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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
出会い
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 山野涼子は社員100人に満たない小さな広告代理店に勤めるデザイナーで、アラサーに踏み込んだ今年9月で30歳になる。世間では比較的評価されている美術大学を卒業したが、これといってやりたいこともなかったので、学校の就職課の掲示板で目に入ったこの会社に大した入社試験もなく、卒業試験に提出していた作品の選考と個人面接のみですぐに採用してもらえた。大学ではグラフィックデザインを専攻したが、入社してからはスタッフ不足も手伝って、インテリアデザインから工業デザインまで、デザインと名の付くものはほとんど手掛けている。もともとグラフィック自体にこだわりもなかったためか、どのカテゴリーになってもそれなりの出来栄えにすることができることが認められたようで、今年4月からディレクターとして3人の部下とチームを持てるところまできた。最近になって、やっとこの仕事が面白くなってきたところである。

「上田君、クラアントに提出する企画書は出力できた?」

「はい、提出用3部とチーム控が1部」

インクジェットプリンターの横で企画書の表紙カバーを丁寧に取り付けながら上田が答えた。チームのプランナーである上田敏明は涼子より4歳年下で、高等専門学校でスペースデザインを学んできた。イラストの出来栄えはイマイチだが、プラン自体にはいいアイデアを持っている。日本人らしくないほりの深い顔つきで、なかなかのハンサムボーイである。今日は全国に70店舗余りを展開している中堅スーパーマーケットの秋の店舗装飾を全店統一イメージで行いたいというオファーに対して最終プレゼンテーションするため、涼子と共にクラアントを訪問することになっている。

企画書の内容はモニター上で昨晩10時ぐらいまでかけてすべてチェックしたので問題はない。涼子にとっても自信作であった。

「じゃあ、出掛けるわよ。佳織ちゃん、営業部に電話して大橋君に下で待ってるって伝えてくれる?」

涼子はデスクの上に置いてあった麻のサマージャケットを手に取り、バーバリーの2WAYバッグのストラップを片方だけ肩にかけながら部下のひとりであるデザイナーの志水佳織に指示した。佳織は上田と同じ高専でグラフィックデザインを専攻していて上田と同級生だが、2年次に進級作品の提出を怠ったとのことで留年したらしく、上田より1年遅れで入社してきた。丸顔でクリッとした目が大きく、ショートボブがよく似合っている。佳織のデザインはかなり斬新なものが多く、クライアントによって評価は様々であったが、涼子自身は概ね気に入っていたので、逆に涼子のディレクターとしての手腕が発揮できるのであった。

 涼子の会社は10階建ビルの3階と4階の2フロアを使っていて、3階が営業部と総務部、4階が涼子のいる制作部と3部屋のミーティングルームをパーティションで区切ってある。

涼子と上田がエントランスから車寄せに出ると、梅雨明けの太陽がそれまでのうっぷんを晴らすかのような日差しで照りつけている。今日は熱中症要注意日かなって空を見上げていると、営業1課の大橋裕樹が社用車のカローラフィールダーを地下駐車場から出庫させてきた。

「すいません。待ちました?もうちょっと早く連絡してくれればいいのに」

大橋は後部座席のドアを開けて涼子を横目で見ながら上田を睨んでいる。

「昨日から出発時間は決まっていたんだから準備できてないほうが悪いんだろっ」

上田は涼子に同意を求めるような仕草で言い返している。

大橋は上田と同期入社で、決して一流とはいえない私立大学の商学部を出て、現在この会社の営業1課に籍を置いて5社あまりの取引先を担当し、所謂どこにでもいるいまどきの男性で、一見仕事ができそうに思えない風貌なのだが、得意先の担当者も同世代が多くウマが合うのだろうか、他の先輩営業マンと比較しても営業成績は決して悪くないらしい。涼子はそんな彼の頼りなさそうで、ひょうひょうとしたところが気に入っていた。

 涼子の会社からクライアントまでいつもなら20分程度で行けるのだが、週末のせいか少し混んでいる。それでも約束の時間に遅れることはないだろう。本町中央通りは市内有数のオフィス街で、この暑さのなかでもスーツ姿の営業マンや、オフィスユニフォームに身を包んだ女性たちが、朝から何となく忙しそうに行き交っている。涼子は後部座席の窓越しにそんな風景を見ながら昨夜のことを考えていた。



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