4-7:Watercolorsアンナの物語
バスの車窓から、ずっと海を眺めていたが、リョウ君の声を受けて海の反対側を見ると、街の中にひょっこりと山が突き出ているのが見えた。確かにあれは、アニメにも出ていたカブトヤマスターランドだ。山の山頂に天文台が、そして中腹辺りにホテルがあるのが見える。
兜山(カブトヤマスターランド前)というバス停を降りた二人は、まずは1層目であるカブトヤマスターランドへと向かった。
カブトヤマスターランドの前に到着すると、リョウ君が、
「あの、まずは動物園を見に行きませんか?」
と、提案してきた。
「あっ、はい。わかりました。」
あの動物園か。
じゃあ、あの娘にも会えるのかな? と、思った。
しかし、動物園に行くなどいつ振りだろうか? 元来わたしは、人という者に対して興味がなかったが、実は動物に対しても興味がなかった。幼少の頃、誰かに連れられて、それはおそらく侍従長だっただろうか? 父ではないのは確実だが、それで動物園に行ったことはある。だが、パンダやライオンなど、どんな動物を観ても、檻に入れられたかわいそうな動物などを見て、一体何が楽しいのだろうか?と、不思議に思っていたくらいだ。今考えてみると、なんとかわいくないガキだったのだろうか。だが、今日改めてシマウマやサルなどの動物達をじっくりと見てみると、なんとも愛嬌があっておもしろいではないか。その時、偶然にもサル山にいた一匹のサルと目があってしまい、ジーっとお互い見つめあっていると、リョウ君が声をかけてきた。
「ドウシさん。あっちですよ。見に行きましょう。」
リョウ君が指さす檻には、少し人だかりができていた。
二人で檻の前に行くと、そこには一匹のホワイトタイガーが、檻の中をグルグルと動き回っていた。
「この娘が、ホワイトタイガーのミッシェルちゃんですか?」
わたしは、リョウ君にそう尋ねた。
「そうですよ。この娘がミッシェルちゃんですよ。」
そうか。この娘がミッシェルちゃんなのか。アンナは、ミッシェルちゃんがまだ赤ちゃんだった頃から、この娘のことをすごくかわいがっていて、ミッシェルちゃんとは実の姉妹のような関係だと言っていた。そして、アンナがさみしい時やつらい時に、いつも相談相手になってもらっていたそうである。アニメでも、アンナが檻の外からミッシェルちゃんに生肉を放り投げて、それにミッシェルちゃんが勢いよくむさぼりついているシーンがとても印象的だったな。
動物園で目的のミッシェルちゃんに会うこともできた。リョウ君は、次はどこへ行くつもりだろうか? と考えていると、
「ドウシさん。次は遊園地に行きませんか?」
と、提案してきた。
「はい。そうしましょう。」
やはり遊園地か。
そう、この遊園地はオタカラの3年メンバーであるアンナとリズ、メグの幼馴染の3人が、小さい頃に初めて知り合った思い出の場所である。
元来わたしは人という者に対して興味がなかったが、実は乗り物に対しても興味がなくて、とそんなことを言っている場合ではない。
幼馴染だった3人はずっと仲良しだったが、中学生になってからは、両親の都合で、アンナだけ東京の学校に通うようになり、それ以来3人は徐々に疎遠になってしまった。大切な親友を失い、都会にも馴染めず、日常生活に何の楽しみも感じなくなったアンナはそれから徐々に笑顔を失ってしまう。そんなアンナのことをずっと気にしていた幼馴染の2人が高校2年生の時、自分達の学校に転校し、一緒にガールズアイドル活動をしようと彼女を説得しようとして、久しぶりの再会の場所に指定されたのが、この遊園地だった。リョウ君とわたしは、アニメで3人が乗っていたように、二人でメリーゴーランドに乗った。
それからわたしは、何台かリョウ君と乗り物に乗った後、目的の場所へと向かった。
「あっ! あれですよ。ドウシさん。僕これがもう一度見たかったんですよ。」
と、リョウ君がうれしそうに指さした先は、遊園地にある何の変哲もないベンチであった。
わたし達はベンチの前まで行くと、ベンチの前ではなく裏側を見た。
そこには、「ママのバカ パパのアホ」と落書きが書いてあった。
アンナは、最初、幼馴染の二人の説得に対して、頑なだったが、徐々に、そして最終的には転校に同意し、次は両親の説得を試みる。だが、両親はまったく聞く耳をもってくれず、なかなかうまくいかなかった。そして、ある日アンナが両親とケンカして家を飛び出し、そのまま遊園地に行って、泣きながらベンチに書いたのがこの落書きなのである。
「あはははははは。」
「ドウシさん。これ傑作ですよね。」
二人して、ベンチの前で大笑いした。
遊園地を満喫した後は、時間の関係で、兜山の第2層である、アンナの一族が経営するホテル、「カブトヤマスターホテル」へ行くこととなった。残る美術館と植物園にも興味があったが、まあわたしは明日から自由人だ。いつでも好きな時に行けるだろう。特に美術館は、芸術家肌であるアンナが幼少の頃から手掛けた数々の作品が展示してあるというので、ぜひとも行ってみたい。
「それじゃあドウシさん。ケーブルカーに乗りましょう。」
リョウ君がそう言うと、わたし達はケーブルカーの駅である「カブトヤマ駅」へと向かった。駅に到着し、キップを購入し、しばらくケーブルカーが来るのを待っていると、山の上から、ケーブルカーが斜めに向かって降りてきた。よく見ると、そのケーブルカーはオタカラのラッピングカーではないか! ケーブルカーが駅に到着し、ケーブルカーを間近でよく見てみると、幼馴染3人のサインが書いてあった。そして、アンナのサインの下には、「私の実家にようこそ! いい夢見てね♡」と本人の手書きが添えてあった。しばらくケーブルカーの周りをじっくりと観察していると、リョウ君が声を掛けてきた。
「ドウシさん。早くケーブルカーに乗りましょう。出発しますよ。」
「あっ、はい。わかりました。」
ケーブルカーに乗り込むと、ケーブルカーはすぐに出発した。ケーブルカーは動くスピードもちょうどよく、車窓から見える青々とした緑も、今までのオタカラの聖地巡礼の時のポップでカラフルな感じから一転して、落ち着きのあるものに変わり、つかの間のリラックスの時間となって、わたしにとってよい気分転換となった。
そうこうしているうちにケーブルカーは、「カブトヤマスターホテル駅」に着いた。
駅から出ると、近くにカブトヤマスターホテルが建っているのが見えた。確かにこのホテルは、アンナの実家のホテルだ。ホテルは営業中であったが、ホテルの宿泊者ではなくても、ホテルのロビーにある売店や、喫茶店は利用可能だということだった。まずホテルの外観をぐるっと一回り観察すると、ホテル限定のオタカラグッズがあるということで、売店に行って、とりあえずアンナの「ママのバカ パパのアホ」複製キーホルダーを購入した。
そして、ホテルの喫茶店で小休憩となった。
二人でアイスコーヒーを飲んでいると、リョウ君が、
「ドウシさん。実はこのホテル、アンナの部屋にも宿泊できるんですよ。」
と、教えてくれた。
「えっ? 本当ですか?」
アンナと両親は、転校を巡って大ゲンカとなり、その後アンナは家出してしまった。そして、新たな自宅として選んだのが、このホテルの一室なのである。そして、結局彼女が学校を卒業するまで、ずっとあの部屋に住み続けていた。だが、あの部屋はアンナの自室になってしまったので、本当に宿泊可能なのだろうか?
わたしは、気になったのでリョウ君に聞いてみた。
「あの部屋って、泊っても大丈夫なんですか?」
「えっ、アンナの部屋ですか? 大丈夫ですよ。アンナが高校を卒業して東京に行った後に、元の部屋に戻したそうなので。」
リョウ君が言うには、アンナの部屋は、主がいなくなった後、他の部屋と全く同じように改装されたということだった。そして宿泊する際には、他の部屋と同等扱いとなっているため、アンナの部屋を指定して予約することは不可能だということだ。だが、その部屋のそこかしこにアンナが暮らしていた形跡が今でも残っているそうで、偶然にもその部屋を引き当てたオタオタは、相当の強運の持ち主だということだ。
「そうだったんだ。どうせなら、このホテルに宿泊すればよかった。」
と、わたしは思わずポロっと漏らしてしまった。
「僕も一度は泊ってみたいと思っているんですよ。でもこのホテル、リゾートホテルなのでものすごく高いんですよ。」
リョウ君がわたしの独り言にそう反応した。
「そうでしょうね。」
確かにこのホテル、調度品の一つ一つを見ても、かなり良いものを使っている。ホテルの外観から判断しても、かなりグレードの高いホテルなのだろう。
「それと。これは噂何ですけど…」
と、リョウ君がそう小声でささやくと、
「今日オタカラがライブ終わった後、このホテルで打ち上げをやるらしいです。」
「えっ!? 本当ですか!?」
わたしは思わず、リョウ君のささやきに大声で返してしまった。リョウ君がシーッと静かに注意する。
ああ、本当にこのホテルに宿泊すればよかったなあ。
「そんなにゆっくりできませんね。そろそろ展望台へ向かいましょう。」
リョウ君が時計を確認すると、わたし達はホテルを出て、ここから展望台へ直結しているエスカレーターの方へと向かった。
そう、あのエスカレーターだ。
エスカレーターは、先ほどのケーブルカーの駅のすぐ隣にあり、駅でエスカレーターのキップを購入し、改札機にキップを通すと、すぐにエスカレーターに乗り込んだ。エスカレーターは、周りに透明の半円形の屋根がついており、全長は100mあって、日本一長いエスカレーターとして有名だそうである。そして夜になると、屋根には無数のイルミネーションが灯され、すごくキレイなのだ。
リズとメグの二人は、その後しばらくして、すごく大切な話があると、ある日の夜にアンナから呼び出しをうけた。そして、待ち合わせの場所に選んだのが、今から向かう展望台なのである。そして、リズとメグの二人は、それがアンナの転校の件についてのことだとわかっていたので、期待と不安の両方をもって、このエスカレーターに乗っていた。でも、今までのアンナの話を聞いている限りだと、どちらかというと不安の方が大きかった。エスカレーターのイルミネーションに照らされて、キレイだね、なんて言いながら二人で笑っていたが、どう見ても二人の表情には不安が隠せなかった。
エスカレーターが頂上まで到着した。そして、エスカレーターから降りると、いきなりの絶景が360度、辺り一面にパノラマが広がっていた。本日は快晴で、雲一つない。一時、昨日のD-4315機の突撃目標となっていた日本三位の山もくっきりと目視することができる。
「来てよかった。」
思わず声が出てしまった。色々あったが、とにかく日本まで来ることができてよかった。この景色を見たとき、えも言われぬ達成感が湧いてきた。
「そうですね。」
リョウ君が答えた。
「本当に。」
リョウ君は、そうつけ加えた。
リズとメグの二人がエスカレーターを降りると、そこにはアンナが待っていた。
二人がアンナの所まで歩いていくと、アンナは二人に向かって、
「ごめんなさい。」
と、頭を下げて謝った。
二人は、あー、やっぱりダメだったんだ、と一瞬悲しい顔をしてしまったけど、でも本当に悲しいのはアンナの方だよね、と思うと、無理に笑顔をつくろうとしたが、どうしても苦笑いになってしまい、
「しょうがないよ。こちらこそ無理言っちゃってごめんなさい。なんかアンナの家族まで巻き込んじゃって、大問題にしちゃってさ。」
と、リズがアンナに向かって逆に謝った。
「本当にそうだよ。なんか私達の方で勝手に突っ走っちゃってさ。アンナにはアンナの事情があるのに。それも考えないで、本当にごめんなさい。アンナのご両親にも大分ご迷惑をおかけしちゃったし、私達もアンナのご家族に謝りにいかなきゃいけないね。」
メグが、リズに続いて、アンナにそう謝った。
すると、アンナは慌てて、
「ごめんなさい。そうじゃないの!」
「えっ!?」
二人は、どういう事なの?と不思議そうな顔をした。
アンナは、一息吸うと、
「ごめんなさい。もう一度言わせて。ごめんなさい。長い間お待たせしちゃって。やっとパパとママが転校してもいいって許可してくれた。これで3人また一緒だね。私も転校したら、ガールズアイドル部に入るよ。それで、私達で全国大会優勝しよう!」
リョウ君もこの景色を前に感慨にふけっているようだった。しばらく二人で遠くを眺めていた。だがそろそろライブの時間だ。駅まで戻らなければならない。
「リョウ君。そろそろ駅まで戻りましょう。」
そう言ってリョウ君の方を振り返ると、リョウ君は泣いているようだった。




