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土曜日の午後1時過ぎ、涼子は自宅最寄りの地下鉄駅前で深田慎一郎と落ち合った。
「こんにちは」
涼子は真っ赤なレクサスクーペLCから降りてきた深田を笑顔で迎えた。
「こんにちは。お待たせしました。さあ、どうぞ。乗ってください」
深田も笑顔で助手席のドアを開ける。
「すごいのに乗ってらっしゃるんですね」
涼子は走りだしたレクサスLCのパワフルなエンジン音を聞きながら車内を見廻した。
「いやあ、いい歳してまだこんなのから離れられないんですよね。おかげでいまだにひとり。誰も嫁に来てくれませんよ」
深田はシフトノブとクラッチペダルを軽やかにを操作しながら照れたような表情をみせたが、すぐに真顔になった。
「今朝、電話あったんですけど、敬介のやつ、ちょっと深刻かもしれないですよ」
「えっ?深刻って?どういうことですか?」
涼子は予想もしていない深田の言葉に驚いた。
「ま、俺が話すのもなんだから、詳しいことは病院に行って本人から聞いてやってください。それ以外に伝えたいこともあるみたいだし」
深田が曲がり角の手前で回転数を合わせてシフトダウンしながら少し溜息をついたように見えた。
市内の中心からは少し離れてはいるが、公営交通機関だけで行くことができる場所に位置するその病院は国立大学の付属病院で、以前は市内の中心部にあったが、何年か前に大学の医学部ごと郊外のこの場所に新築移転し、外観はもちろんのこと、内部の診察室はじめ、病室や検査室などがすべて一新され、以前のようなホラー映画に出てくる薄暗くて汚れた漆喰壁のイメージはなく、清潔できれいな病院になっている。
高木敬介が検査入院している病室は2階にあり、4人部屋でベッドもゆったりと配置されていて、病院でなければ意外と快適な空間であるかもしれない。
「よっ、意外と元気そうじゃないか」
深田は窓際のベッドで文庫本を読んでいた高木に向かって右手を上げて声をかけた。
「ああ、慎か。わざわざ済まないなあ」
高木は読んでいた本を閉じて笑顔で応えた。
「ご要望通り、姫もお連れしたぜ」
遠慮がちに深田の後ろに立っている涼子を右手で指し示した。
「こんにちは。大丈夫ですか?でもお元気そうですね」
涼子は笑顔を見せながら軽く頭を下げた。
「いやあ、ほんとに来ていただけるとは...。お忙しいのに。LINEいただいていたのに返信できなくてすみません。スマホ病室に置いたままで検査室とかあちこち移動させられて、今朝気が付きました」
高木はベッドから身体を起こして、こくこくと頭を上下に動かした」。
「私もまさか深田さんからお電話いただけるとは思ってもいませんでした」
「こいつがどうしても涼子ちゃんに会いたいって言うもんだから」
深田は涼子のことをファーストネームどころか〔ちゃん〕付けで呼びながら高木を顎で示した。
「ちょっと、場所変えましょうか。廊下の奥に談話室があるのでそこへ行きましょう」
高木はベッドから降りて、2人に病室から出るよう促した。
談話室は6台ほどのテーブルとそのそれぞれに4脚の椅子が設置されていて、談話室というより学校食堂のような感じがするが、壁面には雑誌、文庫本、簡単な医学書など様々な情報誌が収納された書架が設営されており、学校図書室のイメージもなくはない。談話室には1組の先客がいたが、高木はその先客組から離れた場所に座った。
「今日はお忙しいなか、わざわざお越しいただきありがとうございます」
高木は座ったまま涼子に向かって頭を下げた。
「入院されたってお聞きしたものですから…」
涼子はわざと丁寧な言葉を使って続けた。
「それでお身体のほうはいかがですか?」
「それは後でお話ししますけど、今日来ていただいたのは例の試乗会のイベントの件なんですよ」
高木は病室から持ってきていたブリーフケースからカラー出力したA4用紙を数枚ステープラで綴じた冊子とCD-Rを出した。
「これ、実は上田さんから相談受けていて、ちょっと考えてみたんですけど見ていただけますか?山野さんところみたいにうまく作れてはいないんですけど…」
「えっ、こんなのいつ作ったんですか?」
「いやあ、昼は検査、検査で、結構忙しいですけど、夜はね、飯食ってから寝るまですることないんですよ」
高木は談話室の先客組に遠慮がちに笑った。
「これ、いままで通り告知チラシは打つんですけど、実際の来店前にチラシに印刷したQRコードから事前アクセスしてもらう方法なんです」
高木はプリントした冊子をめくりながら説明している。涼子は黙って聞いていたが、さほど納得した様子ではなかった。
「だいたいの内容は理解したけど、このままではちょっと無理があるわね。でも使える部分もありそうだから上田と相談してみますね。とりあえず今日のところは受け取らせてもらいます」
涼子は敬語使いを忘れて普段通りの話し方になっていた。
「もういいかな?仕事の話は?」
2人のやりとりを黙って聞いていた深田が口を開いた。
「敬介、そんな話をするために涼子ちゃんを呼んでくれって言ったのかよ」
「ああ、そうだよ。これ大事な次の仕事になるかもしんないから…」
高木は俯き加減で深田を見た。
「嘘つけっ、そうじゃないだろうが。ちゃんと話せよ」
深田は真剣な顔つきで高木を睨んだ。
「それで、検査結果はどうだったんですか?」
涼子が割って入った。
高木は深田を睨み返してから涼子に向かって少し頷いた。
「癌、ですって。胆管癌…」
「えっ‼」
涼子は耳を疑った。
「それって…」
聞き返す前に先に高木が続けた。
「しかもステージ4だって…。驚いちゃいますよね」
「そうなの?」
「ええ...。そうらしいです。こんなことを山野さんに伝えてご迷惑だと思うんですけど、このあいだ山野さんに打ち明けられた恋人のこと、どうなったのかなって。気になって仕方がなかったものですから」
「それとこの病気と何の関係があるっていうの?」
「ええ、そうですよね。変ですよね」
涼子は高木の次の言葉を待った。




