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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
終焉の始まり
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しょうがないなあ、女の酔っ払いは100年の恋も醒めるって知ってるかい?」

「まだ1杯しか飲んでないから酔ってないけどっ!」

「はいはい、承知しました。それ、しっかりお付き合いさせていただきます」

深田は後ろの棚からシェーカーを取り出して、「久しぶりにカクテル作ってみるか」と呟いて、「何が飲みたい?」と尋ねるように涼子に促した。

「サイドカー、お願いしますっ」

涼子はカクテルに詳しくはないが、人並みぐらいにはその名前を憶えている。確かブランディベースの定番のはずだ。

「承知しました」

深田はマーテルコルドンブルーを取り出して、メジャーカップでシェーカーに入れ、コアントロとレモンジュースを加えてシェークした。シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、氷がシェーカーの中で踊っているように感じた。

深田はカクテルグラスに注いだ黄色味を帯びた琥珀色のカクテルを涼子の前にコースターと共に押し出した。

「はい、どうぞ!コルドンブルーをカクテルに使うのはちょっと勿体ないんだけどね」

「そうなの?ブランディなんか普段飲まないからよくわかんない。でもカクテルなんか久しぶりだわ。こんなの飲む機会がここんとこ全然なかったから」

涼子は笑みを浮かべて、カクテルグラスのステムをそっと持って一口飲んでみる。

「うん、おいしい!さっぱりする。カクテル言葉は〈いつも二人で〉なんですよね?」

「そう、よく知ってるね」

深田も使ったシェーカーをシンクで洗いながら応えた。

「ええ、そう言えば誰に教わったのかなあ…、覚えてないなあ…」

グラスに残った液体を2口で飲み干して、グラスを持ったまま上目がちにして首を傾げた。

「ああ、そんな呑み方しちゃダメだよ」

深田は涼子に向かって人差し指をたてて左右に振った。

「深田さん、高木さんってホントひどい人ですよね」

「ん?ひどいって?」

「私にどうしろって言うのかしら...。確かに好きだって言ってくれるのは嬉しいけど、このあとどうすれば…。何をすればいいのかわかんないでしょ?余命4か月もないってどういうことなのよ」

「うん、確かにそうだよね」

深田はちょっと考えながら、クレームドカカオとガリアーノオーセンティコの細長いボトルを取り出し、シェーカーにそれぞれを入れてオレンジジュースと生クリームを加えてしっかりシェークした。同じようにカクテルグラスに少し泡だった黄金色の液体をシノワで濾しながら注いだ。

「はい、どうぞ。でも今夜はこれでおしまいですよ」

深田は涼子の前の空いたグラスと交換するようにそれを差し出した。

「これ、すごくきれいな金色ですね」

涼子は前に置かれたグラスに首を傾げて斜め横から見た。

「はい、これはゴールデンキャデラックというカクテル。カクテル言葉は?」

「わかんない」

「さっきのサイドカーの続き」

涼子はそのグラスを少し口にしてみた。

「ん?これチョコの味?あまーい。それにいい香り。アイスクリームっていうか、バニラですよね?」

涼子は腕組みをしてから目を閉じてじっと考えている。

「さっきのサイドカーの続きって…。うーん…、でもわかんない」

諦めたように大きな目を開いた。

「"至上の幸福” この上ない幸せってとこかな」

「ふーん、素敵な言葉ね」

「ほんとはあいだにちょっとエロいのが入るんだけどね」

深田はニヤッと笑った。

「えっ、なになに?」

涼子は目の下をうっすら赤くして尋ねた。

最初に飲んだジョージ・ディッケルのダブル以上のオン・ザ・ロックが効いてきたらしい。

「サイドカーにホワイトラムを加えたイメージで、ちょっとアルコール度は高くなっているけど口当たりがよくて飲みやすくしてあるんだ」

「うんうん」

涼子は頭を2度上下させた。

「‟ビトウィーン・ザ・シーツ” っていうカクテル、〈シーツにくるまれて〉っていうか、ま、〈ベッドに入って〉のほうがいいかな」

「へーっ、そんなのあるんだ」

「カクテルっていうのは女を口説くのに使う必須アイテムだからね」

「ふーん」

涼子はゴールデンキャデラックをもう一口飲んでみた。

「それで、その後のこれが〈この上ない幸せ〉ってねぇ…。それってどうなんだろ。何か女をバカにしているみたいですね」

深田はそれには応えす笑みを浮かべたまま、洗ったグラスを青いラインの入った真っ白なトルションで磨いている。

「そうそう、あれから敬介からなにか連絡あった?」

深田は磨いたグラスの透明感をカウンター上のペンダントライトで透かしながら思い直したように尋ねた。

「ええ、昨日お礼の電話がありました。それと退院するって言ってたけど…。それってホントに大丈夫なのかなあ」

「うん、そうらしいねぇ。あの大学病院も大したことないね。たぶん、汚れ仕事を避けたいんだろうけど…」

「汚れ仕事って?」

「治療のしようがなくて死ぬのを待つだけみたいな患者を引き受けること」

「そうなんだ…」

涼子は寂しそうにカウンターの上で両手の指を組んでそれを見つめている。

「話は変わるけど、さっきゴルフ場のレストランとかって言ってたけど、ゴルフにはよく行くの?」

深田は店全体が重苦しくなってしまったのを振り払うように話題を変えて涼子に尋ねた。

「ええ、よく行くってことはないけど、クライアントに誘われたり、社内コンペだったりとか、まあ年に4~5回ってとこですね。でもゴルフ下手だし、かといって練習する気にもなんないし」

「そうなんだ。敬介が療養するホスピスは同じ敷地内にリゾートホテルがあって、ま、そのホテルのほうが主体なんだけね、そこにはわりといいゴルフ場もあるみたいだから、レッスンがてら4人で行ってみますか?」

「4人でって、高木さんゴルフなんかして大丈夫なの?」

「ゴルフ程度の運動なら別に問題ないようだし、逆にじっとしているほうが悪いみたいだから」

「そうなんだ。すごい重病なのに…」

「うん、それはそうなんだけど、本人はあまり自覚症状もないようだから…。ま、それでいいんじゃないの」

深田は無責任に笑った。

 入口のドアベルがカランカランと鳴って男女の4人組が笑い声を上げながら入ってきた。

「いらっしゃいませ!久しぶりです。フセちゃん、もうちょっと顔を見せてくれないと」

「台風よりは来てるつもりだけどね」

「またそんなこと言って。でも今日は何だか楽しそうですね」

その中のフセちゃんと呼ばれたひとりは常連さんらしく深田と親しげに話している。

涼子はそんな彼らの話を聞き流しながら、棚に並べられたウイスキーやリキュールのボトルブランドと銘柄を読むともなく眺めたり、新しく氷を入れてくれたチェイサーを1口飲んで、その氷の透明感を楽しむようにグラスを小さく揺らしてみたりしていると、深田は彼らのセッティングを終え、ひと通りのオーダーを受けてから涼子の前に戻ってきた。

「さっきのゴルフの話、進めていい?」

涼子は少し口角をあげて頷いた。

「タクシー呼べますか?ちょっと酔っちゃったみたいだからそろそろ退散します。お会計してください」

「また今度でいいですよ」

深田はにっこり微笑んでタクシー会社に電話を入れる。

しばらくすると、入口のドアベルが鳴って、タクシードライバーが顔を覗かせた。



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