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「チーフ、到着しましたよ」
「どうかしたんですか?ボーッとして」
「気分でも悪いんですか?」
上田と大橋裕樹が交互に言った。
「んっ?いえ、ちょっと考え事してただけ」
裕樹のいま言った言葉が昨夜と同じであったことが可笑しくて、思わずにっこり微笑んでしまった。
「チーフ、朝から思い出し笑いするって、昨日何かいいことあったんですかあ?なんか怪しいなあ」
勘のいい上田がそんな涼子を見ながらニヤニヤしている。涼子はそれには応えず、さっさと目的のビルのエントランスへ歩き出した。
クラアントとの打ち合わせはスムーズに進み、涼子が昨晩念入りにチェックしたこともあって、ほとんど企画書通りで採用されることになった。あとは詳細のデザイン制作やツール自体の作成となり、試作をサンプリングして量産していく工程となる。
涼子は会社へ戻るとすぐにチーム全員でミーティングを開き、ソフト、ハードの担当窓口を決めると、営業部の裕樹にそれぞれをフォローするよう依頼した。涼子のディレクションが完了した後はハードを製作業者に直接依頼しなければならないため、それぞれにきちんとしたデザインフォーマットを作り上げるよう指示していく。上田にはメインとなる装飾ディスプレイ、志水佳織が印刷物関連、そしてチーム内のもうひとりのデザイナー麻生友梨奈にはノベルティグッズを担当させる。麻生友梨奈は今年26歳で、女性としては珍しく、有名芸術大学の工業デザイン科を卒業しており、本来なら大手メーカーで商品デサインを手掛けられるぐらいの知識と能力を併せ持っているのだが、卒業したあと就職試験も受けず、親がそこそこの資産家であるらしく、その脛を存分にかじって2年近くアメリカ大陸を放浪していたというから、かなりの変わりものである。無口ではあるが、デザインに関わる技術力と自分の意思を曲げない頑固さで、チーム内はもちろん制作部全体のなかでも一目置かれている。美人というほどではないが、ウェーブのかかったミディアムヘアーで目鼻立ちがしっかりした所謂男好きのする顔つきである。
「さあーっ、明日から忙しくなるわよ。みんな頑張ってねっ!」
涼子はミーティングを終えた。