1-4:導師様感謝祭でやらかす
そうこうするうちに目的の舞導館に到着したようだ。
会場はすでに満席であり、皆がわたしの到着を待っていたようだ。こんな遅い時間まで待たせてしまい悪いことをしてしまった、すまない、と心の中では思いながらも(パンフレットには開始予定時間午後7時と記載されていた)、いつもの無表情のまま、用意された中央の席に腰掛けた。
このスケジュールが大幅に遅れるというのも今日に限った話ではなく、実は日常的によくある光景なのである。
議会では、発言者が発言する前に長々とわたしに対する賛辞の言葉を送り、わたしが何か一言二言発言するたびに、いつまでも途切れない拍手の嵐が巻き起こってしまうため、進行はいつも予定と比べてかなり遅れてしまうのだ。ならば、その時間もあらかじめ予定に入れておけばいいのではないかと思われるかもしれないが、予定に「導師に対する賛辞の言葉の時間」とか「導師に対する拍手の時間」などとは、さすがに入れておくわけにはいかないので、その時間の分だけ毎回スケジュールが遅れてしまうのだ。またわたしとの引見についても、1団体5分と決められているが、導師と直接面会できる機会など一生に一度もないことなので、どの団体も引見の最長記録を競うかのように、必ず1秒でも引見の時間を延ばそうと必死に粘るのである。他のどの行事に関しても、大体似たような状況である。逆にスケジュール通りに1日の執務が終了する方が極めてまれなのである。
つまり、スケジュールが遅れるのは、理不尽にも全てわたしが原因なのである。
さて舞導館での「導師様観覧スペシャル感謝祭」が始まる前に、ここ導師国での最近の特殊な歌謡曲事情について説明しておく必要があるだろう。
導師国では、最近異世界導師転生物という分野の曲が空前の大ブームとなっている。それがどのようなものかというと、異世界のある国に転生した、元の世界では何らかの職業に就いていた男が、元いた世界での職業体験を生かし、最終的にその国の危機を救う。そして、その転生者が実は伝説の導師様だったのです。というような内容の曲である。今回もそういう感じの曲が多いのであろう。
ステージに明かりが点った。いよいよスペシャル感謝祭が始まるようだ。
「みなさん大変お待たせしました! 本日は偉大なる兄弟、俺たちの導師様がわざわざ我々のためにお越しくださいました! 俺たちの歌声が、偉大なる兄弟、そして会場にいるみんなの耳にしっかりと届きますよう、精一杯歌いまーす。それではどうぞ最後までお楽しみくださーい!」
1組目の出演者である男性5人組がステージに勢いよく飛び出してきて、ショーのスタートをそう高らかにシャウトすると、スペシャル感謝祭の幕が開いた。
最初の曲は、その男性5人組による、伝説の導師様が竜に変身し、敵対する者達すべてを焼き尽くすという内容の「バーニングDC」という曲だった。
次の曲は、女性6人組による、ファミリーレストランの店長だった導師様が転生し、料理の力で世界を幸せにするという内容の「やっぱりサラダバーが主食だね」という曲だった。
次の曲はかなり攻めていた。ベテランシンガーによる、ペットショップ店員の導師様がガラスゲージの中にいる売れ残りの子犬をモンスターに変化、脱出させ、そのモンスターを従えて敵対国と戦うという内容の「かわいいんじゃない、かわいそうなんだこの子犬は」という情熱的な曲だった。
では、そもそもなぜこの国で、最近異世界転生の曲がこれほどまでに爆発的な人気があるのか、その説明も必要だろう。
何も導師国の国民が、現実の生活がつら過ぎて異世界に逃避しているからとか、そういう悲惨な理由からではない。時間があれば後で説明するが、導師国は、他国と比べても、物質的にも精神的にも豊かな国だと言えよう。
実は、この国の建国者である初代導師が、実は異世界からの転生者だったということが、最近の導師国の研究により明らかになったのだ。
出土した文献によると、今から5000年以上前、この世界に転生してきた一人の女性が、万能といわれる能力を手に入れ、その力を全て己の利益と欲望のために使ってしまったため、この世界は滅亡の一歩手前というところまで追いつめられてしまった。しかし最終的に彼女の野望を打ち砕き、世界を救ったのが初代導師様だったとうことは、よく知られた話である。しかし、その初代導師様も、実は同じ転生者で、転生時に得たある特殊な能力によって彼女を倒したということなのだ。しかし現時点の研究では、転生した初代導師様が得た特殊な能力がどういうものだったのか、そしてどのような手段で彼女を打倒することができたのか、という肝心の所については未だ不明である。
そのため、わが国では現在こういった傾向の曲が大流行しているのである。
ショーが続いても、興奮して席より立ち上がる者や、声を出す者は一人もいなかった。そもそもわが国では席を立ちあがって鑑賞するという習慣はない。席に座りながら、中には曲に合わせて、手をたたいたり、少し体を揺らしたりする者はいても、演奏中はじっくりとその曲の素晴らしさに耳を傾けようとするのが、わが国では一般的である。
ただし、それはわたしの知る範囲ではあるが。
本日最後のグループの出番がきたようだ。Acrylics(アクリリクス)というグループ名の4人組の少女達のようだ。
次の導師の職業は何であろうか。案外美容師なんていうのもありではないか。その奇抜なヘアスタイルやファッションセンスで、世界中を魅了するとか。などと余計な事を考えている間にも、彼女達の曲はすでに始まっていた。
「わたしは知ってるよ」(ルルー)
「大切な友達がいれば、何も怖くないよ」
「わたしは知ってるよ」(ララー)
「きみと一緒ならどこへでも行けるんだ」
(うん?)
「ぼくらは信じている」(ルルー)
その時、私の脳内で、いつもあの部屋で聴いている特別な曲が自動的に再生された。
「ぼくらは信じている」(ララー)
「きみもぼくらを信じていること」
「ぼくらは信じている」(ルルー)
「ぼくらはまだまだいけるんだ」
「だから諦めないよ」(ピョーン)
「きみがいれば空も飛べるよ」
「さあ進もう」(レッツゴー!)
「この橋を渡って、もっと先の先の先のほう」
「きっと見つかるよ。ばくたちのずっと探していたものが」(イエーイ!)
「ピョーンポコポコポコ…」
ふと気づくと、会場の中でわたしはただ一人席から立ちあがっていた。
いったい何が起こったのかと、客席がざわつき始めた。
「えっ? ピョンポコ?」という声が、どこかから聞こえる。先ほど歌を歌い終えたばかりの少女達も、私達が何かまずいことをしてしまったのではないかと、この予想外の事態に明らかに動揺している。明らかに騒動の原因を作ってしまったのはわたしなのだが、導師としての立場上、ここで、「失礼しました。みなさんお気になさらず続けてください。」と言って着席するわけにもいかない。
わたしはいつものように右手を少し上げた。すると、なぜか誰かがわたしの所までやって来て、私の右手にマイクを渡した。
ふー。わたしはマイクを握り一息入れると、いつもの抑揚のない落ち着いた口調で、
「さて。」
と、一言発すると、
「この曲は誰が考えたのかな?」
と、ステージにいる4人の少女達に向かってたずねた。
すると、中から恐る恐る一人の少女が手を挙げた。
「うむ。最近は異世界に転生する導師様のことをイメージした曲が多いのに、なぜ君は今日こういう感じの曲を歌おうと思ったのかな?」
「……………。」
少女は、本当のことを言ったほうがいいのかよくないのかわからなくて、しばらく黙っていたが、やがて決心がついたようで、
「あの! 導師様! 私、実は小さい頃から芸能の活動をしているので、学校にも友達がいなくて。家族が大変な時も、周りに誰も助けてくれる人なんていなくて。私自身の芸能活動の方もだんだんうまくいかなくなってきて。それで自分のこと、何もかも諦めていたんです。でも、そんな時メンバーのみんなが、私達がいるよ。困ったことがあったらなんでも言って、って言ってくれて。私がつらいときも、ずっとずっと支えてくれたんです。だから学校でも芸能活動でも、何かつらいことがあっても、みんながいたから今まで頑張って来れたんです。それで今日、導師様の前で自分達の歌を披露できるまでになりました。それで、みんなありがとう、私達がんばったね、みんなのおかげで私達とうとうここまで来れたよ、っていう気持ちを歌にしたんです。でも、私間違ってました。私達も導師様のお話を歌にするべきだったんです。私大変なことをしてしまいました。でも、これは私が悪いんです。メンバーのみんなは何も悪くない!」
少女は、全ての罪を自分一人で受け入れる覚悟と決意をもって、そう打ち明けた。
すると、メンバー達が彼女の元に駆け寄って、
「何言ってるの。この曲は、みんなこれが一番いい、なんか私達らしいね。って、みんなで決めたんでしょう?」
「私も曲作り手伝ったじゃない。練習帰りにアイスクリームをみんなで分け合った所とかさ。」
「導師様! 彼女だけが悪いんじゃないんです。私達、全員が悪いんです。もし彼女を罰するなら、私達全員を処罰してください!」
涙ながらに訴える少女達。構図としては、悪の導師様と不憫な少女達といったところか。非常にかわいそうなことをしてしまったな、と心の中では思いながらも、
いつもの冷静な口調で、
「うむ。誤解されては困る。わたしは気分を害したのではないぞ。逆に、実はとても感心していたのだ。まずひとつめは、最近は転生導師の歌がとても多い。流行というものは列車で言うならば、皆と同じレールの上に乗っている限りは安全だ。皆の進む方向についていくだけで目的地まで到着できるだろう。だが、もし自分の乗る列車が、誰も使ったことがないレールの上に乗ってしまった場合、その列車が一体どこに向かうのか、誰にもわからない。その先に何が起こったとしても、責任はそのレールを選んだ自らが取らなければならないだろう。そのような恐怖がある中で、君達の感性を信じること、そしてそれをわたしの前で披露した勇気。これは誰もができることではない。」
わたしは、何を言いたいのか自分でもよくわからないようなことをさもよくわかっているかのような感じで話した後、
「そして君達は、今日リニアモーターカーのレールの上に乗っていたのかもしれないな。」
と、よくわからない賛辞を述べた。
それに、そもそもリニアモーターカーにはレールがない。
そして、わたしは一息いれると、
「それと、やはり友達は大事だな。君一人だったら、この曲は作れなかっただろうし、ここで披露することも叶わなかっただろう。うむ。君はよい友達をもったな。これからも大事にすることだ。」
「はい! ありがとうございます。導師様!」
少女達は涙と感動で胸が詰まりながらも、できる限りの大声でそれに答えた。
(なんとか誤解は解けたようだな。よかった。これで一安心だ。)
そしてわたしは、
「友達は大事だな。」
と、もう一回言った後、
「君達にはあらぬ誤解を与えてしまい、非常に申し訳ないことをしてしまったようだ。そうだな、何か…。」
しばらく上を向いて考えていたが、再び少女達の方を向くと、
「よし。それでは君達には特別に、わたしのことをカスと呼ぶことを許そう。」