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その日、涼子も少し酔っていた。送ってくれた高木の乗ったタクシーを見送った後、部屋に入って灯りを点けるとすぐに冷蔵庫からエビアンを出して、グラス1杯一気に飲み干した。そのグラスにさらに1杯注いでテーブルに置いて、エアコンのスイッチを入れた。
「あたしは何をしているのだろうか?」
仕入先の営業マンとこんなに遅くまで、チームスタッフが一緒ならまだしも、2人っきりでそれも妻帯者である特定の男性と飲み歩いている。涼子自身初めての経験であった。もちろんこれまでも、いろんな業者から接待は受けていたが、決して2人で会うことはなかった。業者にとって、涼子が発注責任者であることに間違いはないが、やはり仕事というものは会社全体、あるいはチーム全体で請けるものであるから、自分ひとりがそういう立場であってはならないというのが涼子の論理であった。まして今夜の場合は、自分のほうから進んでついていった。しかし今夜といい、このあいだの夜といい、高木は涼子をすごく楽しませてくれたし、愉快にさせてもくれる。子供のようにもっといろんなところへ連れていってほしいとさえ思ってしまう。涼子は帰ってきたまま着替えていないことに気が付いて、着ていた衣服を脱ぎ下着だけになってソファに座り直した。グラスについた水滴を人差し指で擦りながらそのグラスのエビアンを一口飲んで、思い直したようにバッグからスマホを取り出した。今夜、機内モードに設定していたスマホに裕樹からのLINEと電話が何度か着信していたのはずっと前から気付いていた。LINEを開いてみる。
〈久しぶり 今度の日曜日に会いたいです 朝10時ぐらいに迎えに行きます 都合が悪ければ明日中に連絡ください よろしく〉
いつもの裕樹のLINEとは違った何となくよそよそしい改まったような文面であった。
「ふーん、なんか変な感じ…」
涼子はいつものデートの誘いと違うそのLINEに【ラジャー‼】とだけ返信しておいた。
バスタブに湯を入れ、入浴用のボディシャンプーを使って泡でいっぱいにしてからゆっくりと身体をその中に沈めた。お風呂は明日の朝にして、このままベッドにもぐり込みたい気持ちもあったが、涼子の頭の中でいつもと違う裕樹のLINEと今夜の高木との心地よい時間が交錯し、すぐには眠れそうになかった。
「裕樹のやつどうしたのかな。LINEもなんか改まった感じだったし…」
涼子はバスタブの泡を掌ですくって、フーッとひと息で吹き飛ばしてみた。このあいだの一方的に約束を無視したことへの怒りでわざとよそよそしくしているのか、何か仕事でトラブルがあって相談したいのか…。よくわからない。とにかく日曜日に会って、約束を違えたことは素直に謝ることにした。
それにしても今夜は楽しかった。まったく退屈しなかったし、最初から最後まで涼子をレディとして扱ってくれたことが心地よく素敵であった。涼子の仕事柄や立場上で、男性と同等に扱ってくれる人はたくさんいるが、高木の場合はそういった感覚ではなく、あくまでひとりの女性として優しく対応してくれるのである。そんなことを考えながら涼子はバスタブの中のさほど熱くないお湯がとても心地よく、そのまま眠りに入っていきそうになる快感を楽しんでいた。




