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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
終焉の始まり
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 上田敏明から合同会議の出席依頼があった翌週の火曜日午後2時、参加予定者である涼子のチーム4人と制作部長の岩城康平および営業1課長の直田浩二と担当の大橋裕樹がミーティングルームに時間通り集まった。進行係の上田が営業担当である裕樹に前回の合同会議同様にプレゼン依頼を受けた経緯、クライアントである自動車メーカーの要望などを改めて報告するよう促した。続いて現状の制作部内の進行状況とそれに伴う問題点などを涼子が報告した。合同会議では営業、制作それぞれの立場から忌憚なく意見が出され、涼子が高木から提案されたQRコードをツールにする告知方法を事前に上田と検討して作成し直したプランが採用されることになり、詳細の随時報告は必要だが、その企画内容や進行方法は涼子にほぼ一任された。この合同会議のあいだ、大橋は営業担当として最初に行った報告以外まったく発言せず、涼子がプレゼン内容を説明しているあいだも涼子と目を合わせようともしなかった。また直属の上司である直田課長が意見を促しても、どこを見るわけでもないような視線のまま曖昧に答えるだけであった。涼子はそんな裕樹を見て、1年余りの裕樹との関係が完全に終わったことを確信するしかなかった。

 「さあ、また忙しくなるわよ。この案件も絶対成約させるからみんな頑張ってね」

涼子は合同会議終了後、早速チームでミーティングを行い、チーム3名それぞれに作業内容の確認と指示を行い、クライアントへのファイナルプレゼンに向けたスケジュールを組み立てていった。高木を見舞ったあの日以来、涼子の頭の中から離れなかった余命幾許もない高木から打ち明けられた涼子に対する思慕の念だが、それに抗うかのような多忙な毎日が慌ただしく過ぎていき、巷は全国的な夏季休暇シーズン目前で、何となく浮足立っているかのように感じられる盛夏の日々が続いていた。涼子は先週行われた試乗会イベントのファイナルプレゼンがチーム全員のアイデアとデザイン力が奏功して大成功を収め、いまは正式受注を待つばかりであった。

 涼子の会社も夏季休暇は世間並みに取ることができるが、涼子のように故郷と呼べるような場所を持っていない人間にとって、正月休暇より使い道のない時間が只々継続し、20歳前後の頃は海や山とかに行ってはしゃいでいたのだが、今となっては苦痛以外の何物でもない。昨年などは録画したまま観ていなかったTV番組とか、ネットフリックスやアマゾンプライムが配信している映画やTVドラマなどを裕樹と2人で片っ端から観て、そのあいだ食べ続けたジャンクフードのせいで、休み明けからダイエットに苦しむ日々を送ることになり未だに後悔している。今日は早く帰れそうだから、近所のスーパーで食材揃えて久しぶりに料理してみようかなどと考えているところへ高木からLINE着信があった。

《お休みはいつからですか?》

すぐに返信する。

【こんにちは。お身体はいかがです?】

《問題ないです》

【もしかしてゴルフの件?】

《はい》

涼子はちょっと慌ててしまった。ゴルフなんて何の準備もしていないし、ゆっくり話したかったというより、病気のことをもっと詳しく聞いてみたかった。時計を見るとすでに5時を回っている。

【6時ぐらいに電話してもいいですか?】

《僕のほうから電話します》

【わかりました】

「悪いけど、今日は先に帰りたいんだけど、何かあるかな?」

涼子はチームの3人にそう言いながら、デスク周りを片付け始めている。

「いえ、大丈夫ですよ。お疲れ様です」

志水佳織が頷きながら微笑む。

「あたしももう帰ります」

麻生友理奈が片手を軽く上げる。

「えっ、チーフ、デートですか?」

上田だけが余計なことを言って笑いかける。

「そんなわけないでしょ。まっすぐ帰るわよ」

涼子はさっさと身支度を整える。

「じゃあ、お先に!お疲れ!」

「お疲れさまでした」

涼子は右手を顔のそばに挙げてにっこり笑って席を立った。

 早く帰って高木とゆっくり話したい。このあいだの病院では思いがけず奥さんと出会ってしまった。そのせいか満足に話すこともできなかったし、転院の情報はまだ教えてもらってない。連絡しようかと何度も思ったが、詳細が確定できたら連絡すると言っていたので、それを待ったほうがいいとその度に思い直して留まった。

 涼子は6時5分前に帰宅することができた。

もう少し余裕を持った時間を告げればよかったと悔いながら部屋着に着替えているとスマホに着信があった。慌ててスワイプする。

「もしもし」

「高木です。さっきは失礼しました。もうご自宅ですか?」

「ええ、いま戻ったところです」

「大丈夫ですか?もうちょっと後にしましょうか?」

涼子がスピーカーで話しているのに気が付いたみたいで高木らしい気遣いをみせた。

「いえ、大丈夫…。です。」

「慎のやつ、いきなりとんでもないこと言ったみたいで、ホントすみません」

「いえ、それはいいんですけど、高木さん、身体は本当に大丈夫なの?」

「はい、問題ないですよ」

高木の声がちょっと笑ったように聞こえた。

「あ、そうだ、高木さん、いま何処ですか?前に言ってた療養ホテル?」

「そうです」

「じゃあ、パソコン持ってきてるよね?ズームはインストールしてる?」

涼子の口から敬語が出なくなっている。

「ええ、パソコンは持ってきてますよ。ズームも大丈夫です。」

「じゃあ、お願い。ビデオで話したい」

「えっと、はい、わかりました。山野さん個人のパソコンですか?会社のじゃなくって。メールアドレス送ってくれますか?こちらから招待しますよ。一旦この電話切りますね」

涼子はショートメールで個人使用のメールアドレスを送ってから個人所有のノートパソコンを起動した。

ほどなくして高木からズームのミーティング招待があった。

「これで問題ないですか?」

涼子のノートパソコンディプレイに高木の笑顔が映し出されている。

「OKよ!無理言ってごめんなさい。だってスマホのちっちゃい画面見てると、話したいことも話せなくなっちゃうみたいな、そんな気がするのね」

「そうなんですね。で、これだと何でも言えちゃうみたいな感じなんですね」

高木は涼子の言い草を真似て大きく笑った。

「うん、これでいい。高木さんのハンサムがよくわかるわ」

涼子もつられて声を上げて笑った。

「それで、そのゴルフするっていうのはですね。山野さん、ほんとなんですね?慎のやつに無理やり押しつけられたってことないですよね?」

「ええ、そんなことないわよ。ほんとよ。だから連れてってください」

「ふーん、ほんとそうなんですね」

高木はまだ半信半疑という顔をしている。

「それより、今いるホテルって何処なの?まだ全然教えてもらってないんだけど…」

涼子は不満そうな顔をした。

「ああ、そうですね。すみません。ここ那須高原です。空気が澄んでいて、しかも涼しくて、かなり居心地いいです」

「へー、そうなんだ。車だとここから3~4時間かかるのかな?」

「そうですね。でも新幹線だと1時間半ぐらいです」

高木の顔は何だか嬉しそうに見える。

「それでお休みは?いつから?」

涼子は高木が不治の病を患っていることも忘れて楽しく話し続けた。付き合っていた例の男性と別れたことも実名を明かして話した。提案してくれたQRコードを利用する試乗会イベントもほぼ成約できるので、グッズ製作は濱口社長に依頼する予定だとも伝えた。

 涼子は夕食を取ることも忘れて一方的に話し続けていた。高木は相槌を打ちながらずっと笑顔でそれに応えてくれていたがズームの時間制限を超えてしまったので、新たに深田慎一郎も加えてグループLINEでゴルフプレイの打ち合わせを行った。スケジュールは涼子の休暇日に合わせて2泊3日で1ラウンドすることになり、このゴルフ場は4名エントリーが必要とのことで、深田が高木も顔見知りの女性を連れてくるとのことだった。ゴルフ場のエントリーとホテル宿泊のアレンジメントは高木がすべて準備することになった。

 ひと通りの打ち合わせが終わって、すでに8時を過ぎようとしていた。大して空腹感もなかったが、何にも食べないわけにもいかないので、近所のコンビニで蒸し鶏サラダとピザトーストらしきものを買ってきた。ビールは欠かすことなく冷蔵庫に保存してあるので問題はない。それにしても侘しい夕食だとつくづく思う。とくに今夜は久しぶりにちゃんと料理しようと意気込んだにも拘わらずこの体たらくだ。グラスにビールを注ぎながら高木のことが頭から離れない。さっき3人で話したビデオ通話がたまらなく楽しかった。どうしてしまったんだろうあたし。確かに最初に会った時から好印象で、それが好意に変化していったのは間違いないが、以前のあたしだったらこんな気持ちになるはずがなかった。高木の余命3~4か月という得体の知れない魔物に私自身が落とされてしまったに違いない。でもそれで嫌な気持になったわけでもないし、どちらかと言えばいい気分だ。そう思えば、このまま成り行きに任せてしまっていいのかも知れない。


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