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翌日の日曜日、目が覚めるとすでに午前10時を過ぎていた。昨夜ベッドに入ってから、その日起きたことを順に追いかけて、なかなか寝付けなかったせいで久しぶりに寝過ごしてしまった。高木はほんとうに死んでしまうのだろうか、その時あたしはどうすればいいのだろう…。身内でもない相手に対して考えることではないことまで思いを巡らしてしまう。目覚まし代わりにシャワーでも浴びようとベッドから出て立ち上がったとき、スマートフォンに着信があった。高木からのLINE通話だ。慌てて受ける。
「あ、どうも、おはようございます」
元々元気のない声だが、より一層元気なく聞こえた。
「電話していて大丈夫なんですか?」
涼子は寝起きを隠すようにわざとしっかりした声で応える。
「山野さんは相変わらず元気な声でホッとしますね。昨日はありがとうございました。わざわざお見舞いに来ていただいたのに、ちゃんとお礼もできずにおかしなことばかりお伝えしちゃってすみませんでした」
「あ、いえ、大丈夫です」
涼子は実際のところ心が疲弊してしまったことを伝えることができない。
「まさか別居妻まで紹介することになるとはね」
高木の声は少し笑っているように聞こえた。
「そうですね。昨日はほんとうに驚くことばかりで…」
「で、お電話したのは、もちろん昨日のお礼とお詫びもそうなんですけど、明日退院することになったので、それお伝えしたかったんです」
「えっ!」
涼子は思いもかけない高木の言葉に驚いた。
「それほど自覚症状も出ていないから自宅療養っていうか、通常生活を営んでも構わないということになりました」
「それって…。大丈夫なの?」
「ええ、たまに痛みを感じるぐらいで今のところは平気です」
「ですから、とりあえず仕事は社長の濱口に任せて、優雅に療養することにしました」
今度は楽観したように珍しく大きな笑い声だった。
「療養って、何処で?」
「以前、濱口が社員の福利厚生に使うために買った会員制のリゾートホテルがあるんですけど、ま、それ、ほんとは税金逃れの隠し財産みたいなものなんですけどね。そこは医療施設も併設されていて、ホスピスみたいな療養所もあるそうなんです。そこ、今いるこの大学病院とも連携してくれるそうなので、遠慮なくお世話になることにしました」
「そうなんですか。それはよかったですね。じゃあ、明日そのまま退院っていうか、それだと転院することになるんですよね?」
「はい、場所とか、またきちんと連絡しますから」
「わかりました。それ連絡待ってますね」
モヤモヤした気持ちが一瞬晴れたような気になって通話を切ったが、すぐにそれはまったくの思い違いであることに気が付いた。高木の余命はあと4ヵ月もないんだから…。




