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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
告知と告白
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 翌週の月曜日、世間はいつものように稼働し始める。涼子もいつもの地下鉄に乗り、いつもの駅で降りて、いつものビルのいつものフロアでエレベータを降りる。オフィスのドアを開けると、既に出社している何人かのスタッフから朝の挨拶を受ける。

「おはようございます」

そのそれぞれに応えて自席に着く。涼子はPCを起動してスケジュールソフトを立ち上げ、新規着信メールと先週末のタスク完了内容や今週から来週にかけての予定などを確認していると、ちょうど始業を知らせるチャイムがオフィス内に響いた。いつもと変わらない朝の始業風景だが、それらをチェックしながらどうしても先週末の出来事が頭の中に浮かんでくる。モニター画面を見ながらボーッとしていたのだろうか、例によって感のいい上田敏明がちょっと心配顔で声をかけてきた。

「おはようございます。チーフ、休みのあいだに何かありました?朝から微妙に疲れた顔してますよ」

「あ、おはよう。そう?べつに何もないわよ。ちょっと考え事してただけよ」

涼子はわざとらしく笑顔を作ってみせた。

「だったらいいんですけど…。週明けの雰囲気がいつもと違うなって思ったもんですから」

上田はまだ涼子の顔をじっと見ている。

「気にかけてくれてありがと。全然問題ないから。うん、大丈夫だから」

「そうですか…。了解で~すっ。えっと、例の試乗会イベントの件ですけど、ざっとプランが出てきましたから、できれば今週末か遅くても来週アタマぐらいには一度みんなでミーティングしたいんですが、よろしいですか?」

「ええいいわよ。えっと、あたし、午前中はなんだかんだでちょっと無理があるけど…。うーんと、そうね、2時過ぎてからならOKよ。みんなは大丈夫なの?」

涼子はスケジュールソフトの画面を見ながら頷いた。

「了解です。それじゃ、これからアジャストしてみます。大橋も入ってくれるよう依頼してみますね」

「わかったわ。正確な日時がフィクスできたら連絡ちょうだい」

上田は丁寧に頭を下げて自席へ戻っていった。

その日の午後、裕樹から久しぶりにLINEが入った。

《今夜会いたいんだけど部屋行っていいかな?》

裕樹はここしばらく音沙汰がなかったので、いきなりどうしたんだろうと思い涼子はその通り返信した。

【いきなりどうしたの?】

すぐに既読。

《会いたくなったから》

【部屋には来ないでって言ったはずだけど】

《でも会いたい》

【桃太朗で食事とかは?】

しばらく時間が空く。

《OK。じゃ7時に桃太朗》

涼子の頭の中に裕樹に会うというオペレーションは含まれていなかったが、無下に断るのも気が引けたので承諾してしまった。桃太朗なら、会社の連中もよく来る店だから、業務で関わりのある2人が会っていても逆に怪しまれることはないはずだ。

 今日は週明けにしては意外と雑務が少なかったし、来客も1人だけで、仕事をスムーズに終えることができたので、約束の時間より少し早いが6時過ぎに桃太朗へ行った。月曜のせいか、テーブル席は半分ぐらいしか埋まってない。

「いらっしゃいっ‼」

6席しかないカウンター席の向こう側からこの店のオーナー板前である川村が涼子を見て、大きな声をかけてくれる。

「あれ?山野さん、今日はおひとり?珍しいねぇ」

川村は満面の笑みをみせる。

「うん、あとでうちの営業の大橋っていうのが来るから」

涼子は大橋が来たらテーブル席に移りたいけど、それまでカウンター席に居ていいかと尋ねてみた。

「ええ、問題ないっすよ。山野さんの言うことならなんでも受けちゃいます!」

涼子はどこかで聞いたような台詞だと思いながら高木敬介が頭に浮かんだ。

「大将、なに調子のいいこと言ってるんですかぁ」

高木に返した言葉と同じように応えた。

「いえね、山野さんおひとりなんて、ほんと珍しいから、嫌なことでもあって、やけ酒飲みに来たのかなって思っちゃいました」

川村は「ワハハハッ!」と大声で笑った

「えっと、今日のお勧めは鯛です。メニューにも書いてありますよ。良いのが入りましたって」

「いらっしゃいませ。あれ?おひとり?まあ、珍しいことっ」

お通しとおしぼりを持ってきた川村の妻である女将が大将と同じ台詞で迎えてくれたので思わず笑ってしまった。

「えっ?どうかしました?」

「いえいえ、何でもないです。とりあえず生ビールください。それといま大将から押し売りされた鯛のお刺身とね」

涼子は川村夫婦を交互に見て首を傾げた。

「私がひとりってそんなに珍しいことなんだ」

「ええ、そりゃそうですよ。いつも会社の人とか、常に3~4人はご一緒なんだからそう思いますよ。ほんとに大事な人とはうちなんかに来ないでしょうからね」

女将も川村と目を合わせてにっこり微笑みながらカウンターの中の女性従業員に向かって「生、いっちょう」と大きな声で告げた。

 「生ビールと鯛の刺身は合わないようだけど、意外とイケるんですよ。でも夏はヒラメのほうがほんとはいいんですけどね」

川村の鮮やかな包丁さばきを見ながら取り留めのない話を続けて、生ビールをおかわりしたところで、店内をきょろきょろしている裕樹が見えた。

「こっちよ」

涼子は手を挙げて声をかけた。

「久しぶり…」

裕樹は涼子の隣に座ろうとしたが、川村が奥のテーブルにセットしてあるからと言ってくれたので席を移動することにした。涼子は予約席のプレートが置かれたいちばん奥のテーブル席に腰掛けながら、今日は店が空いていてよかったと思った。

 お通しとおしぼりを持ってきた女性従業員にさっきのおかわりと併せてもう1杯の生ビールを注文する。裕樹は揚げ物を2品注文している。

「で、いきなりだけど、どうしたの?何か言いたいことがあるんでしょ?」

涼子はメニュー帳に目を向けたまま顔を上げず子供に問いただすように尋ねた。

「ん?何にもないよ。ただ会いたかっただけだよ」

裕樹も俯いたまま応える

「嘘だよ。絶対なんかある。正直に言ったらどうなの?」

「嘘じゃないよ。ここんところ会社の中で会っても話す機会もないし、なんか無視されている感じもするし…」

「だって話すことなんか何にもないでしょ。試乗会イベントの件は上田君がちゃんと繋いでくれているしね」

「いや、そうじゃなくて、例の話だよ。結婚とかの…。」

「ああ、それ?それはね…」

涼子が言いかけたとき、女将が生ビール2杯と涼子が食べかけていた鯛の刺身を運んできてくれた。

「いらっしゃいませ。何度かお越しいただいていますよね?いつもありがとうございます」

女将は裕樹に向かって笑顔を向けた。

「ええ、おんなじ会社で営業してます。部署が違うけど、ま、部下っていうか、一応後輩なんで…」

裕樹は涼子と自分を掌で示しながら女将に向かって頷いた。

「ご注文のお料理はもうしばらくお待ちくださいね。それではごゆっくり」

女将も笑顔を返してカウンターのほうへ戻っていった。

どちらともなくジョッキを持ち上げてカチンと小さく合わせると、2人ともひと口ビールを飲んでお互いに顔を見合わせたが、言葉が出てこない。仕方なく涼子から声を掛けた。

「で、何の話だったっけ?あ、そうそう結婚のことだったわね」

涼子は微笑みながら続けた。

「あのね、せっかくなんだけど、その件は見合わせることにしようと思ってる」

「えっ?何でっ?」

裕樹はほんとうに驚いた様子で、今までの笑顔が一瞬で消失してしまった。

「何でって、そう決めたから」

「だから理由を聞かせてくれって」

「言いたくない」

「何でだよっ!」

懇願するような目で涼子の顔を見つめた。

「言いたくないから言わない。だからこの話はこれでもうおしまい!」

涼子は頑なに言い放った。

裕樹は俯いたままテーブルの上に両こぶしをおいて、今にも殴りかかりそうな様子だったが、おもむろにその右手のこぶしを開いてビールジョッキを掴んだ。涼子は一瞬投げつけられるのかと思ったが、裕樹は気を取り直したように、そのビールを一気に飲み干した。

「わかったよっ!」

ひとこと言い残して何故か千円札を1枚置いて店から出ていった。涼子は裕樹を宥めることなく何も言わずそれを見送った。これで裕樹との関係も終えることができたと、気持ちが何となく穏やかに、そして晴れやかになったように思えた。

「お待たせしましたぁ。お連れさん、いま出ていかれたみたいだけど戻って来られるんですよね?」

女性従業員は裕樹が注文したてんぷらの盛り合わせと鶏のから揚げをテーブルに並べながら尋ねた。

涼子はこれ1,000円じゃ足りないだろって思いながら黙って頷いた。ふと時計を見ると8時を過ぎている。こんな時間、こんな処にひとりでいて、万一、会社の連中に見られたりすると、何を言われるかわからないので 手付かずの料理を持ち帰り用の折詰にしてもらって、早々に退去することにした。



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