓から突っ込んでくる少女。その速度は素晴らしく、洗練された動きだった。


 (って、感心してる場合じゃねぇ!)


 このままでは本当に殺されてしまう。彼女には俺を殺す資格があるのかもしれないが、簡単に殺されてやるつもりなんて毛頭ない。


 「でもこれ、どうしようもねぇ!?」

 「はあああああああああ!!!!」


 美しさまで感じるフォームから繰り出される拳を、避けることも叶わずクロスした腕でなんとか受ける。


 (っーー!!なんちゅう威力だよ!)


 あまりの威力に、体が浮いた。そのまま背後にあった花壇に背中から突っ込む。


 「なんで、お母さんを殺した?」


 すぐに体制を立て直すべく体を起こすも、その動きを静止させるよう、首元にどこから持ってきたのか食事用のナイフを添えられる。


 冷や汗が背中を伝う。返答を間違えれば、本当に首を掻っ切られて殺されるかもしれない。


 「人里を襲ったからだ。それ以上の理由はない」


 少女の求めている答えはわからない。だから俺は、ただ正直に真実を伝えることにした。


 「それだけ?」


 冷え切った声音で、美しい瞳で、彼女は俺を射止めている。


 「ああ、それだけだ」


 正直な話、神獣が人々の暮らしに干渉してこなければ、俺はいくら討伐依頼が出ようとも受けなかっただろう。


 そりゃいくら金を積まれようが割に合わないっていうのもあるが、狩るべき生き物と狩るべきできない生き物という基準が俺の中にはある。


 結局は人間にとって都合のいい考え方だが、命を奪うっていうことは、それなりの正当性が求められると俺は思っている。


 「殺したきゃ、殺せよ」

 「……」


 「そしたらお前の母親は、悪神として担ぎ上げられて、人間の都合のいいように捻じ曲げられるけどな」

 「それは」


 酷い脅し文句であるとともに、「殺せよ」という言葉も本心だ。もちろん大いに抵抗させてもらうがな。ここからだってまだ、俺には勝ち筋があるんだよ。


 「選べよ」


 こんな幼い子供に迫る2択ではないと思いながら、それでも背負ってしまった業を分けるように、俺は少女に選択を迫る。


 「今ここで俺を殺して、母親の名声を地に堕とすか、自身の善性を証明して、母親の素晴らしさを世に知らしめるか」


 どちらにしたって、耐え難い苦悩が壁として立ちはだかるだろう。


 だからこれは俺には選べない。茨の道を進むというのは、覚悟を決めた者にしか到底できないのだから。

 

 「お母さんはいつも言っていた」

 

 長い沈黙の後、彼女は口を開いた。紡がれたのは、母親が残したこんな言葉。


 「欲張りに生きなさいって。小さなことも大きなことも、何一つ取りこぼすことなくって」


 「それでもうまくいかないことも、叶わないことだってある。でもそれを、最初から諦めることはダメだって」


 それにしても流暢に話すな。年相応でなく、それ以上の賢さを感じる。


 「いい言葉じゃないか。さすがは神獣だな」

 「そう。お母さんはすごい。お前は絶対に、それを忘れちゃいけない」


 「そうだな、あいにく忘れられそうもない」


 きっとこの世界で、この少女の次に知っているのが俺だろう。


 「私は欲張りに生きるから」

 「ん?ああ、ぜひそうすればいいと俺も思う」


 「言ったな?」

 「??ああ、言ったが?」


 いまいち彼女の言いたいことがわからない。急にお母さんの自慢を始めたと思ったら、人生欲張り宣言だ。


 「私はお母さんの名誉を守る。「御伽話」はただの作り話じゃないってことを、証明してみせる」

 「へぇ、それは素敵なことだな」


 それにしても、「御伽話」ね。案外本当に全部真実だったりするのかね?


 「そして、お前も殺す」

 「ーーーーは?」


 おいおいおい。俺の話はちゃんと聞いていたか?


 「まだ理解していないのか?主人である俺を殺したら、神獣の善性は疑われ、「御伽話」どころか名誉すら失われるんだぞ!?」


 いい方向に流れが傾き始めたと思ったら、急にとんでもないことを言い出す少女に焦る。


 「別に、私が殺すわけじゃないから大丈夫」

 「へ?」


 「事故死、病死、人が死ぬ理由なんていくらでもある。お前はお母さんとの戦いで弱っていると聞いた。だから自分の実力を見誤って、ころっと魔獣に殺されたりしたってなんもおかしくない」

 「おい、お前まさか」


 「そう。私は賢いから、一人の人間の死ぐらい偽装してみせる。できるだけ優しく殺してあげるから安心して」

 「安心できるかぁ!おまっ、マジで言ってんのか!?」


 課せられたミッションはこなす。その傍で、虎視眈々と命を奪う宣言に、流石の俺も面食らってしまう。どうやらとんでもないガキを拾ってきてしまったらしい。いや、そもそも拾ったのは俺じゃないから、第一発見者にはちゃんと責任をとっていただきたいものだ。


 「うん。これからよろしくね?」


 蠱惑的な笑みを浮かべる目の前の少女……フェリと名乗った「御伽話」から出てきた少女との出会いは、病み上がりの俺にはいささか刺激的すぎた。



ーーーー


 「はぁ……俺の平穏な生活はどこにいった?」

 「お母さんと戦ってた時点で、平穏ではなかったでしょ」


 依頼から帰ってきてその晩。俺は宿で安酒を煽っていた。最近の日課である。酒でも飲まなければやってられないのである。ちなみにフェリがお酌をしてくれてる訳では当然ない。すでにベットに横になった彼女が、口だけで返事をしているだけだ


 あの神獣との戦いから、すでに2年が経っている。フェリは俺を殺すための準備を着々と進めていた。


 まず彼女が行ったのが、俺の印象操作である。


 これは簡単に上手くいったようだ。なんせ、彼女が何かをするまでもなく、俺は「親殺し」として名が売れてしまったからだ。


 もともと国王に名前が知られているほどに有名人だったわけだが、今回の依頼が失敗に終わったこと、そして保護された少女の親を殺してしまっていること、そしてその親が、民衆にも信仰されている神獣であったこと。


 何も知らない平民どもは、ここぞとばかりに俺を叩いた。正直泣きそうになった。俺ってこんなに嫌われていたのか。こいつらのために、大きな後遺症も負ったという事実に俺は歯噛みした。


 そして広まった悪評に乗っかるように、彼女は「かわいそうな女の子」を演じてみせた。効果は抜群だった。あっという間に俺は街1番の嫌われ者だ。


 片や友人に囲まれ楽しそうに生活し、片や同業者にも冷たい視線を向けられる毎日。


 (いっそのこと、都合よく事故死でもしてやるか?)


 なんてネガティブなことを考えてしまうぐらいには、俺は精神的に参っていた。最近は酒の飲み過ぎか、体の調子だってすこぶる悪い。


 (なんなら、これが狙いなのかもな)

 

 事実俺は、目の前が真っ暗な感覚に襲われている。

 

 金もない。これでもかなりの稼ぎだったのだが、直近にでかい買い物をしていたせいで、貯金は無くなってしまっていた。唯一の肉親とも今回の件で縁を切られた。まぁあいつに関しては、色々と考えがありそうだが。


 魔法が使えなくなったため、俺は全盛期の10分の1ほどの実力しか出せなくなってしまった。今ではDランクの依頼をなんとかこなすので精一杯である。フェリが本気を出せばAランクの依頼も問題なくこなせそうだが、そんなことをすればあっという間に攻撃の余波に巻き込まれエンドである。


 ちなみに神獣は脅威のSSランク。そんなの見たことも聞いたこともない。それなのに報酬は結局ゼロ。手当も保証も何にもなし。


 それを告げられた際、俺はブチギレてしまった。理性で抑えなければいけない場面で、あろうことか、この国で1番偉い人の前で剣を抜いてしまったのだ。


 当然簡単に制圧され、国王様の前でボッコボコ。打首にならなかっただけマシである。もうすでにこの国に、俺の居場所は無くなっていた。


 「あんな依頼、受けるんじゃなかった」

 「そう。後悔して。そしてそのままのたれ死ね」


 「ほんと、口悪いのなお前」

 「お前じゃない、フェリ」


 「……はいはい」


 彼女はとても純粋だ。混じり気のない殺気を、毎日のように浴びせてくるため心も体も休まらない。


 だから仕方ない。そう言い訳をして、度数が強いだけの美味しくもない酒を煽る。降りかかる酩酊感に身を任せ、机に突っ伏してそのまま瞳を閉じる。


 ほら、殺すチャンスだぞ。

 

 そんなことを思いながら俺は意識を手放した。

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