34 ビトゥイン・ザ・シーツ(ベッドに入って)
高木と涼子は部屋に戻り、改めて顔を見合わせると、2人ともなんとなく気恥ずかしくなり、ベランダのガラス戸越しに並んで薄暮の山並みを眺めていた。
「ここからの景色きれいですよね」
高木はその山並みから目を離さず問いかけるように呟いた。
「ええ…」
涼子も同じように前を見たまま応えた。
「ほんとにずっと好きだったんですよね…」
「えっ…」
「山野さんのこと…。初めて会ったときからずっと…」
高木は続ける。
「キスしていいですか?」
涼子は何も言わなかったが、高木は涼子の肩をゆっくり抱き寄せ、唇を重ねてきたので涼子も高木の背中に腕を回してそれに応えた。
そのままベッドに倒れ込んでからの時間はとても素敵なひとときだった。高木とのセックスは今までに味わったことがないほど、どこまでも優しさが溢れていた。涼子は恥ずかしげもなく声を上げて夢中になってしまった。
「そろそろ準備しないとだめですよ」
高木はまだ微睡みの中にいる涼子の肩に手を添えて言葉をかけた。涼子は高木のその声に小さく頷いたが、正直なところもうしばらくこの極上の時間を継続していたかった。仕方なくその気持ちを断ち切ってシーツに包まったまま身体を起こすと、そのままの姿でバスルームへ入っていった。
涼子と高木はついさきほどの2人の出来事を深田たちに気付かれないよう気持ちを整えながら、約束時間より少し早い目に中華レストランへいきテーブルに着いていた。深田兄妹はそれを知ってか知らずか、ただ単に2人だけの時間に気を利かせただけのことなのか、約束時間よりちょっと遅れてやってきた。
四川料理のフルコースは少々辛すぎる料理もあったが全般としては美味しかった。デザートの杏仁豆腐とライチのシャーベットが出てきたとき、深田が口火を切って高木に尋ねた。
「それはそうと敬介さあ、みんなっていうか、まあ、俺は別として、涼子ちゃんも澪も、おまえの病気のこと気にしてるんだからさあ、ちゃんと話しといたほうがいいんじゃないのか?」
急に振られた高木は口にしていたシャーベットのスプーンを置いて、3人それぞれに視線を向けた。
「ああ、そうだな…。んーとね、僕の癌はね、もう手の施しようがないんですよ。治療しても完治する可能性はほぼゼロに近いらしい…」
高木は涼子と澪を交互に見つめた。
「ゼロに近いって、でも全くのゼロじゃないんでしょ?」
涼子が先に尋ねた。
「いや、ゼロだと言っていいかも。もちろんもう手術はできないから、抗がん剤を投与するしかないんだけど、副作用がすごく辛いわりには長くて1年ぐらいのただの延命処置みたいな結果にしかならないようです」
高木は誰を見るわけでもなく視線を空間に漂わせた。
「敬介はそれでいいの?」
澪がいつものように高木を呼び捨てにして尋ねた。
「よくはないけど、いろいろ考えた結果なんだよ。これが周りにできるだけ迷惑をかけない最善の方法だってね」
高木はちょっと寂しげな表情で無理に笑みを浮かべた。
「自覚症状はないって言ってたけど、ほんとうに?痛くないの?」
今度は涼子が高木を見た。
「まあ、ずっと痛いわけじゃないので…。痛みが出た時は処方してもらってる鎮痛剤で治まってるから今のところ大丈夫ですよ」
高木は笑顔で答えた。
「そっか、敬介がそう言うんなら。それでいいじゃん。ねっ慎兄!」
澪が相変わらずのため口で高木を睨むように見てから、深田に同意を求めて微笑んでみせた。
「そうだな、こんな奴。心配したほうがバカを見るからな」
深田が大声で笑ったのにつられて、高木も含めてみんな一緒に大笑いしたが、涼子はその笑顔とは裏腹に言いようのない澱が心のなかに沈んでいくのがわかった。




