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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
お招き
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『ミッドナイト』という名のそのバーは高木が大学時代に組んでいたアマチュアロックバンドのメンバーのひとり深田慎一郎がオーナーでカウンター8席とテーブル席が2つだけの小さな店である。

「よおっ!またまた別嬪さんを連れてきたぜ」

高木は店のドアを開けるなりそう言いながら手を挙げて挨拶したが、深田はそれを無視して、高木の後ろから顔を見せた涼子に向かって笑顔で頭を下げた。

「いらっしゃいませ。先日はありがとうございました」

「なんだよそれっ。俺は客じゃねぇのかよっ」

高木はふくれっ面で深田を睨んだ。

「この前、帰りに敬介のやつに襲われませんでしたか?」

高木が後ろへ引いてくれたカウンターチェアに腰掛けようとしている涼子に深田がそう続けたので、涼子は思わず声を出して笑ってしまった。

「いい加減にしろよなっ、入って来た早々から。うちの大事なお客さんなんだからな。失礼だろっ」

高木はまだ不機嫌そうな顔している。

「いや、敬介のことだからほんと、マジで心配してたんです」

深田はさらに追い打ちをかけながら、手早くコースターをカウンターに2つ並べた。

「もういいって、いつものロック!」

深田は高木のむっとした顔を見ながら、ニヤッと笑って、グレンフィディックの18年を棚から取り出してテーブルに置くと涼子に向き直った。

「ようこそ、しばらくでした。えーと、山野さんはディッケルNo.12でしたね?」

2人のやり取りを聞いていた涼子は笑顔を見せて頷いた。

「ダニエル以外のテネシーを飲まれる女性のかたって珍しいし、これだけの美人さんだから絶対に忘れませんよ」

涼子が「一度来たぐらいでよく覚えていますね」と言いかけたのを予測したようであった。

深田はしばらくのあいだ、涼子のことを話題にして褒めちぎってから、先客のもう一組のカップルのほうへ移動した。

「ほんと、いつもながら失礼なやつで。すみません。申し訳ありません」

高木はカウンターに打ち付けるほど頭を下げた。

「とんでもない。本当にいいお友達みたいで、高木さんと同じノリで調子いいし、横で聞いていて楽しいですよ」

「あいつ、あれでも大学時代はアマチュアロック界では知る人ぞ知る、ちょっとしたギターリストだったんですよ」

前回来たときは店が満席状態で、深田自身が高木たちに細かく気を配れなかったこともあり、高木は自分のことばかり話していたのだが、今夜は深田のことを話題にしている。

「あのー、すいません。ちょっと騒がしくしてもよろしいですか?」

先客カップルの男性が話しかけてきた。

「ん?なんですか?」

高木はちょっと驚いた様子で聞き返した。

「もしよかったら、マスターに1曲歌ってもらおうかと思って」

「ああ、どうぞどうぞ、構わないですよ」

高木は同意を求めるように涼子に向き直った。

涼子は頷きながら尋ねた。

「よく歌われるんですか?」

「まあ、昔を思い出すんでしょうね。機嫌のいい時だけたまにやるんですよ」

高木は楽しそうに微笑んでいる。

深田は店の壁面にディスプレイがわりに吊ってある2台のギターの内、ギルドF30Rをチューニングしながら、そのカップルの女性にどんな曲がいいのか聞いているようだった。

「おい、敬介。これだったらお前も覚えてるだろ?久しぶりにどうだ?一緒にやろうぜ」

「慎、急になんだよ。無理無理、できないよ」

深田は今年の年初にドイツの自動車メーカーがテレビCMに使っていたビートルズのバラード曲のタイトルを言って、チューニングを終えたギルドを高木に渡した。

「大丈夫。ベースフレーズとコーラスぐらいすぐに思い出すって」

深田はもう1台のギブソンJ45の12弦をチューニングし始めている。

高木もこの曲であれば、たぶん間違えずに演奏できるはずだったが、涼子が横にいることもあって少々躊躇っていた。深田はそんなことはお構いなしに、チューニングを終えたギブソンの12弦でGコードをダウンストロークすると、イントロのないその曲のソロ部分を歌いだした。仕方なく高木も5小節目からユニゾンで始めて、その後のハーモニー部分を掛け合って原曲より1フレーズ8小節を余分に繰り返して歌い終えた。

「すごーい。すごい。よかったです」

リクエストしたその女性は大きな拍手とともに歓声をあげた。涼子も微笑みながら拍手を送っている。

「OK、OK。ちょっと錆びてるところもあったけど、まあまあ、まだ使えるな」

深田も笑顔で申し訳程度の拍手をしている。

「いやいや、たいへん失礼しました」

高木は少々照れながら涼子とそのカップルに微笑みかけた。

「素敵でしたよ。バンドやってたって聞いてましたけど、本当だったんだって。これで納得できました」

涼子は頷きながらもう一度軽く拍手した。

「まあ、あいつのギターと歌があるから上手く聞こえるんですよ」

高木はギターを壁面の元の位置に戻した。

 その先客カップルはしばらくのあいだ涼子たちと一緒になって、深田と高木の学生時代の音楽体験などの話題で楽しんでから帰っていったが、その後はまったく来店客がなく、3人でお互いの学生時代のエピソードなどを紹介しながら更に盛り上がってしまい、気がつくと午前1時を過ぎていた。

「そろそろ私も帰らなきゃ…」」

涼子は腕時計を見た。

「もう、こんな時間かぁ。ほんとにミッドナイトになってしまったな。」

「今夜は楽しく商売できたっていうか、でもあれから誰も来なかったけどな」

深田はがっかりした顔を無理に作ってから大声で笑った。

「また近いうちに一緒に来てくれ」

「ああ、山野さんが嫌じゃなければの話だけどな…」

高木は酔いでほのかに赤くなっている涼子の横顔を見た。

「そんなのお前の努力次第だろ。誠心誠意お願いをするっ!それだけっ!そうですよね?涼子さんっ?」

深田は椅子から立ち上がって、帰り支度をしている涼子に向かってファーストネームで問いかけた。

「お誘いいただけるのなら、いつでも」

店のドアを開けて待っている高木に向かって微笑んだ。

「ほらほら、敬介。いまもう約束してもらっておけって」

「うるさいなあ。もういいって!お得意先なんだからな。そのうちまた来るから」

高木は早く表に出るようにと、涼子の背中を軽く押しながら逃げるように辞去した。

店を出たところで、通りかかったタクシーに運よく乗ることができ、そのまま涼子をマンションまで送ってくれた。酔いのせいか高木はタクシーのなかでもかなり饒舌で、深田との付き合いについて話し続けていたが、それが涼子にとっては少々くどいと思うほどの内容であったにもかかわらず、何故かゆったりとした気持ちで、微笑みながら聞くことができた。


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