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100日の恋  作者: すみっこのラスカル
誘い(いざない)
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 来場記念品で使用するランチボックスの金型マスター承認日の当日、高木は11時10分前にやってきた。

「おはようございます。お迎えに上がりました」

受付カウンターで珍しく大きな声で挨拶している。

涼子は内線呼び出しが来る前に立ち上がった。

「はーい。ちょっと待ってくださいね」

涼子はデスクの上に広げていた書類を片付けながら友理奈を見た。

「私は大丈夫です。すぐ出られますよ」

友理奈は図面ホルダーを持ってバックパックスタイルになるショルダーバッグを抱えようとしている。

「そう?じゃあ、出発しましょうか」 

 涼子たちが11時より5分ほど遅れてビルの外に出ると、先に降りていた高木がいつものパールホワイトのカムリの前で待っている。

空を見上げると、雲ひとつない快晴で、午前中とは思えないぐらい日差しが強い。

「さあ、どうぞ乗ってください」

高木はリアシートのドアを開けて涼子を促した。

「じゃあ、麻生ちゃん、前に乗せてもらったら?」

涼子は助手席のドアを指差した。

「あ、いえ、私も後ろに乗ります」

友理奈は遠慮がちに拒む。

「そんなこと言わないで前に乗ってくださいよ。2人とも後ろだったら運転しづらいですから」

高木は助手席のドアを開けて友理奈を促した。

 市内の渋滞箇所を10分ほどで抜け出て高速道路に入ると、比較的スムーズに走れているようだった。その間、高木は普段からおとなしくて口数の少ない友理奈に一生懸命喋らせようといろんな話題を投げかけている。それをリアシートで黙って聞いている涼子にも時々同意を求めようとするので、適当に相槌を打って返していたが、涼子自身は裕樹のことを考えていた。一方的に約束を違えたと思い込んでいるあの日から、社内で見かけることはあっても、全く話す機会もなく、珍しく電話どころかLINEすら来ない。いつもなら、そういうことがあった翌日には必ずマンションへやってきて、ひとしきり文句を並べて、涼子に謝らせようとした。本来なら今日のマスター承認にも営業担当者として立ち会うべきなので、実際のところ、友理奈にアポイントを取らせたのだが、都合が悪いらしく、制作部に任せるとのことであった。自分が請けてきた案件なのに何がどう都合が悪いのか分からないが、どうせ小学生のように拗ねているんだろうと考えていた。

 高速道路を出て、金型工場近くの道路沿にあった全国チェーンのファミリーレストランで昼食を取った後、金型放電マスターを確認しながら打ち合わせしたが、形状自体がシンプルであるため、別段問題もなく、友理奈の思い入れというか、こだわりがある蓋部分のR形状のみ修正することで決着した。

それでもそれなりに時間がかかり、結局、工場を出たのはすでに5時を過ぎていた。 

「山野さんも、麻生さんも、今日はもう会社に戻らなくていいんでしょ?」

高木はこれから2人を夕食に招待したいということであった。

「ええ、私は別に問題ないけど…。麻生ちゃんは?」

行き帰りとも同じ座席位置で座っているため、涼子はリアシートから助手席にいる友理奈の肩に手を置いて尋ねた。

「麻生さんも大丈夫ですよね?」

友理奈が涼子に答える前に、運転している高木が運転に支障が出ない程度に友理奈の顔を見た。

「あのう…。いえ、ちょっと今日中にやらないとダメなのがひとつ残ってて…」

友理奈は高木にではなく、涼子に向かって身体を捻りながら、このランチボックスを来場記念品として告知するためのポスターデザインを佳織と打ち合わせするつもりだと涼子に伝えた。

「そっか、あれは佳織ちゃんだけだったら無理だよね」

涼子はそのイメージを思い浮かべた。

「そうなんです。明日の午前中入稿だし…」

「明日の朝からだったら間に合わないんですか?」

高木が前を向いたまま、またチラッと横を向いて友理奈を見る。友理奈は身体を捻ったまま困った顔をしている。

「時間的に無理かなって…。思うんです」

涼子は運転席の背もたれに手をかけた。

「そうね、じゃあ、仕方ないわ。また次回ということで。高木さん、そういうことにしましょう。いいでしょう?」

「残念ですねえ。だったら、山野さんだけでも来ていただけないですか?」

「そういうわけにいかないでしょう。自分のスタッフが仕事するって言ってるのに」

「チーフ行ってくださいよ。そんなの気にしなくてもいいですから」

涼子がちょっと怒ったように言ったため、友理奈が慌てて涼子の言葉を遮った。涼子はそのコケティッシュな顔立ちの中でも、際立って魅力的な目を上目使いにする仕草で、リアシートに身体を預けてしばらく考えていた。

「それじゃ、とりあえず会社に戻って、あたしもその打ち合わせに入れてもらうわ。どのみち明日チェックしないとダメなんだから同じことだし」

涼子はシートから身体を起こした。

友理奈は「了解です」とつぶやいて、安心したような顔で頷きながら、捻った身体を元に戻して運転している高木の横顔を見た。

「それで結局どうするんですか?」

高木が今度は友理奈を横目で見てちょっと恐縮したように尋ねた。

「ええ、そしたら早く終わるし、早く終われば、志水も上田もみんなでご馳走になれるでしょ?」

涼子がどちらに言うでもなく応えた。

「承知しましたって言いたいところですが、それ、まともな時間に終わるんでしょうか?」

高木はちょっと笑いをこらえて続ける。

「なんかものすごく段取りが悪いっていうか、でも、ま、しょうがないですね、それじゃあ、僕もとりあえず会社に戻っていますから、都合がついた時点でご連絡ください」

高木は仕方ないかという顔つきで、西に傾いた夕陽をサンバイザーで遮りながら車を走らせた。


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