7
その日の午後5時半過ぎ、涼子がディスプレイのカラーイメージをクライアントと打ち合わせをして会社に戻ると、高木はすでに受付カウンター前で待っていた。
「おかえりなさい」
「お疲れ様です」
上田、友理奈、佳織から交互の声に交じって、相変わらず元気なく高木も声をかけた。
「スケジュール表、持ってきました」
「ちょっと待っててください。お手洗い行かせて。こっち入ってきて、この椅子に座ってもいいですから」
涼子はいつものミーティングルームではなく、オフィススペースの自分のデスク前にある来客用の椅子を指さして、バーバリーの2WAYバッグとプレゼン用の大きな社用封筒をデスクの上に置いてオフィススペースからから出て行った。
「麻生さん、お昼に打ち合わせいただいた内容で問題なく進みそうですよ。金型マスターの承認には来ていただけるんでしょ?」
高木は涼子に指示された来客用の椅子に腰を下ろしながらその手前のデザインスペースで作業をしている友理奈に振り向いた。
「ええ、山野と一緒に行く予定にしていますけど、いつになりますか?」
友理奈は画像処理をしていたモニターディスプレイから目を離して尋ねた。
「えーとね、来週金曜日の昼からですね。2時からの予定です。金型工場でやろうと思っています。」
「うん、あたしはそれで大丈夫。山野の都合は…」
友理奈が高木に向かって頷いたところへちょうど涼子が戻ってきた。
「チーフ、高木さんがマスター承認、来週金曜の2時からですって、都合どうですか?」
「ん?そうなの」
涼子は自分の席に座りながら、戻ってきてから置きっぱなしのバッグをデスクの引き出しに入れて、社用封筒の中身を確かめながらそれも別の引き出しに仕舞った。
「大丈夫…だと思うけど…」
涼子はコンピュータを起動させてスケジュール管理ソフトを開こうとしている。
「はい、了解です。金曜の午後2時からね。例の金型屋さんですよね?」
「はい、そうです。」
高木は首を縦に2度振って大きく頷きながら応えた。
涼子は管理ソフトにその予定を入力すると、高木が持ってきた生産工程表と見積書を手に取って、しばらく各工程とその金額をひとつひとつチェックするように見ている。
「はい、これもOKよ。麻生ちゃんもこの時間で大丈夫だよね?」
涼子が同意を求めて目を向けると同時に友理奈も頷いた。
「金額のほうもこれで問題なし?ですね?」
高木はちょっと自信なさそうな顔をしている。
「これがベストなんですよね?」
涼子は問い詰めるような目で高木を見た。
「ま、そうなんですけど、チーフがおっしゃってた価格に届かなかったものですから…」
涼子は女子高生のような表情でニコッと微笑んだ。
「上田君のディスプレイはそこそこ利益出していると思うから、そっちのほうでトータルから40万円値引いてください」
「えっ?あ、はい、そうです...。わ、わかりました。チーフには降参です」
高木は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの愛想の良い笑顔を浮かべた。
「そのディスプレイもファイナルチェックしたいからできるだけ早くサンプル持ってきてくださいね」
「はい、さっき上田さんとパースイメージを確認していたところです。再来週の初めには見てもらえる予定です」
「わかったわ。よろしくお願いしますね」
「はい、承知しました。どうもありがとうございました」
高木は立ち上がると深く頭を下げ、オフィスのドアの前でもう一度深々と礼をしてから出ていった。