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初乗りが十五円だった頃

作者: 若松ユウ

 ついこの前のことだと思っていたけれど、セイゾウさんが亡くなって、もう七年になるのね。

 こんなおばあさんの面倒なんてみなくていいから、もっと若い人同士で楽しんだらいいのに。

 華の女子高校生なら、好きな男の子のひとりやふたり……あら、意外ね。

 ふふふ。スーちゃんは大人っぽいから、同級生には魅力が分からないのかも……あらあら、冗談よ。

 え? セイタロウに聞いたの?

 そうよ。もう五十年以上前になるかしら。ここへ嫁いでくるまでの数年、路線バスの車掌をしていたの。

 

  *

 

 あれは、バスの初乗りが十五円だった頃のことよ。

 今とは違って、路線バスにも車掌さんが乗っていてね。

 紺の制服を着て、切符の束やら小銭やらを入れる大きながま口を提げて仕事してたの。

 ドアの開け閉めに、切符売りに、踏切通過の誘導に……、とにかくやらなきゃいけないことが多くて目が回る忙しさだったわ。

 お休みも月替わりの一曜日――一月が月曜休みなら二月は火曜休み、三月は水曜休み……という仕組み――だけで、なかなか連日の遠出もできなかったけど、車掌同士、女同士の仲は良かったから、それなりに楽しかったわ。

 それに、もしも車掌にならなかったら、セイゾウさんとも出わなかったでしょうからね。

 

 窓外に桜があざやかな季節のこと。

 研修を終えたばかりのわたしは、国電の駅から学生街を通り抜ける路線に配属されてね。

 始業時間が近付くと詰襟を着た学生さんがどっと乗ってきて、車内は大混雑だったわ。

 セイゾウさんも、その中のひとりだったのよ。

 バンカラな学生さんが多い学校だったんだけど、セイゾウさんは周囲とうまくなじめなくて浮いてたから、少し気になってね。

 あとでわかったんだけど、入学早々津軽弁をからかわれたのがショックで、心を開けずにいたんですって。


 しばらくは車掌さんと学生さんという関係に過ぎなかったんだけど、ちょっとした偶然が重なって、ぐっと距離が近付いたの。

 ある冬の朝、大学の最寄り停留所で学生さんたちの群れを見送った後、座席のすき間に万年筆が挟まってるのを見つけてね。

 決まってセイゾウさんが座ってる席だったし、金文字でSEIZOと刻まれてたから、間違いないと思ったの。

 案の定、その日の夕方の駅へ向かうバスの車内でセイゾウさんに万年筆のことをたずねられてね。

 営業所に届けてあることを告げたら、とても感謝されたわ。

 これもあとで知ったんだけど、その万年筆は地元の恩師からいただいた大切な品だったんですって。


  *


 え? それでどうして結婚することになったのか、ですって?

 わたしもその時は驚いたんだけど、それから二年ほど後のお見合いの席で、偶然セイゾウさんと再会したの。

 面識があることが青森のご両親にもわかると、縁談がトントン拍子で進んでね。

 セイゾウさんが卒業してひと月で華燭かしょくの典よ。紺の制服を脱ぎ捨てるやいなや、感傷に浸る間もなく白無垢むくを羽織ったってわけ。


 昔話を聞かされて、退屈じゃなかったかしら……そう。おもしろかったなら何よりよ。

 さっ、暗くならないうちに帰りなさい。

 そこにあるお菓子は持っていっていいけど、ひとつはお姉ちゃんにあげるのよ。

 仲違いするたびに家に来られちゃ、さすがに困っちゃうから。いいわね?

 


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