4-6:ドウシさん怪しまれる
「ドウシさん。またバスに乗りましょう。」
「またバスですか?」
ラーメン屋での昼食を終え店を出た後、何か所か、漁港周りのオタカラの聖地を訪問し、その後再びバスに乗り込んだわれわれは、次の目的地に向かった。
「次はどこに行くんですか?」
わたしは、リョウ君にそう尋ねた。
「実は、行きたい所があるんです。」
リョウ君がそう答えた。
「リョウ君の行きたい所ですか?」
リョウ君は、おそらくA市には複数回は来ているはずだ。そのリョウ君に、未だに行きたい所などあるのだろうか?
「次はカブトヤマスターランドに行きます。」
カブトヤマスターランド!
オタカラの3年メンバーであり、A市一の資産家令嬢であるアンナ、その彼女の一族が経営する一大アミューズメントパークだ。
それは、A市にある兜山という山全部を所有する彼女の一族が、その山に建設した施設のことである。兜山は全体が3層構成で展開され、下から、兜山の手前にある1層目がカブトヤマスターランドであり、動物園、遊園地、植物園、美術館が営業されており、山の中腹辺りの2層目がホテル、そして山頂部の3層目が展望台と天文台となっている。そして2層のホテルに行くには、専用のケーブルカーに乗って、3層の展望台に行くには、2層から専用のエスカレーターで移動することとなっている。
元々1層目は、当初一族が所有する貴重な美術品を収めた美術館と、植物園しか営業していなかったのだが、幼い頃のアンナのわがままで、新たに動物園と遊園地が追加でできたという話である。
そして、2層目は、ホテルとなっており、ホテルの一区画は彼女達家族が住む住居も兼ねている。
最後に3層目は、天文台でプラネタリウムを鑑賞したり、展望台で夜景を鑑賞したりと、家族やカップルの人気スポットとなっているそうだ。
アンナは、ほしいものはなんでも手に入れることができるが、何を手に入れても、全く満たされた気持ちになれず、自分の住んでいる日常にすっかり冷めきっていた。その彼女が、学校でアイドル活動に出会い、生まれて初めて夢中になれるものを見つけたのだ。その境遇が少しわたしと似ている気がするので、一方的に彼女にはシンパシーを感じていた。まあわたしは、私有の遊園地も美術館も所有はしていないのだが。
バスは今、海岸線沿いを走っている。
「ドウシさん。あそこ見てください。」
リョウ君の指さす先には、砂浜が広がっていた。
その場所はまさに、リタが高校でガールズアイドル活動を始めることを決意した場所、初めての大会で東京に行き、自信が粉々に砕かれた後、メンバー全員が集まって再出発を誓いあった場所、そして、全国大会が終わり、彼女達の未来を決定した場所。彼女達の高校生活の節目節目の場面で何度も登場した、彼女達の物語を語る上でも重要な場所だった。
バスから砂浜をぼんやりと眺めていると、突然制服を着たオタカラのメンバー達が笑いながら、海岸を追いかけっこしている姿が見えたような気がした。
それにしても今回の旅程で、リョウ君と知り合うことができたのは、誠に僥倖だった。
アニメの本編は擦り切れる程観たし、オタカラの情報は主にネットからではあるが、得ることができた。だが、知ることと、実際に見ることとでは、こんなにも違うとは驚きだ。もし今日わたし一人であったら、このような素晴らしい場所で、素晴らしい体験をすることはできなかったであろう。
わたしがバスの中で少し感慨にふけっていると、リョウ君が突然わたしに声をかけてきた。
「失礼ですけど、ドウシさんって少し変わってますね。」
「えっ? そうですか?」
わたしは、わざとしらじらしく返答した。
なぜかというと、本当のわたしは異邦人であり、祖国を捨てたとはいえ元導師という特殊な立場にあった人間である。この旅路では、目立たないこと、一般的な日本人と比べて、不自然でないことが一番求められているからである。
「だってドウシさんって、オタカラのこと知ってから数年だってホテルで言ってたけど、それなのに知らないことが多いので。だから最初、オタカラのこと少し好きくらいの人なのかな、と思ってたんですよ。でも行く先々で、いつもものすごくうれしそうにしていて、こちらが声をかけるまで、ずっとオタカラの看板とか見ているし。オタカラのことすごく好きなのに、オタカラのライブに行ったことないって言うし、A市に来たのも初めてだって言うし、本当にアニメ以外のことはほとんど知らないみたいなので。」
確かにその通りである。アニメ本編は何度も何十度も観たし、彼女達オタカラの楽曲も全てわたしのライブラリに入っており、常時プレイリストとして再生しているが、それ以外には、日々の幾千のネットサーフィンから取得した、断片的な情報でしか、オタカラの近況を窺い知れる手段はない。彼女達の情報を直接入手するために、オタカラのウエブサイトを覗く、などという迂闊な行動は、わたしの秘密の活動が外部に発覚する恐れがあるためできない。SNSもアメリカ企業のアプリであるため、インストールはできない。そのため、もしもオタカラの公式アカウントがあったとしても登録することなど不可能だ。
「そうですね。家がすごく遠かったし。それに仕事が忙しかったので…」
わたしは苦し紛れだったが、本当の理由を言うと、
「実は、ホテルのレストランでドウシさんを初めて見た時、明らかにオタオタとは全然違った雰囲気だったし、しかもなんかいろいろと慣れてない感じで。いつもは絶対にしないんですけど、つい声をかけてしまったんですよ。」
「ほう。」
わたしは、自分はあくまで一般人と同じように振舞っていたつもりだったが、一体彼に、わたしはどう映っていたのだろうか? 参考までに聞いてみることにした。
ちなみに、もちろん今わたしは元帥服を着ているのではない。どこの服屋にでも売っているような、ポロシャツ、ハーフパンツ、スニーカーにバックバッグといういで立ちだ。
「それで話をしてみたら、実際にオタカラのファンではあるようなんですが、なんか色々事情があって、今までライブに行けなかったということだし、A市に来るのも初めてだと言われてたので。僕はA市には何回も来ているので、色々な場所を案内してあげたら喜んでくれるかなと思って。それに、もしオタカラのこと、実際にはそんなに好きじゃないんだったら、少しでも好きになってくれたらうれしいな、と思って。今までこんなことしたことなかったんですけど、思い切って聖地巡礼にお誘いしちゃったんですよ。」
「なるほど。」
「それで実際に一緒にいろんな場所に行ってみたら、すごく喜んでくれているみたいだったので、いやー、こちらも安心しましたよ。」
「それは、こちらもありがたかったですよ。」
「…………。」
リョウ君はしばらく無言になった後、
「実はオタカラのアニメが流行っていた頃、同じようにオタカラが好きになった友達がいて、一緒にライブに行ったりしてたんですが。しばらくして、興味がなくなっちゃったみたいで、一緒にライブに行くこともなくなってしまって。」
リョウ君は一人語りを始めた。
「うむ。」
「それで、同じオタカラのファンだという人達とSNSを通して知り合って、一緒にライブに行ったりイベントに行ったりしてたんですけど…。」
「そうか。」
「ドウシさん。さっきもラーメン屋でみたでしょう。あの連中。知り合いになった連中って、なぜかあんな人間ばっかりで。なんかいつも自己中心的で、金払ってやってるんだから、何しても許されるだろうみたいな。集団でいると、なぜかいつも偉そうだし、オタカラのライブ中も、なんか自分だけが目立とうって必死で、逆にライブを盛り下げてしまっているし。あんなの本当のオタオタじゃない。」
「そうか。」
「僕、同じオタオタとして恥ずかしくって。オタオタって、もしかしたら嫌なヤツしかいないのかなって幻滅しちゃって。実は、オタカラが好きだった友達も、一緒にライブに行った時にそういう連中を見て、イヤになってファンをやめちゃったんです。それで、それ以来ライブとかは一人で行くようにしてたんです。」
わたしは、リョウ君に意見した。
「しかし、何を趣味にもとうが、その中には悪い人間もいれば、よい人間もいるであろう。その比率に違いはあるかもしれないが。それにオタカラで言うならば、確かにウインナー達のような価値のない連中もいるが、ウインナー達の愚行を注意しようとした善良な若者もいる。」
導師国でも、この国をよくしようと本気で考え実践している政治家もいるし、それとは逆に、自分の利益のためにだけ行動しているような政治家もいる。その比率が前者に偏っているため、導師国の運営は比較的うまくいっているのであろう。
「確かにドウシさんの言う通りですね。でも思い切って今朝ドウシさんに声をかけて正解でした。ドウシさんみたいにいいオタオタがいるってわかってよかったですよ。自分も少し救われた気持ちです。」
「わたしもリョウ君と知り合うことができて幸運だった。先ほどの連中みたいなものがスタンダードだと誤解してしまったら、おそらくこの国の人間の国民性そのものに疑問を抱かざるを得なかったであろう。」
(別にわたしはいい人間ではないが。)
「そう言ってもらえてこっちもよかったです。…。それにしても、ドウシさんもやっぱりオタオタなんですね。なんか突然オタクっぽいしゃべり方をしますね。」
「えっ? そうですか?」
「あっ、次のバス停で降りますよ。」
そう言って、リョウ君は再びニコッとこちらに向かって微笑んだ。
しかし、それだけの理由でわたしに声をかけたわけではなさそうだ。リョウ君が言いたくないのであれば、わざわざこちらから聞く必要もないだろう。余計な詮索はやめておこう。こちらも色々聞かれては困る身ではあるしな。




