5-1:Watercolorsのライブ会場到着
5章では、いよいよWatercolorsのライブが始まる。そしてライブの最後に、彼女達の口から5年間の彼女達の真実の物語(アニメの2年間と以降の3年間)が語られる。それを聴いた導師様は、今までの自分を深く反省し導師国への帰国を決意する。ライブ後、リョウ君との再会を約束し、導師様は導師国に帰還するため、異世界でも随一と言われる伝説の能力を初めて解放し、無事導師国への帰還を果たすのであった。
バスは今、来た道とは逆方向を向いて、再び海岸線沿いを走っている。
いよいよ、次はオタカラのライブである。
それにしても疲れた。聖地巡礼の旅も、そこそこには歩いたが、日常の導師業に比べれば、こんなものなど散歩程度である。しかし、先ほどはさすがにしゃべり過ぎた。あんなにしゃべったのは生まれて初めてかもしれない。しゃべり過ぎたせいか、あごが痛い。まあ次はライブの鑑賞だし、ゆっくりできるか。
リョウ君が隣の席から、声をかけてきた。
「でもドウシさん。本当に仕事を辞めたんだったら、A市で働くっていうのはどうですか?」
「えっ? A市でですか?」
「ええ。実はA市では定期的に移住者を募集していて、実際にオタカラのアニメやライブを観て、A市に移住してくるオタオタって結構多いんですよ。」
確かにリョウ君が言う通り、わたしは導師国を捨てた身。これからはこの身一つでなんとか生きていかなければならない。オタカラの地元であるA市で新たな人生のスタートを切る。まあそういう第二の人生も案外悪くないかもしれないな。しかし、現在のわたしは不法入国者という身。そんなわたしを雇ってくれる場所など、果たしてあるのだろうか? だが、まあ、なんとかなるだろう。
「うーん。それもいいかもしれませんね。」
わたしは答えると、続けて、
「リョウ君はどうするんですか?」
と、聞いてみた。
「えっ? 僕ですか? 僕も仕事やめちゃったばかりなんで、正直今は特に何も考えていませんね。とりあえず、今日家に帰ってから、ゆっくり考えることにします。」
リョウ君は今日帰るのか。少しさびしい気がするが仕方ない。
わたしは気持ちを切り替え、
「そうですね。今はとりあえずオタカラのライブのことだけ考えましょう。」
「そうですね。精一杯楽しみましょう。」
そういえば、わたしのスマートフォンとクレジットカードだが、今の所は普通に使えるみたいだ。今日もオタカラショップやカブトヤママスターホテルなどでグッズを購入したが、普通に決済することができた。今乗っているバスもそうだ。わたしが「偉大なる国家殉死」をしたからといって、導師国がすぐにそれらを使用停止にすることはないだろうとは思っていたが。もしかすると、侍従長などが、わたしがまだ生きている可能性があるとでも信じていて、しばらくはそのままにしてくれているのかもしれない。そうはいっても、いつ使用停止になってしまってもおかしくない。明日辺り、とりあえず1億円ほど現金を引き出しておこうか。今のわたしは無職無収入の身、当面の生活費は必要であろう。いざという時、何といっても一番役に立つのは現金だ。
駅前でバスを降り、わたしたちは近くにあるオタカラのライブ会場へと向かった。
そして10分程歩いた後、目的地であるライブ会場に到着した。
会場の正面の壁には、巨大な看板が設置してあり、看板には、
「Watercolors 5th Anniversary A市がみんながオタカラだよ大大大感謝祭」
と大きく書かれてあった。
とうとうここまできた。昨日は同じ時間、導師国の議会に出席して、ライブに行けない自らの悲しみを綴った彼女達に捧げるポエムを書いていたというのに。そんな自分が今は日本のA市のオタカラのライブ会場の前にいる。まるで夢のような話だ。本当にこの場所で、今からオタカラがライブをするんだ。そう考えると、全身が緊張でブルブルッと震えてきた。
会場は人人人、人で一杯だ。全員が当然ながらオタカラのファン、オタオタなのであろう。オタオタ、わたしと気持ちを同じくする同志達。導師国でわたしを慕ってくれた国民達。彼ら彼女らも、わたしに対して、今のわたしと同じような気持ちでいてくれたのだろうか。それにしてもすごい熱気だ。
看板の前で、じっくりと感動に浸っていると、リョウ君が声をかけた。
「ドウシさん。まずはライブグッズを見に行きましょう。」
「あっ、はい。わかりました。」
グッズ売り場に到着し、売り場の前で、リョウ君がグッズについて丁寧に教えてくれた。
導師国でライブが行われる場合、基本的にグッズ販売などは行われない。導師国ではライブ開催中、グッズを装備して応援するような習慣はない。前にも説明したように、席に座って、一曲一曲じっくりと、その曲の良さを味わうのが、導師国のスタイルである。だがよく考えてみると、導師だった頃のわたしが来賓として招かれているライブイベントが、いつもそうだっただけであって、もしかすると、通常のライブでは違うのかもしれない。だんだん自信がなくなってきた。みなさんも、わたしの基準が導師国の一般的な基準であるなどと誤解しないで頂きたい。
「まずブレードはマストですね。」
「ブレード、ですか?」
リョウ君はバッグに入っていたブレードを取り出し、
「この先端の透明な部分がメンバーのイメージカラーに光るんです。ライブ中はこのブレードを手にもって応援するんです。」
ライブ中にこの棒を振って応援するのか。そうか、アニメの通りだな。
「それじゃあ、とりあえず9本買います。」
「いやいや。あの、ドウシさん。このブレード、ここのボタンを押すと9色に色が変わるんですよ。」
リョウ君が、自分のブレードを使って、使用方法を説明してくれた。
「じゃあ、1本でいいですか?」
「いや左右に1本ずつ持つんで、初回なら2本は必要ですね。」
「それじゃあ、2本買います。」
「次は定番のTシャツとタオルですかね。これはマストというわけではないんですが、オタカラもライブ中はこのTシャツを着てると思うので、メンバーと一体感を味わうことができるし、盛り上がりますよ。」
「そうですか。替えのTシャツとタオルも持ってなかったので、とりあえず買います。」
「…あとほしければ、ですけど、ランダム缶バッジですね。」
またランダムか。
「それじゃあ、それもとりあえず9個買いましょう。」
「この缶バッジ、実は35種類ランダムなんです。」
「えっ? 35種類?」
35個もバッジを買って、カバンに付けようものなら、リョウ君のような痛バッグの完成である。しかもメンバーが揃っていないので、統一感がなく、なおさらかっこう悪い。
「それじゃあ、とりあえず2,3個買っておきましょう。」
その後、わたしたちは、ライブグッズ売り場の列に並び、無事にお目当てのグッズを入手することができた。
「いやぁ、ライブの時は、いつも朝一番に並んでグッズを購入していたんですけど。どのグッズも売り切れてなくてよかったです。」
リョウ君はそう言って、少しほっとしていた。
ライブ会場はグッズ売り場だけでなく、グループやメンバー個人に対する祝花のコーナーや、販売予定のフィギュアやコラボグッズの展示コーナー、オリジナルドリンクの販売コーナーなど、見たことがないものばかりで、そちらの方も十分に楽しめた。
それらのコーナーを二人で一通り見て回った後、リョウ君が声をかけた。
「それじゃあ、そろそろ時間なんで会場の中に入りましょう。」
「はい。そうしましょう。」
「ライブが終わったら、また会場の看板の前に集まりましょう。」
「そうですね。そうしましょう。」
会場内に入場するには、チケットは必要ないらしい。どうも入場者をイーマイナスで事前に登録した顔認証で確認するということだ。わたしは、自分の顔を入場受付スタッフが示すタブレットのレンズに近づけた。するとすぐにスタッフが、どうぞ、と入口を指し示した。これで最終関門突破、というところか。
それにしても、本当に今日はリョウ君と知り合うことができてよかった。もし、今日わたし一人だったら、聖地巡礼を実行することなど絶対に不可能であっただろう。おそらくホテルをチェックアウトした後、何もわからずそのままライブ会場に直行し、ライブが始まるまで何もやることがないので、ひたすらグッズ売り場や展示コーナーなどを往復しているか、もしくは、その辺でじーっと体育座りをしていたかもしれない。
いよいよライブだ。




