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1-1:導師様と共進議会

 1章では、現在の208代導師様と彼の退屈な日常を紹介する予定が、執務の最後に招かれたコンサートで、彼が2年前に知った秘密のアイドルが原因で、大騒動をまき起こしてしまう

「議論の余地なし。」

 シーンと静まり返った議場の中で、一人高い位置に設けられた席に鎮座する男から発せられた、低く抑揚のない声が、会場全体に響き渡った。


「以上により、本法案は可決されました。」

 数秒の間を置いた後、議場の真ん中に腰掛けるこの議会の進行役を勤める議長により、法案の通過が宣言された。

 すると、今までの静寂がまるで嘘であったかのように、議場内は数百人に上る議員達による盛大な拍手と歓声に包まれた。


 ここは、数え切れないほどの輝かしい栄光と伝説に彩られ、5000年の歴史を超えて今もなお、この異世界に君臨する覇権国家、ラクエン導師共進国。

 そして、これはこのラクエン導師共進国(以下導師国)の国内で最高の意思決定機関と言われる導師国共進議会での一幕である。


「次の議題は、「伝説の導師シリーズキャラメル第14シリーズ」の支給数量変更についての審議となります。これより、国民一人当たりへの伝説の導師シリーズキャラメルの支給数量について、前シリーズ第13シリーズの国民一人当たり1月63個から、第14シリーズの1月65個への変更についての、最終審議を執り行います。」


 本日の朝5時から始まった共進議会は、今の所つつがなく進行している。


 ちなみにこの「伝説の導師シリーズキャラメル」略して「伝導シリーズ」は、その味が至高でありながらも、キャラメルの他にもおまけが付いており、実はキャラメルよりも、どちらかというとおまけの方に人気がある。

 箱の中には、歴代の導師達が君臨していた時代ごとに区切られた、世界中の偉人、奇人、変人、動物、乗り物、建物、その他何でも、その年代を彩ったあらゆる種類のデフォルメされたフィギュアが、数百種類に及んでランダム封入されている。今回の伝導シリーズは、第40代から第42代導師の時代が対象で、URが導師様、SRが世界の偉人、Rがその他、というふうになっている。

 なぜこの伝導シリーズが国家の配給制になっているのかというと、それは国家の食糧難といったネガティブな理由からではない。ここは世界一豊かな国と言われる導師国である。以前は店頭にて販売されており、コンビニにでも行けば普通に購入することができた。しかし第3シリーズ辺りから、その人気が爆発し、あまりの人気のため、国内でも伝導シリーズを高額で転売する輩が大量に続出し、社会問題と化してしまったため、やむなく国家の配給制へと暫定的に変更となって、今に至るのである。


 そして「導師」とは一体何者なのか、まずはその説明が必要であろう。

 導師というのは、今から5000年以上前にこの導師国を建国したと言われる伝説の人物で、そして彼がこの国で教え広めた教義こそが、人々から彼が導師という名で呼ばれるようになった起源だと言われている。そして以来5000年以上、初代の血を分けた子孫の中から一名が次代の導師として選ばれ、この導師国における最高指導者として、代々に渡りこの栄光に彩られた国を導いているのである。

 そして、先ほど静まり返った議場の中で、「議論の余地なし。」と唯一声を発していた人物、その人物こそが、この導師国の現在の最高指導者であり、第208導師その人、つまり、わたしのことである。


「もはや代案は存在しない。」

 再び導師の低く抑揚のない声が議場にこだました。


「以上により、本法案は満場一致にて可決されました。」

 導師の声を受けて数秒の間を置いた後、議長により本法案の通過が高らかに宣言された。

 その瞬間、再び議場は議員達の盛大な拍手と歓声に包まれた。

 いや、これは先ほど以上だ。拍手がいつまで経っても収まらない。


 盛大に響き渡る拍手の波。この拍手は、この法案が無事通過したという安堵と喜びによるものではない。この法案を承認してくれた導師様に対する感謝と賞賛によるものであるらしい。だが導師自身にとって、これはごく当たり前の、日常の風景の一部であり、この光景を目にしても、特に何の感情も沸いてこない。


 法案を承認するにしても、「議論の余地なし。」であるとか「もはや代案は存在しない。」と言うのではなく、単に「承認する。」とか「賛成します。」とだけ答えれば、それの方がわかりやすいし、シンプルでいいのだが、何かと難しそうで、かしこまった言い方をしないといけないのは、導師の威厳を広く国民に誇示するために必要な導師言葉だからということらしい。


「私は前回の伝導シリーズは、39代目導師様だけがどうしても手に入れられませんでしたから。今回の14シリーズはなんとしても全ての導師様を集めたいものですな。」


「13シリーズキャラメルの濃厚ショコラ味も絶品でしたが、14シリーズの新味のずんだ味というのもかなり楽しみですな。なんでも日本の東北地方の伝統料理をモチーフにしたとかなんだか。」


 伝導シリーズ法案が満場一致で可決となり、今までの張りつめた空気から一転して、つかの間の和やかでリラックスした雰囲気となった議場内で、議員達の会話も弾んでいるようだ。伝導シリーズの人気は、何も子供達に限った話ではない。成人した大人達の間でも大人気なのだ。先ほどの拍手がそれを証明している。


 しかし、議場の一層高い場所に、一人ポツンと置かれた席から議場で談笑している議員達を見下ろしている男、すなわち導師だけは、この様子を冷ややかに眺めていた。


(このフィギュアの一体どこがいいのだろうか?)

 導師は、キャラメルやフィギュアについて熱心に語り合う中年議員や老年議員達を尻目に、ただ一人冷静だった。


 わたしは初代から数えて、今208代目の導師としてこの席上にいるが、歴代の導師たちの誰もが歴代最高の導師、史上最高の導師として、その知世を後世に伝えられている。実際このわたしも国民からは、過去207人いるどの導師と比べても、唯一初代を例外として、やはり勝っている、歴代最高の導師様だとか言われている。ただ歴代最高だとか史上最高だとか言われても、一体わたしの何が最高なのか定かではない所がポイントだ。わたしは、自身がそれ程優れた人間ではないということは、自分自身で一番わかっているつもりだ。国民の声を素直に受け入れるほど、わたしはうぬぼれてはいない。ちなみに207代目である先代の父も、人はいいが、酒が好きなだけの、特に取柄のない人物であった。ならば39代目の導師など、この凡庸なわたしや父と比べても、過去160人以上の導師より、4000年以上に渡って無能な導師という計算になるではないか。なぜそのような人物のフィギュアを彼らがあんなにも欲しがるのか、まったく理解ができない。


 しかし矛盾していると思われるかもしれないが、凡庸であるということは、現代の導師として一番求められる素質でもあるのだ。一般的に、一族の長男であるとか、一番才能に恵まれたものこそが、次代導師として最もふさわしい人物だと思われるかもしれない。しかしながら、実はそうではない。例えば、頭がよく正義感にあふれた一族の人間が、次代の導師に選ばれたとしよう。その男は、少しでもこの国をよりよくしようと、自ら国家運営に主体的に関わろうとするだろう。そうすると、現在の導師国を実質的に支配しているいわゆる支配者層、政権の中枢や、財閥のトップなどからの不興を買い、不信感をもたれ、さらには、ありもせぬ濡れ衣を着せられることになり、最終的には「偉大なる国家殉死」を成し遂げる運命が待っているのだ。かといって、単に無能なだけでは導師は務まらない。それほど優秀、というわけではないが、周りの空気や雰囲気がある程度理解できる、支配者層にとって従順でコントロールしやすい人物、つまり彼らにとって一番都合のよい人物が、彼らの手によって、われわれの一族の中から次代の導師として選ばれるのだ。古の導師達が先頭に立って国民を導いていた時代はすでに終了し、導師業というのは、今では何の権限ももたない、いわゆるお飾り的な存在、名誉職へと変容しているのである。


(それと伝導シリーズの新味ずんだ味だが、なかなかの美味であったずんだ。)

 キャラメルの新味開発に関して、実は導師も責任監修という立場で参加しており、実際にキャラメルのパッケージの右隅には、「第208代目導師様もお墨付きのおいしさ!」と小さく表示されている。そのため、まだ世の中に支給されていない新味についても、一般の国民に先んじて知ることができるのだ。


「次の議題は消費税率変更に対する審議となります。現行の一律205%から、翌々年度4月より一律207%への変更についての最終審議を行います。」

 消費税率については、現職の導師の代目を超えてはならない、つまりわたしの場合だと208%、ということが不文律となっている。これを超えてしまうと、さすがに国民の反発を抑えきれず、国内で暴動が起こってしまうのではないかと、世間でも昔からまことしやかに言われているからだ。そしてこの2%の上昇分の税収だが、政府は国民に対して行政サービスの充実のためと説明しているようだが、おそらくは何らかの手順を踏んで、最終的には支配者層の間で分配されることになるのであろう。それにしても、ここまで国民から搾りとりながらも、暴動一つ起こさず円滑な国家運営を実現しているのだから、彼等も優秀なものだ。いや、むしろ何も言わないわが国民が愚かなのだろうか?


「全てが符合する。」

 相変わらずの、導師の低く抑揚のない声が、議場に響き渡った。


「以上により、本法案は可決されました。」

 そして導師の声を受けて数秒の間を置いた後、本日最後となる議長による法案の通過が宣言された。

 一瞬の沈黙の後、議場全体からは本日一番となる盛大な拍手と歓声が巻き起った。時刻は現在午後10時を少し過ぎたあたり、これにて本年度の導師国共進議会は無事閉会である。

 続いて議場にいる全ての議員達は、一斉に自分達の頭上に鎮座する導師の方に向き直ると、


「偉大なる導師様、バンザーイ! 導師様バンザーイ! 導師様バンザーイ!」

 という大合唱が始まった。


 議場はまさに鼓膜が破れんばかりの大音量なのだが、導師はそれには少しも動揺した素振りも見せず、いつもの冷静な表情を崩さないまま、しばらくの間その様子を上から観察していた。やがてその声が小さくなってきたことを確認すると、席より静かに立ち上がり、右手を軽く上げることでその声援に応え、そのまま後ろを向いて、ゆっくりと議場を後にした。


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