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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
誘い(いざない)
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パールホワイトのカムリは外装はもちろん、車内も思いのほか美しかった。おそらく買って間もない新車だろう。カムリは本町中央通りから右折して南の方角へ向かっていたが、しばらくの間、会話もなく沈黙が続いている。FMラジオのDJが今はやりの歌を紹介しているが、涼子はあまり好きな曲ではない。

「さっきの話ですけど…」

高木のほうから少し言いにくそうに切り出した。

「山野さんほんとにボーイフレンドとかいないんですか?」

「ん?急に何を聞くのかと思ったらまたその話?ですか?」

運転で前を向いている高木の横顔を見た。

涼子は高木が自分より年上であることを知っていたので、仕事中もできるだけ敬語を使うように心掛けているのだが、高木が自分に対して極端に丁寧に話すこともあって、傍で聞いていると、涼子だけが上から目線で偉そうな口調になっていることに以前から気にはなっていた。

「そんなこと、お聞きになってもしょうがないでしょ?」

涼子はわざと会社の上司を相手にした時のように切り返した。

「いやあー、僕ら業者の間では、山野さんの話題がよく出るんです。何で山野さんみたいな人に浮いた話がひとつも出てこないんだろうって」

高木はチラッと涼子を見てからすぐに前に向き直った。

「そんなことばっかり言ってたら、ほんとうに怒りますよ」

涼子は前を向いたまま眉根を寄せて不機嫌そうにしている。

「あっ、すいません。そ、そうですよね。人のことなんか放っておけばいいんですよね」

高木は男同士の俗な話題なんかこんなものですよと謝りながら、それを自身にも言い聞かせているようだったので、涼子はそれ以上何も答えなかった。また沈黙が続いた。

「唐突ですけど、また機会がありましたら、一度食事にでも行きませんか?よければ、上田さんなんかも一緒に、山野さんチーム全員ご招待しますので」

高木はさっきの話題がなかったことのように笑顔で問い掛けた。

「そうですね。接待なんかしなくていいですけど、今のプロジェクトが終わったら、いくらかの会費制にして、他の協力会社さんなんかも何人か呼んで打ち上げみたいなことにしましょうか?」

涼子はうんうんと頷きながら高木の横顔に向き直った。

「僕、幹事しますよ」

高木は涼子が言い終わるか終わらないかのうちに答えた。

「あっと、次の信号です。そこUターンしてください。ここはUターンOKですから」

涼子は次の三差路を指差した。

高木のカムリは対向車に遮られることなくゆっくりUターンして、その次の角を涼子の指示されるままに左折した。涼子は高木の車に乗ったときからずっと気になっていたのだが、その心配事は見事に的中し、紺色のヤリスのリアガラスがいつもの場所で夕陽に照らされて眩しく光っていた。

今夜はできればひとりでいたかった。というよりも、裕樹の世話をする気にはなれなかったというほうが正しいかもしれない。

「高木さん、次の角、右に曲がってくれますか?」

涼子は自宅マンションのひとつ手前の角を指示した。

「あっ、はい」

突然だったので、高木はブレーキを踏んで慌ててステアリングをきったため少しタイヤの軋む音がした。

「高木さん、さっきのお食事の話ですけど、今晩はどうですか?」

「えっ、なに?それ。急にどうしたんですか?」

高木はちょっと驚いたような表情をしながら、また次の角を右折した。その道を行くと今来た幹線道路に出ることがわかっている。

「ええ、別に構わないですけど。まあ会社に戻っても大した仕事が残っている訳でもないし…。承知しましたっ!」

高木は幹線道路に出る信号が青に変わるのを見て嬉しそうな顔付きで車を発進させた。

「山野さん、ホント何考えてるんだか、わかんないですね」

高木は運転しながら涼子の横顔をチラッと見た。

「何にも考えていないわよ。折角あたしを誘っていただいているのにって思っただけ」

高木は涼子の言葉のなかに少しの嘘が混ざっていることに気付いたが、大橋裕樹の車が涼子の自宅マンション前で待っていたことが原因であることなど知る由もなかった。

しばらく北の方角に走っていたが、何が食べたいかという高木の問い掛けに、涼子が曖昧な返事を繰り返したため、高木は思いついたように左折して、飲食店が多数集まる市内で一番の繁華街へ入っていき、その中心にある公営駐車場へ車を滑り込ませた。

その日、高木は普段行きつけにしているらしい小粋な割烹と大学時代のバンド仲間がオーナーだという上品なショットバーへ涼子を連れていき、午後11時過ぎには自宅マンションまでタクシーで送ってくれた。

「今日はごちそうさまでした」

涼子は久しぶりに楽しく飲めたとのことで、かなり上機嫌だった。

「また一緒に飲みましょうか?今度は私が奢りますから」

「いえいえ、山野さんと一緒だったらいつでもご馳走させていただきますよ。今日はお付き合いいただきありがとうございました」

高木自身も得意先の担当者と飲んだわりには比較的リラックスできたせいか、年甲斐もなくマンションの入り口で最敬礼するような仕草をして、待たせているタクシー運転手を苦笑いさせた。涼子はウインカーが点滅するタクシーのテールランプにブレーキランプが重なって、すぐに暗闇になった十字路を確認してからマンションのエントランスに入った。


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