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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
終焉の始まり
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 翌朝、何故か営業担当の大橋裕樹ではなく、営業一課長の直田浩二から試乗会イベントは正式受注できたとの連絡があったが、クライアントが今週末から休暇に入ってしまうので詳細の打ち合わせはお互いの休み明けから行うことでフィクスできているとのことだった。

 志水佳織が描き起こした3種類のオリジナルキャラクターとそれをメインにした告知ポスターと折り込みチラシのデザイン、上田敏明と麻生友理奈で考案したスマートキーのアクセサリーと新型車をモチーフにしたティッシュボックス、それらを取りまとめた来場者宛の案内状などをディレクションできる準備を夏季休暇前に整えておこうとしていたところへ高木からのLINEが着信した。

《慎のクルマで3人は辛いですか?》

ちょっと考えてから返信する。

【いえ別に構わないけど】

《あの車リアシート狭いから》

【乗せてもらったから知ってる】

《新幹線のほうがいいかも》

【そうなの?】

《帰りは僕のクルマと取替えればいいから》

【そんなことできるの?】

《問題なし!JRチケット準備します》

《明日にでも慎にクラブ取りにいかせます》

涼子はその画面を見つめて笑顔を浮かべながら返信した。

【わかりました】

 早く仕事を片付けてしまわないと。急に気持ちが昂ってきたのがわかる。高木とプチ旅行ができる。中学生の頃、別のクラスの男の子に告白されて初めてデートしたときのような淡い昂ぶりである。

〘涼子、お前は何を考えている。彼は妻帯者で、しかも重篤な病を患っているんだ〙

涼子は頭の中でもうひとりの自分から叱責されていた。

〈それはわかってるよ。でもどうしたらいいのかわかんない。だから無責任だけど成り行きに任せるしかないの〉

自身の中で鬩ぎ合っていた。

モニター上で佳織がデザインしたキャラクターの配置を見ながらそれぞれにコピーを組み込んでいくが、頭の中ではそれとはまったく異なる画面が巡ってくる。

そんな涼子の気持ちを知ってか知らずか、例によって上田がニコニコしながらやってきた。

「チーフ、なんか嬉しそうですね」

涼子はディスプレイから顔を上げた。

「そう?」

上田は続ける。

「ええ、顔が緩んでるっていうか、綻んでるっていうか、なんかそんな感じです」

「そうかなあ。フツーだよ。それでなに?どうしたの?」

「はい、このキーアクセサリーなんですけど、濱口社長に話をしてみたんですね。そしたらベトナムで作りたいって言うんですよ」

「へーっ、ベトナムってそんなのちゃんと管理できるのかしら」

「そうなんですよね。中国だったらウチでも実績あるメーカーがあるんですけど」

「そうねえ…。でもあの人が言うんだから信じるしかないわね。何かあったら清原部長に押し付けちゃえばいいしね」

いつもの涼子らしくない言い草に上田はちょっと訝しがって頭の後ろを人差し指で掻いた。

「そんなんでいいんですか?」

「うん、まずは動かしてみようよ。ケツはあたしがちゃんと拭くから」

涼子のその言葉遣いにまた上田は驚いた。

「チーフ、どうかしたんですか?」

「ん?なにが?」

涼子は上目遣いで眉根を寄せた。

「何か変です。いつもと違いますよ。ケツ拭くって、そんな言いかたしたことなかったし、なんか居直ってるみたいな…」

「あたしが居直ってるって?何に居直るのよ?そんなわけないわよ」

涼子はわざと渋面を作ってみせた。

「だったらいいんですけど…」

上田はなおも訝しがった。

「はいはい、とにかく休み明けのスタートね。みんな頑張りましょ!」

涼子は立ち上がって拍手するように掌をパンパンと2度合わせた。

 その日は8時過ぎに帰宅した。昨日の後悔を打ち消すためにスーパーで食材を買い求め、肉じゃがを作ることにした。本格的にキッチンに立つのは久しぶりだ。スーパーを出てから調味料は大丈夫だったかと気が付いて心配だったが、かろうじて間に合いそうだ。しかし味醂の賞味期限は大幅にオーバーしていた。うんうん、久方ぶりの自前肉じゃがも悪くない。意外とおいしく出来上がっていると、ビールを飲みながら自画自賛していたところへテーブルの上に置いたスマホが着信音と共に振動した。ディスプレイに深田慎一郎の名が表示されている。

「こんばんは。いま大丈夫かな?」

「こんばんは。はい、問題ないです」

「明日にでもクラブ引き取りたいんだけど、何時ぐらいがいいかな?」

「あ、クラブですね。すみません、お手数かけちゃって。んーっと、そうですね。夜8時以降だったら何時でもOKです。あ、でも深田さん、お店あるから無理ですよね?」

「いや、今日からもう休むことにしたんだよ。どうせ暇だし、涼子ちゃんさえよければ今からでも行こうか?」

「ええ、私は構わないですけど」

「じゃあ、着いたらもういちど電話するよ。いまからそうだなあ、30~40分ってとこかな」

 深田はレクサスLCのエンジンを響かせて時間通りやってきた。マンションの前でゴルフバッグを手渡すと、代わりに新幹線のチケットを差し出しながら笑顔を見せた。

「新幹線でひとりにして申し訳ないって伝えてくれってさ。あいつ、柄にもなく気を遣ってるんだよ」

深田は静まり返った夜の街に響き渡るような大声で笑った。

「いえ、全然問題ないです。わざわざありがとうございます」

涼子は深田の笑い声の大きさをちょっと気にしながら頭を下げた。


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