5-2:Watercolorsのライブスタート
入場口を通ってリョウ君と別れ会場の中に入ると、まずは自分の席を探した。
リョウ君は最速先行抽選でチケットを確保できたので、席は前の方だと言っていた。一般発売の3次抽選だったわたしの席は、真ん中よりだが、かなり後方の席だった。前目の席のリョウ君がうらやましくないと言えばウソになるが、よく考えると、この席も悪くない。この場所なら会場全体を見渡せるし、オタカラのメンバーを近くで見たければ、ステージに設置された大型のスクリーンを見ればいい。
自分の席を確認し、そして席に座ると、まず会場全体を見渡した。
ステージには大型のスクリーンが左右にそれぞれとセンターに1基の合計3基、そして会場の規模に見合うだけの音響設備が各所に配置されている。設備のレベルとしては、導師国のそれと比べて遜色はない。
ステージは、オタカラをイメージしたかわいらしいもので、そしてスクリーンより流れるオタカラのミュージックビデオやオタカラ関連商品のコマーシャル、どれも初めて見るもので、それらを見ているだけでも楽しいものだ。
おっと、いつまでもスクリーンを見ている場合ではない。ライブの準備をしなければ。
グッズコーナーで購入したTシャツを上から着て、ブレードの電源をONにした。ボタンを押すごとにブレードの色が変わるんだったな。リョウ君から教えてもらったが、基本は推しのカラー固定で、各メンバーのソロ曲とかトークパートや、曲のイメージに合わせて色を変えるということだ。とりあえずリタのイメージカラーである柑子に固定しておき、ライブが始まるのを待った。ライブの時間が近づくにつれて、会場には徐々に観客が集まりだした。会場は超満員である。
そして、とうとうライブ開始の時間となった。
少しソワソワして待っていると、会場から流れるBGMが一段と大きくなった。それと同時に会場全体から大きなざわめきが起こる。いよいよライブが始まるのか? BGMが終わると会場全体が真っ黒になった。一体何が起こったのだろうか? と思ったのもつかの間、一瞬の間をおいてスクリーンから映像と音楽が流れ始めた。それと同時に観客が一斉に立ち上がった。わたしもそれにつられて立ち上がった。スクリーンから、まずはライブのタイトルが大きく表示されると、そこから各自のメンバー紹介が始まった。最初はリーダーのリタからである。その次はリズ。このタイミングでブレードの色を変えるのか。メンバー全員の紹介が終わると、会場の照明が再び点灯し、ステージ全体を明るく照らす。すると、そこには間違いなく、オタカラのメンバー9人全員が立っていた。
ああ、本物のオタカラだ。わたしの距離からみると、豆粒みたいに小さくてほとんど認識できないが、間違いなくオタカラが、リタが、アンナが、それにエルも。やっと会えたんだ、とうとうこの日が~、とか感動の余韻に浸るヒマもなく、いきなりライブが始まった。まず一曲目は、いきなりアニメのオープニング曲からだ。オタオタ全員が、ブレードを振り回し、大声で声援を送っている。導師国のしきたりとは全く違う。だが、ここは導師国ではない。日本にいるなら日本のしきたりに~!などと思いながら、必死にオタオタの応援についていった。ライブが始まって、いきなり怒涛の3曲が披露された後、メンバーそれぞれのトークパートに入り、やっと気持ちを落ち着けることができた。
「みんなー! ただいまー!」
オタカラのメンバー全員が声を揃えて、われわれオタオタに向かって呼びかけた。
「おかえりー!」
オタオタ全員が、彼女達に向かって大声で返した。
(おかえり。)
わたしも、小さい声で返した。
別にわたしはA市の住民でもなんでもないが、これからここA市で暮らし始める可能性もないことはないので、とりあえずわたしが彼女達にお帰りと言っておいても、特に支障はないだろう。
ここA市でオタカラのライブが行われるのは、彼女達のアニメが終わって、3年生、2年生、1年生の順にメンバー全員が高校を卒業して以来、初めてのことで、彼女達全員が活動の拠点を東京に移してから、初の凱旋ライブなのだとリョウ君が言っていた。トークパートでは、メンバー一人一人が、A市や高校時代の思い出を楽しそうに話している。彼女達の話を聞いていても、このライブが彼女達にとっても特別なものだという想いが、ひしひしと伝わってくる。
それにしてもこの会場、さっきからずっと臭うな。ライブ会場独特の臭いなのであろうか、などと思っていると、どうもこの臭い、わたしの隣の席が発生源であることがわかった。隣の席を確認してみると、(あっ!)と声が出そうになった。それは、今日何度も遭遇したウインナーの連中の、例のクセ強男だったのである。それにしても、なんなんだ、この男の生乾き臭は。一瞬、わたしの能力でこの男の衣服を燃やし尽くしてやろうかとも考えたが、幸運なことにグッズコーナーで、オタカラのマスク、それもリタをイメージした柑子色のマスクを購入済だ。わたしは、早速マスクを装着して、当面の危機を脱出した。
トークパートが終わると、次はオタカラの各メンバーのソロ曲のパートとなった。
だがこの男のこと、気にしないでおこうと思えば思うほど、余計に気になってしまうのだ。メンバーのソロ曲では、オタオタ全員がブレードをメンバーのイメージカラーにして振っているのに、この男だけは、たまにやたら眩しいブレードをくるくる振り回したり、メンバーの発言に対して、面白くもなんともないことをいちいち大声で返している。
わたしは、あまりに腹が立ってしまったので、思わず露草がイメージカラーであるミアのソロ曲の所で、どさくさまぎれに、この男のジーンズのケツ辺りを燃やしてしまった。
それにこの男、ライブ中にもわたしにちょくちょくぶつかってくる。この男、よくわからないが、曲が始まると、「うおっほー! うえいー!」と意味不明な叫び声を発したと思ったら、どこかアフリカの奥地にでもいる未開の部族が成人の儀式で披露するような1mを超えるような垂直ジャンプをし始める。しかもライブで彼女達が曲を披露している間、休むことなくそれを継続しているのだ。そして曲が終わると同時に、男はストンと地面に手をつき、ゼーゼーと言いながら疲労困憊の様子だ。それにケツが丸出しでなおさら気持ち悪い。だが、次の曲が始まると、この男はまたスクっと立ち上がり、再び垂直ジャンプを始める。それにしてもなんという精神力であろうか。ライブが始まってから始めの2,3曲でこの男の体力はすでに尽きているはずだ。なのに、次の曲が始まる度にこの男は不死鳥のように蘇ってくる。
だがこの男の動き、どこか既視感がある。まさかこの動きは? あっ! 思い出した。この動きはまさに「導師ノリノリ音頭」ではないか。なぜこの男が導師国の導師ノリノリ音頭を知っているのだ? いや、まあ別にそれはどうでもいいか。
だが、マスクの性能とオタカラのすばらしいパフォーマンスのおかげで、わたしも徐々にライブに集中することができた。気づけば、もう中盤戦だ。それにしても、オタカラのライブに参加して初めて知ったが、ライブ中は席に座らず、ずっと立つのか。そういえば、アニメでも観客は立って応援していたが、日本ではこちらが正しい観賞スタイルだったようだ。ライブが始まる前は、ライブ中は席に座って休めるかな、などと考えていたが。しかし、このスタイルも悪くない。
それにしても彼女達のパフォーマンスは素晴らしい。ソロパートでもはっきりとわかったが、歌もダンスも、アニメで見たとき時よりも比べ物にならないくらいに、一回りも二回りも確実に上達している。それに、彼女達メンバー全員が揃った時のパフォーマンスは、アニメで観た時と同様、彼女達の息も合って、見事な調和を見せている。そして激しいダンスを踊りながらも、それでいてしっかりとした力強い歌声をわたしの所まで届けてくれる。
アニメを観た時と同じ感動をライブで味わうことができれば、それで満足だと思っていた。しかし、これはそれ以上だ。おそらくこれだけのパフォーマンスを披露するまでには、彼女達一人一人が、今までかなりの鍛錬を積み重ねてきたことだろう。特に9人揃って歌うアニメの曲は、アニメで観ていた時よりもかなり洗練されていて、アニメで歌っていた時の新鮮な感じも、あれはあれでよかったのだが、今の実力を兼ね備えた9人の、安定してダイナミックなパフォーマンスは、個人的にはなおさら素晴らしく感じられる。それに9人全員が揃って歌った時の、あの何とも言えない心地よさは、あの時と全く変わらない。
そんな彼女達のパフォーマンスを支えるオタオタの応援もまた暖かいものだった。曲ごとに息の合った手拍子や掛け声をかけて、彼女達の気分を盛り上げ、時には、曲のイメージに合わせてブレードの色を一色に統一し、会場全体の景色を美しく変化させた。
来てよかった。もし今日のライブを見ることができなかったら、一生後悔することになっていただろう。本当に素晴らしいライブだ。
そんなライブも、気つけばもう終盤戦だ。




