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高木敬介の葬儀は実家近隣の公営葬儀場で行われた。父親を早くに亡くした敬介を女手ひとつで育てた母幸恵は公立中学の現役の教師でいまは校長を務めており、あと2年で定年を迎える予定だ。死因が死因だけに、学校関係者への葬儀連絡はせず、自身も忌引き休暇ではなく、通常の有給休暇で申請し、ほぼ身内だけの小さな葬儀であった。敬介の勤務先社長濱口徹の手助けも断って、すべてひとりで葬儀を取り仕切ったようだ。もちろん不仲であった妻綾子には逝去連絡すらしていない。友人関係も深田慎一郎含めた学生時代のバンド仲間3人だけとのことだった。会社間では簡単な逝去告知があったが、涼子が葬儀に参列できるはずもなく、濱口徹との関係もあって取引先の営業部長として清原勝男が参列した。
涼子は落ち込んでいるのが自分でも分かっていた。チームスタッフから見てもそれが歴然としていたらしく、業務ひとつひとつにいつもの切れ味がないようだ。
「チーフ、大丈夫ですか?」
いつも目聡い上田が早速声を掛けてくる。
「ん?なに?別にフツーだよ」
涼子は何もなかったように応える。
「いいえ、なんか変です。絶対あやしい」
佳織が大きな丸い目で睨んでくる。
「ひょっとして、高木さんが亡くなったことと関係あるんじゃないですか?」
友理奈はすました顔のまま同調する。
「うん、そうですね。それ,当たりかもっ」
上田がみんなの意を得たものと確信して押し込んでくる。
「まあ、それもあるんだけど…。そう、いろいろあるのよ、他にもね。ゴメンね。みんなに心配かけちゃったみたいね。でも、もう大丈夫だから」
涼子は「はいはい」と拍手をするように手を叩いてそれぞれの業務に戻るよう促した。
週が明けて試乗会イベントのファイナルプレゼンテーションは大成功に終わり、プレゼン内容はほぼ変更なしで受注することができた。高木敬介のアイデアを基にしたイベントの肝となるQRコード使用の告知方法が評価され、上田と友理奈のクリエイティブなグッズプランとアイデアは絶賛された。また佳織の書き起こした新キャラクター三体はこのイベントが終了したあとも、主要車種広告のメインキャラクターとして使用してもらえることになり、新たなオファーも請けることもできた。
涼子はチーム3人といつもの〈桃太朗〉で受注祝いを行った。
「さあ、今夜は大成功のお祝いよ!しっかり食べて!飲んでね!」
涼子は上機嫌だった。チーム全体で作ったイベント企画が社内はもちろん、クライアントにも大絶賛され、佳織が描き起こしたオリジナルキャラクターを新企画で採用されることになったのだからこれほど嬉しいことはない。
「佳織ちゃんのキャラクターデザインが認められたのはもちろんのこと、みんなの洞察力や戦略的な視点はこのチームを次のステージへステップアップしてくれました。ほんとにありがとう!」
うまくいけばこの自動車メーカーの主要車種のテレビCMをプロデュースできるところまできている。
「チーフ、よかったですね」
「みんなのおかげよ。ありがとう!」
涼子は優秀なスタッフを持ってほんとうに恵まれていると心の底からそう思った。
「チーフ、元気なくして、休み明けになんかボーッとしていて、どうなることかと思って心配しましたよ」
上田がいつものことながら遠慮なく言い放ってくる。
「そうそう、ほんと、マジで心配したんですから」
佳織がビールジョッキを涼子に向けて睨んでいる。
「それどころじゃなかった?ですよね?」
わかっているような友理奈と目が合った。
「もーっ、みんなであたしを虐めるつもり?今夜はお祝いするんじゃなかったの?」
涼子は笑顔を見せながら唇を突き出している。
「その亡くなった高木さんなんだけどさあ。癌だったって聞いてる?」
佳織が誰に言うではなく訊ねた。
「うん、そうみたいだね。なんか手術できないほどのひどい状態だったって聞いたよ」
上田がみんなを見渡すように応えた。
「わかんないものよね。あんなに元気そうにみえたのにね」
友理奈もそれに応える。
「チーフは何か聞いてたんですか?」
上田が涼子の顔を見る。
「聞いてたって?何を?」
涼子はちょっと惚けながら茄子の田楽に箸を伸ばした。
「高木さんの癌のこと」
上田が促す。
「うん、濱口社長から少しだけね。本人がもう治療したくないって言ったそうよ」
涼子は敬介本人から聞いたことを社長の濱口徹から聞いたことにした。
「へーっ、そうなんですか?」
「すでに手術できない状態で、抗がん剤飲んでもただの延命にしかならないからって」
「ふーん、勇気があるのか、ないのかよくわかんないけど、俺だったら少しでも長く生きたいって考えるかもしれないなあ」
友理奈は上田の言葉に頷きながら鶏のから揚げを小皿に取ってからビールを一口飲んだ。
佳織は神妙そうな顔をしてジョッキに残ったビールを飲みほして近くにいた女性店員に思い直したように声を掛けた。
「レモンサワーお願いしま~すっ!」
「まあ、人それぞれだからね」
涼子は焦点の定まらない目で呟いていた。




