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遅い昼食を会社近くの喫茶店で済ませて自席に戻ると、ディスプレイの製作業者である高木敬介が待っていた。高木の会社は、涼子の会社で営業部長職にある清原勝男の大学時代の同級生である濱口徹が起業した社員20名に満たない小さな企業で、いわば製造現場や工場などを取り持つ仲介業者なのだが、それなりのブレーンとオペレーションスタッフを持っていて、使う側としては非常に便利な存在であった。清原との関係もあって、もともと社長の濱口自らが営業にきていたが、国内中堅の包装資材メーカーにいた高木敬介を大学の後輩ということでヘッドハンティングしたらしく、今年4月からその高木が担当している。
「おかえりなさい。えーと、それでご連絡いただきまして…」
涼子はチームミーティングを終えたあと、高木に打ち合わせに来るよう伝えておいた。
「このあいだから、何度か見積り出してもらった秋の装飾品の案件あったでしょ。あれ決まったから細かいところ詰めてってほしいの」
「あっ、そうなんですね。ありがとうございます」
高木は笑顔で頭を下げた。
「麻生がデザインした来場記念品のランチボックス12万個と上田のディスプレイが80キットで決まり。両方とも高木さんところでお願いします」
「ディスプレイのほうは先日提出したサンプル形状でOKですか?」
「ええそうよ、基本的には問題なし。細かいところはこっちで確認しておきます。だから今日のところは最終のデザインパースを渡しますから、最終見積という形でもう一度価格検証して提出してくれますか?」
涼子は提案書の一部をカラーコピーしたものを高木に渡した。
「しかし山野さんって、たいしたものですよね」
高木は受け取ったカラーコピーを見ながら独り言のように呟いてから大きく頷いた。
「OKです!大筋は変わってないようですので、明日午前中には最終見積を提出させていただきます」
涼子は高木のこの手際の良さが気に入っていた。涼子の会社では多くの製作会社やメーカーと取引していたが、見積や試作の依頼をしても、それがいつ提示されるのか、またいつ完成するのかなど、すぐに明確にならない場合が少なくないが、高木はそうではなかった。実際のところ、確信があってそのように即答できているのか定かではないが、少なくとも今までにその約束を違えたことはなかった。
その日はチーム全員、高木以外の製作業者も交えて遅くまで打ち合わせが続いたが、大橋裕樹は得意先に納品があるとのことで参加していなかった。実のところ涼子はほっとしていた。というのも、大型受注ができた日やプレゼンテーションが成功したときは、涼子のチームの営業担当ということでミーティングや打ち合わせに参加し、そのあと裕樹は必ず涼子の部屋へやってきた。昨日、朝方まで涼子の部屋で過ごしていった後だけに、涼子自身はそんな気になれなかったのである。その日のミーティングの後は、みんなで隣のビルの1階にある居酒屋『桃太朗』で食事をしてから解散し帰路についた。
涼子は快い疲れとかすかな酔いで気持ちがよかった。バスルームから出て部屋着にしているスウェットを着ると、そのままソファに寝転がって、アイフォンに収録してある大好きなクリストファー・クロスをリビングのミニコンポにブルートゥースで繋いで聴きながら天井を見つめていた。天井のクロス模様を迷路ゲームのように目で辿りながら、裕樹のことを考えていた。昨日もそうであったように、裕樹は自分の好きなときに訪ねてきて涼子を抱いて、ひと眠りすると帰っていく。たまの休日にドライブに出かけても、仕事に関わる愚痴やつまらない相談事とか、取り留めのない話題で時を過ごしながら一日を終える。食事代などはほとんど割り勘で、下手をするとガソリン代まで涼子が出すことになる。付き合い始めた頃の裕樹であれば、涼子に素晴らしいアイデアを発想させるきっかけを数多く作ってくれたが、今は精神的にも肉体的にも、また金銭的にさえそのメリットを見出せない。自分自身の生活のなかで、裕樹の存在が不可欠になりつつあるのは理解しているのだが、それがどうしてなのか涼子自身にもわからない。祐樹を甘やかしたり、逆に意地悪したりすること自体をゲームのように楽しんでいるのかもしれない。いや、ただの母性本能的感情?涼子は頭の中でそんな思考錯誤を繰り返しながら、ゆっくりと眠りの園に落ちていった。