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それから数日のあいだ、チームメンバーはそれぞれ担当の業者打ち合わせと発注業務などで多忙を極めたが、何とかひと段落したその日、涼子はキャンペーン告知用ポスターのデザインをディレクションするために朝からデザイナーの佳織と2人でモニターの前にいた。
「おはようございます」
聞きなれた何となく元気のない声が受付カウンターで聞こえた。
「山野さん、いらっしゃいますか?」
「んーとっ、ちょっと待っててください。すぐ行きますから。ミーティングスルームのほうに…」
涼子はモニターを見つめたまま応えた。
細かい部分の修正などを佳織に指示し終えた涼子がミーティングルームへ行くと、いつもの笑顔で高木敬介が待っていた。
「おはようございます。朝から忙しそうですね」
「ええ、まあ。でも昨日でとりあえずはひと段落したから、今日はちょっとゆっくりできそうだわ」
それには応えず高木は持ってきた紙製のショッピングバッグからプラスチック製のランチボックスを取り出した。
「えーと、モデルの形状修正分です」
今回は秋の行楽シーズンと兼ね合わせて来場記念品にしたオリジナルランチボックスのモックアップモデルである。以前はモデル製作といえばほぼ職人の手作りで、時間も費用もそれなりに必要だったが、近年の3Dプリンターの進化が目覚ましく、劇的に性能が向上したおかげですべて短縮できてしかも安価である。
「金型の手配は昨日しておきました。あとは金型マスターを承認していただくことになります」
「そうね、その後の量産までのスケジュールを明日には出しておいてくださいね。
涼子はモックアップモデルの形状を確認しながら言った。
「はい、承知しています。それで山野さん、今日の夕方はお手隙ですか?」
「ん?どうしたの?たぶん問題ないと思うけど何ですか?」
涼子は図面上の修正部分とモックアップを見比べて、デジタルノギスでそのサイズを確認している。
「それでしたら、このあと麻生さんと図面の打ち合わせをして、今日の夕方までにはスケジュール表を作って持ってきます」
「そうなの?それじゃお願い。そうしましょう。それで価格の件ですけど、型代は仕方ないとしても、製品代あと5円は下げてもらわないとどうにもならないんだけど…」
涼子は以前高木からもらった見積書の単価欄を右手の中指でトントンと指し示しながら、突き返すように差し出した。
「そうですよね。その辺の状況は理解しているんですけど、今のところそこまでしか出せないんです」
高木がこめかみ辺りを掻きながら申し訳なさそうな顔をすると、涼子は逆にちょっとムキになった顔つきになった。
「それだったら出せるようになってからでいいですから、再見積してくれますか?」
「はい、考えてみます。それと、ディスプレイのほうは以前からお話ししていた形ですので問題ないと思うんですけど、そっちはどうでしょうか?」
高木は話題を変えると、元の真剣な顔に戻っていた。
「そうですね。これはOK。じゃあ、スケジュール表は夕方6時くらいね?待ってます。えーと、今から打合せするんですよね?麻生呼んできますね」
涼子は高木が頷くより早くさっさと席を立って、ミーティングルームから出ていきながら、自分のなかに生じてきたサディスティックな感覚を認識して、訳もなくふっと微笑んでしまった。